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捌:鬼とじゃじゃ馬

「もう一度聞くぞ、公主様をどうするつもりだ?」


 楊毅の威圧感に張恙が後退する。


「張恙殿、嘉を裏切られるおつもりで?」

「そ、そんなことより! どうやって此処がわかった」

「犬笛だよ」


 楊毅は吐き捨てるように言うと、低く身を屈めて走り出した。


「な!?」


 張恙どころか遊牧民であろう異民族すら反応に間に合わず、楊毅が間合いに入る。

異民族と大差ない体格の大男による低い位置から振り上げた拳が、遼煌の腕を掴もうとしていた異民族の顎を砕く。

おおよそ人間から発生するとは思えない鈍い音を立て、異民族は地面に伏した。


「公主様!」


 何が起こったかわからずに呆けていた遼煌をすぐさま片手で支えると、楊毅は猿轡だけを外した。

そして遼煌の膝裏に手を回し、抱きかかえて異民族から数歩間合いを取った。


「え、ひゃ!?」

「申し訳ありません! 今は一刻を争いますので、しばし我慢を」


 意中の男から姫抱きにされ、混乱している遼煌をよそに、楊毅は張恙たちを睨みつけた。


仲間仁何遠寸留(ナカマニナニヲスル)! 於前波何者太(オマエハナニモノダ)!」


 異民族が騒ぎ立てるのを、楊毅は鼻で笑っていた。


「俺が居た河北の異民族も似たような笛を持ってたんだよ。幸い俺は耳が良よくてな。その音が聞こえる」


 軸足に力を込め、遼煌を抱えなおすと襲ってくる数人の異民族を一蹴した。


「音のする方に走ってきたわけだ」


 楊毅は遼煌に衝撃を与えないよう上手く着地をすると、背中で異民族の倒れる音を聞いた。

 頃合い良く見張り台の扉が開き、息を切らした董鶚と張縣が顔を出す。


「や、やっと追いついたぞ!」

「こ、これは一体……!?」


 見張り台にたどり着いた董鶚と張縣が、息の整わないうちに顔を上げる。

 決して広くはない見張り台には、遼煌を抱えた楊毅とその周囲で倒れ込んだ異民族、そしてその奥には狼狽える張恙と剣を構えた異民族が楊毅に殺気を向けていた。


「な、張縣!? 何故お前まで……。街に行っていたのではなかったのか」


 張恙が異民族の背後に身を隠すように物見台の隅を陣取り、何かを叫んでいる。しかし、董鶚は張恙の言葉を気に掛けることもなく楊毅の元に近寄った。


「ほいよ」

「すまん」


 董鶚が手にしていた二本の剣のうち一本を差し出すと、楊毅は申し訳なさそうに遼煌を抱えたまま受け取った。


「いつものことだろ~? お前に追いついたと思ったら剣取ってこいって元来た道を戻るぐらい」


 遼煌を一瞥し、董鶚は眉を顰めて楊毅を見た。


「それより、公主様の拘束を解いてやれ」


 ま、公主様は今のままでもいいかもしんねーけど。ぽそりと董鶚が言うと、遼煌が董鶚に向かって凄みを利かせる。

 力強く頷くと、楊毅は壊れ物を扱うような手つきで遼煌を抱えなおし、そっと両足を地面に降ろした。拘束されたたままで不安定な遼煌を片手で支えつつ、鞘を抜いて手足の拘束を切った。


「ありがとう、楊毅様」

「お怪我は?」

「多分大丈夫よ」

「ついでに董鶚殿もありがとう」


 董鶚の前に歩むふりをして、遼煌が董鶚の足を踏みつけた。あまりの痛みに董鶚は一瞬顔を歪めたが、笑顔を取り繕った。


「ご無事で何よりです、公主」


 遼煌の無事を見守った張縣は父に振り返り、声を荒げた。


「父上、これは一体どういうことっすか!? 公主様が降嫁されることによって都護府と中央政府がより強固な信頼関係を結ぶのではなかったのですか!?」

「吠えるな、愚息が!」

「おーおー、本性出してきたぞ」

「お前がいつまでも呑気にしているからだぞ!」


 董鶚が肩をすくめて茶化すと、怒りに震えた張恙が眉間に皺を寄せて叫ぶ。


「親の七光りで都護府の副長官に選ばれたのがわからんのか! いつまでもへらへらしおって!」


 張恙の言葉に、楊毅の眉がぴくりと動いた。その様子を見た董鶚は「わざわざあいつの逆鱗に触れるような言い方しやがって……」と呆れ半分で張恙を憐れんだ。


「……あんた、親父なのに息子のことなんも知らねえんだな」

「なんだと?」

「張縣」

「はいっす」


 張縣が一歩前に出る。楊毅は隣に並んだ後輩を一瞥すると、静かに張恙を睨みつけた。


「こいつはいつも温厚で、とにかく人が良い。だからと言って、戦場でもぬるい奴だとは思わねえ方がいい」


 嘉国同士の衝突に業を煮やした異民族が楊毅たちを囲む。遼煌を逃がす場所を失った楊毅は舌打ちを鳴らしたが、すぐに別の戦略を頭に描いた。


「公主様、今から戦闘になりますが、絶対に俺から離れないでください。首にしがみついてもらっても大丈夫です」


 絶対に、離れないでくださいね。念を押した楊毅が、鞘を持った左手で遼煌の肩を引き寄せる。

遼煌の答えを聞かず、右手に持った剣で間合いをじりじりと詰める異民族を牽制すると、背中合わせとなった張縣に声をかけた。


「親父に見せてやれ、張縣。親の七光りじゃねえ、都護府でのお前の活躍を!」

「……了解っす」


 張縣は低い声で頷き、剣の柄を握りなおす。それに対して董鶚はがわざと軽い口調で楊毅に話しかけた。


「えー、俺のことはー?」

「董鶚に今更声をかける必要なんてあるか?」

「……ま、ねえわな。せいぜい、背中は守ってやんよ」

「頼んだ」


 へらへらと笑っていた董鶚が舌を舐めずる。饒舌に話してはいるものの、既に獲物を狩る目つきへと変わっていた。

 楊毅が鞘を投げ捨てると無機質な音と共に、業異民族が三人をめがけて駆けだす。


己知也己知也(ゴチャゴチャ)宇留左以曽(ウルサイゾ)!」

「来るぞ!」


 楊毅の怒号に合わせて三人は散会する。片手が塞がって居る楊毅を狙い、異民族たちが向かって続々となだれ込む。


「そう簡単にあいつに近づけるわけねーだろ」


 異民族の背後を取った董鶚が次々と薙ぎ払っていく。見張り台はまさに乱闘である。


「見ねえ顔ばっかだな? 同じような服装だが部族は違うのか?」


 異民族たちが両手で構えた剣を楊毅は片手一本で受け止める。余裕のない表情の異民族とは真逆に、楊毅はうっすらと笑みを浮かべていた。

 つばぜり合いでは片手の楊毅は不利となる。柄を持つ両手に力を込められたのを見図って、わざと右手の力を抜いた。均衡を取れず異民族がふらついた隙をついて、楊毅はみぞおちに向かって蹴りを入れた。吹き飛ばされ、項垂れて咽る異民族から視線を外し、戦況を確認しようとした楊毅へ董鶚が叫ぶ。


「楊毅、左!」


 死角からの攻撃に、楊毅も慌てて顔を向けるが腕を振り上げるのが間に合わない。遼煌を庇うため身体を反転させようとしたが、左からの重みで身体が上手く回らなかった。

それもそのはず、遼煌が楊毅の首に回した腕を軸にして、異民族へ飛び蹴りをかましたのだ。


 寸分違わず右手を狙って繰り出された遼煌の蹴りにより、武器が手から離れた。

突然のことに楊毅が足元がふらついた。そのわずかな揺れを反動とし、遼煌が再度膝を蹴りあげると、異民族は地面に沈んだ。


「……とんだお姫様だな、あの人」


 遼煌の蛮行を始終見ていた董鶚が、迫ってくる異民族を蹴散らしながら呟いた。

万葉仮名訳:恋する方言変換 様

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