表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

伍:西の大国と宗教

「そういえば楊毅と張縣ってどういう関係なんだ?」


 張縣おすすめの露店に向かう途中、ふと疑問を抱いた董鶚が尋ねる。


「勿論、前線時代の後輩だ!」

「はいっす! 俺が初めて配属されたのが先輩の居た都護府でした!」

「直近の後輩で、よく一緒に夜警とかもしてたんだよ」

「狼煙が上がると先輩の表情が一気に変わるんっすよ!」


 楊毅が居た都護府は、北の辺境であった。

現在、長男の楊隆(よう りゅう)が長官となった都護府の隣で、もう一つの都護府とあわせて、北の辺境は三つの都護府が防衛の要となっていた。


「それは俺もわかるぜ。こいつ、こんなにへらへらしてるのに、模擬戦とかは気迫が異常だからな」


 董鶚が呆れた表情で楊毅を一瞥する。職方司時代は防壁の建設や周辺諸国の把握など、机上での職務が主であった。稀に開催される兵部全体の訓練でしか鬱憤を晴らせず、楊毅はいつでも物足りなさを感じていた。


「先輩は嘉の鬼っすからね!」


 張縣が自慢げに胸を張って言うと、楊毅は照れ臭そうに頬を掻いた。

 鬼は褒めているのだろうか? と董鶚は眉を顰めたが、この二人の独特の感性では誉め言葉なのだろう。隣で互いに褒めあっている先輩後輩を見て、無理矢理そう思うことにした。


「そこの人たチ!」


 不意に背後から聞こえた。楊毅と張縣は褒めあうのを止め、三者三様で声の方へと振り返った。


「旅のお人で?」


 嘉民族とは異なる、黒い肌に目鼻立ちのくっきりとした坊主頭の男が立っていた。


「ああ。そんなところだ」


 親密そうに近づいてくる男に、警戒心をあらわにした楊毅が間髪を入れずに答える。


「宗教に、興味はないカ?」

「宗教?」


 間延びした声で董鶚が反芻すると、男は嬉々として話を始める。


「あァ! 西の大国で興った宗教! 死後の世界でも幸せが約束されるんダ!」

「間に合ってるっす」


 張縣が男と楊毅たちの間を割る。

まだ話を続けようとする異民族を無視し、「あの店っすよ」と張縣は楊毅と董鶚の腕を引いた。未だ話が止まらない片言の嘉国語を、二人は背中で聞いていた。


「最近多いんっすよ、あの手の勧誘。本来、あんな勧誘しないらしいんっすけど」


 うんざりとした表情の張縣が振り返る。


「西の大国でめちゃくちゃ流行ってるらしいんっすけど、ああやって勧誘してくる奴はかなり胡散臭いと言うか……」


 がしがしと頭を掻いた張縣は、未だにきょろきょろと勧誘相手を探す男へ煩わしげな視線を向けた。


「それ以外にも、あの宗教は嘉人には受け入れがたいところが多くて。さっきの男みたいに髪を剃ったり、かなり過酷な修行とかしてるらしいんっすよ」


 張縣が「とにかくあの宗教、俺たちには向いてないんっすよね」と続けた言葉に、楊毅も董鶚はぎょっとしていた。

 嘉王朝以前より、この一帯を統べる歴代の大国では「孝」と言う思想を基盤に持つ。

その思想の根底には、両親からもらった身体に傷をつけることはよくないと説かれていた。髪を切ることも、自ら身体を痛めつけることも嘉国の人々には常識から逸脱した行為と言えるだろう。


「……思想の違いだな」

「国によって思想は様々なので否定はしないっすけど、ああいうのは気を付けてくださいっす」


 別の旅人に声をかけた男が、片手で拒絶されている。張縣の言葉に楊毅と董鶚が頷いた。


「あ、あの店っすよ!」


 張縣は振り返って二人に笑顔を向けると、目の前の露店を指差した。

たどり着いた露店の店先には、太陽の光を反射した硝子瓶がきらきらと輝いていた。


「おー、確かに女が好みそうなもんが多いな」


 董鶚は腰をかがめ、均衡に形作られた色とりどりの硝子を見渡す。


「この露店は店主が自ら隊商を引いて買い付けに行ってるんっす。あの奥に居る女性が店主っす」

「へえ、女性が店主なのか」

「そのうえ隊商もやってんのか。凄ぇな」


 店内で客と談話をしている女性を覗き込んだ。顔はほとんど布に覆われているが、先ほど見かけた坊主頭の男と同じ色の肌が目元から伺える。

 楊毅たちの視線に気づいた女性は、張縣に向かって手を振った。


「ケン! いらっしゃイ!」

「どうもっす!」

「今日ハ、何を探していル?」

「今日は女性へのお見舞いを探しに来たっす!」


 張縣が手を振り返すと、店主が三人に近寄る。見慣れない二つの顔をまじまじと見つめると、再び張縣に顔を向けた。


「ケンがあげル?」

「いや、こいつだ」


 張縣の後ろに控えていた董鶚が楊毅の肩を押す。突然のことに驚いた楊毅は振り返って反論した。


「え、張縣じゃないのか?」

「いいんだよ、お前が選べば」

「や、でも張縣は馬付馬(ふば)候補だろう……」


 ああ、もう。めんどくせえな。董鶚は心の中で叫んだ。楊毅の鈍感さに辟易しつつ、董鶚が楊毅の肩に手を回し、空いた手で二人を交互に指さした。


「じゃあ二人とも、だ! よろしく頼むぜ、女将」

「あいヨ!」


 活気の良い声が露店を包む。

 もはや楊毅と張縣の目付け役になった董鶚は、痛む頭をこらえて店内奥へと進んだ。

馬付馬…本来は馬へんに付の一文字で「ふ」と読みますが、環境依存文字のため、この通りに記載しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ