1:第1話
アンリ様の『私の神シチュ&萌え恋企画』の参加作品です!
『私の神シチュ』ヘタレな男の子が、好きな女の子のために必死に頑張る。
『萌え恋』幼なじみ同士の一途な恋。
よろしくお願いします♪
牙をむいた野犬が、幼い少年に今にも襲いかかろうとしていた。
腰を抜かしガタガタと震えるその少年は、幼なじみのセリク。そのことに気付いた瞬間、ララムは駆け出した。
「セリク! 今、助けてあげるからね!」
「……ララム?」
涙目でこちらを振り向くセリクに、ララムはこくりと頷いてみせた。その辺に落ちていた木の棒を拾い、そのままセリクの元へと辿り着く。
「セリクをいじめる奴は、たとえ犬でも許さないんだから! がおー!」
「きゃん!」
ララムが野犬に向かって大声をあげると、野犬は情けない声で鳴いて逃げ出した。
森の奥の方へと、あっという間に消えていく。
ララムはしばらく野犬の消えた森をじっと警戒して見つめていたけれど、野犬が戻ってきそうにないことを悟ると、ふうとひとつ息を吐いた。
それから、地面に座り込んでいるセリクに向かって手を差し伸べる。
「大丈夫? 怪我はない?」
「……うん、平気。ありがとう、ララム」
セリクはへにゃりと笑うと、ララムの手を掴んだ。でも、まだ腰が抜けているらしく、足がぷるぷるしている。
「ごめん、ララム。僕、今、立てないみたい」
「そうみたいだね。でも、もうすぐ日も暮れちゃうよ? 家に帰らないと、みんな心配するでしょ」
「うん、分かってる。でも……力が入らないんだ……。うう、どうしよう……」
そう言って、セリクはべそべそと泣き始めた。
幼なじみのセリクは、ララムと同い年の七歳。
気弱で、おどおどしていて、泣き虫だ。でも、手先が器用で、性格も穏やかな優しい男の子。ふわふわの金の髪は可愛いし、紫の瞳は紫水晶みたいですごく綺麗。
ララムはそんな幼なじみセリクのことが、大のお気に入りだった。
この田舎町で一番のおてんば娘と呼ばれるララムは、がさつだし、不器用だし、女の子らしいところなんてひとつもない。おまけに、ぴょんぴょん跳ねた赤毛は可愛らしさとは無縁だし、瞳はどよんとした藻みたいな緑色をしている。
自慢できるようなところが特にないララムにとって、繊細で華奢なセリクは密かな憧れだったのだ。
「セリク、泣かないで。私が家までおぶってあげるから」
「……でも」
「心配しないで。セリクはそんなに重くないもん。行けるよ」
ララムはセリクに背を向けてしゃがみこんだ。セリクはおどおどしながら、遠慮がちに背に乗ってくる。
「よいしょっと」
少し重いなと思いながらも、ララムはセリクをおぶって歩きだした。
早くしないと、本当に日が暮れてしまいそうだ。西の空は茜色から藍色へと徐々に変化している。
次第に薄暗くなっていく小道を、一歩一歩進んでいく。同い年の男の子を背負って歩くのは、結構きつい。さすがに息があがってきた。
ララムの額から、一筋、汗が滑り落ちていく。
「……ララム、良い匂いするね」
ふと、背中のセリクが呟いた。くんくんとララムの首筋のあたりを嗅いでくる。
「ちょっと、くすぐったいってば! やめて、もう!」
じっとりと汗ばんだ体は、良い匂いなわけがない。それなのに、セリクはくすくすと嬉しそうに笑っている。
――なんだろう、ちょっと変態なのかな、この子。
ララムは微妙にこの幼なじみの将来に不安を覚えたけれど、まあ良いかと流すことにした。今はとにかく家に辿り着くことの方が重要だったから。
やけに上機嫌のセリクを背中に乗せたまま、ララムはなんとか家の明かりが見えてくるところまで帰ってくることができた。セリクの家とララムの家は隣同士なので、ここまで来ればもう安心だ。
もう限界、とばかりにセリクを背から降ろすと、ララムはその場にへたり込む。
そこに、一人の美少女がこちらに向かって駆けてきた。
「ララム! それにセリクくん! どこに行ってたの、心配してたのよ?」
その少女は、ララムの三つ年上の姉ミレディだった。十歳にしては大人っぽくて眩しい美しさを持つミレディは、形の良い眉を下げ妹を見つめてくる。
「どうしたの、ララム。すごく疲れているみたいだけど」
「ちょっと、筋肉もりもりになろうと思って。鍛えてたの」
ララムは手で汗を拭うと、ミレディに明るく笑って答える。
ふと隣を見ると、セリクがもじもじしながら頬を染めていた。
(……あらら? もしかしてセリクって……)
姉のミレディは身内の贔屓目をなしにしても、かなりの美少女だ。さらさらストレートの艶めく長い赤髪。ぱっちりと大きな瞳は、きらめくオリーヴグリーン。ぷっくりとした桜色の唇は幼いながらも、どこか色っぽさを兼ね備えていた。
家事が得意で、特に料理が上手。趣味はお菓子作りと手芸で、とても女の子らしい。よく気がきくし、優しいし、笑顔も見惚れるくらい素敵。
ララムはそんな素晴らしい姉を自慢に思っている。だから、セリクが姉のことを意識している様子を見て、なんとなく嬉しくなった。
(そうだよねー! お姉ちゃんは世界で一番素晴らしい女の子だもん! そのお姉ちゃんを見初めるなんて、セリク、やるじゃん!)
思わずにやにやしてセリクを見ると、その視線に気付いたセリクの顔が、ばふっと赤くなった。
――分かりやすい子だな、本当。
「ほら、もうすぐ夕ごはんの時間よ。二人とも、早く家に帰らないと!」
姉ミレディはぱんぱんと手を打って、帰るように促してくる。ララムは重い体をなんとか奮い立たせ、立ち上がった。
隣を見ると、セリクも普通に立っていた。腰が抜けていたのは、もう直ったらしい。
先を進む姉の後を、ララムとセリクは並んで追いかける。
「……ねえ、セリク。私、応援するからね」
「な、なんのこと?」
「お姉ちゃんのこと! 好きなんでしょ?」
セリクが紫水晶の瞳をまん丸にする。ララムは堪えきれずに噴き出した。
「大丈夫、お姉ちゃんには言わないよ。野犬に腰抜かしてたことも、黙っててあげるし」
「あ、あの、僕……」
「安心して。私はセリクの味方だよ! ずっと、ずーっと、ね!」
ララムが微笑むと、セリクの顔がまた赤くなる。困ったように眉を下げたその顔は、とても可愛かった。
この時のララムは能天気で、本当に何も分かっていなかった。
まさかこの十年後、この時言ってしまったセリフに頭を抱える羽目になるなんて――そんなこと、夢にも思っていなかった。