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肆:遼煌の仮病

 数日後。遼煌はあてがわれた部屋の机を、整えられた爪でこつこつと叩いていた。

誰が見ても苛立っている公主に、選りすぐりの宮女ですら近づきがたいと感じていた。


「退屈だわ」


 遼煌が地を這うような声をあげる。退屈、というよりは不満、が正しいのだろう。

 今日の遼煌は体調が優れないと都護府側に報告し、会合を全て断って部屋に引きこもっていた。


「この都護府に来てからと言うもの、何かあればあのお気楽男とずっと一緒だし、楊毅様は基本部屋の外で警護しているから全然会えないし……」


 遼煌はこの数日を振り返り、顔を顰めると舌打ちを鳴らした。

楊毅に会えたのはせいぜい片手で数える程度。それも張縣と居る時に限って遭遇するため、楊毅と張縣が話しているのを遠くから見ているだけであった。


「何より窮屈! うちの宮女や禁軍以外に、常に向こうの衛士が扉の向こうに居るじゃない! 落ち着かないのよ!」


 不快感を思い出したのか、どんどん言葉が荒くなる。ご乱心の主を見て、部屋の片隅で縮こまっていた宮女たちが「ひぃっ」と声を漏らした。


「ああ、ごめんなさいね。つい……」


 苦虫を嚙み潰した様子の遼煌を気遣い、博麗が宮女たちに提案する。


「貴女たちも街に降りてみては? 今日は禁軍の方たちも何人か街にいらっしゃるそうよ」


 微笑む博麗にほっと息をついた宮女の一人が「お言葉に甘えさせていただきます」と告げ、宮女たちは遼煌の部屋を後にした。

 その様子は決して主の顔色を窺い、そそくさと退出したわけではない。

本来であれば誰よりも街を見たいであろう遼煌を気遣い、宮女たちは何度も振り返って申し訳なさそうな表情で、街へと降りて行った。


「あの子たちに変な気を遣わせてしまったわねえ」


 扉が閉まるのを見送ると、遼煌はため息をついた。


「博麗、貴女にも迷惑かけるわね」

「いいえ、わたくしのことはお気になさらず」


 お茶の用意を始めた博麗の背中をぼんやりと見つめていた。


「それにしても、仮病を使ってやっと解放された感じがするわ」


 息を大きく吐き出した遼煌に、博麗が淹れたての西域の茶を差し出した。


「西域の茶葉だそうです」

「不思議な香りね」


 初めて嗅ぐ香りを堪能すると、遼煌は口を寄せた。ほどよく広がる癒しをしばしの間満喫していた。しかし、すぐに陰りを見せると、覇気のない声で博麗へ尋ねる。


「……私、本当にこのままこんな窮屈な生活を強いられるのかしら」

「遼煌さま」

「辺境だとか、そういう不満じゃないの」

「ええ、わかっております」


 自由のない生活が、彼女にとって何よりも苦痛だと、博麗はよく理解していた。


「いずれどこかに嫁に行くとは思っていたけど……。こんなことになるなら李君に嫁いでおけばよかったわあ」


 力なく背もたれに寄りかかる。装飾がされていない見慣れぬ天井を見上げ、遼煌はぽつりとつぶやいた。


「そしたら……あんな出会いも無いまま、楊毅様に焦がれることもなかったのに」


 今にも消え入りそうな主の声を、博麗は聞こえないふりをした。



 一方、街を散策していた楊毅は、遼煌の宮女たちと出会っていた。

出会い頭に楊毅を捕らえると、主思いの彼女たちは遼煌の仮病を大袈裟に話した。


「じゃあ、公主様になんかお見舞い買ってやれよ」


 董鶚が宮女の思案をくみ取り、後押しする。揶揄い交じりに楊毅の肩に腕を回すと、宮女たちの表情が明るくなった。


「ぜ、ぜひ……! 遼煌様も絶対にお喜びになります!」

「それって張縣の役目じゃないのか?」


 董鶚と宮女の意図を読み取れない鈍感男は首をかしげた。当の張縣は露店で会計をしており、席を外している。


「禁軍っつーか、直属の臣下代表で選べよ、な?」


 董鶚は肩を叩きつつ、適当な理由をこじつけて楊毅を言いくるめる。とにかくどんな理由であれ、楊毅が遼煌に贈り物をすれば喜ぶに違いない。

空気の読める器用貧乏・董鶚は宮女の期待を一身に受けて楊毅を説き伏せた。


「お、おう?」

「それに、彼女たちもこの後きっと公主様への見舞い品を選びに行くだろうし……」


 董鶚が目配せをすると、一番年上の宮女が話に乗った。


「はい! わたくしたちはそれ目当てで街に来ましたので!」


 ね? と他の宮女に顔を向けると、みな首振り人形のように何度も頷く。未だに首をひねる楊毅だが、董鶚と宮女たちの様子に「そんなものか」と納得し始めた。

 頃合い良く、張縣も会計を済ませ、小走りで楊毅たちの元へ向かってくる。


「ちょうど張縣も戻ってきたし、じゃあ俺らも行こうぜ」

「お待たせしたっす! なんの話っすか?」

「今から公主様へ土産探しに行くんだよ」

「いいっすね! じゃあ女性が好みそうな店を紹介するっす!」


 宮女たちと別れると、男三人は目的地へと足を向けた。

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