表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

参:先輩と後輩

 首都・洛陽から順に西に向かい、ようやく遼煌の目的地にたどり着いた。

 此処は西域へと続く河西回廊(かせいかいろう)と呼ばれる場所へと繋がる都市である。この先に更に数個の関所があり、それを超えると嘉国の領域を抜ける。都からは随分と離れた土地であるが、他国との交易もあり、首都とは違った華やかさのある都市であった。


「はあ……。とうとうついてしまったわ」


 関門にて御者が門衛に説明をしている声が遠くに聞こえる。しばらくして話声が止むと、停止していた馬車が動き出した。


「思っていたよりにぎわっている声がするわね」

「そうですね、活気づいているようです」


 外では、この辺りでは見かけない乗り物が街にやってきたと、みな興味を抱いていた。馬車が向かう方角は都護府だと言うこともあるのだろう。

 馬車が動くと、禁軍を乗せた馬も順に動き出す。目の前に見える日干し煉瓦で造られた建物を一瞥すると、楊毅も馬の腹を軽く蹴った。



 都護府の入口にて馬車が停まる。南衙禁軍と楊毅、董鶚は馬を降りて遼煌を迎えるために馬車の前で列をなした。


「ほぉら、行って来いよ」

「また俺が行くのか?」


 董鶚がにやにやと笑いながら楊毅の背中を押す。

 遼煌が馬車から降りるにあたり、楊毅が手を差し伸べるのがお決まりとなっていた。

 最初こそ南衙禁軍の数人から「思いあがるなよ」などとやっかみを受けていたが、楊毅が手を差し伸べた時と、他の人間が差し伸べた時では遼煌の機嫌が天地の差だと証明されて以来、誰も楊毅に文句を言えなくなった。また、楊毅自身が”ど天然“と称されるだけあって、遼煌の思いに全く気付いていないところも、彼が何も言われなくなった要因とも言える。


「公主様、失礼いたします」


 楊毅が手を差し伸べると、遼煌の細い指が楊毅の大きな手に重なる。

 なるべく体重をかけないように心がける乙女の気持ちを無視し、楊毅は添えられた手を掴みなおして遼煌を引き寄せる。これを無自覚でしているのだがら、あのじゃじゃ馬公主も押し黙るしかなかった。


「あ、ありがとう。楊毅様」


 熱のこもった目で楊毅を見上げた遼煌に、さわやかな笑みを向ける。

 楊毅は毎回必ず目を見て礼を言う遼煌を、北衙禁軍にも関わらず分け隔てなく接する人の出来た公主だと思っていた。実際は、楊毅にのみ「様」をつけており、あからさまに一人だけひいきされているのだが。それに気付かないのが楊毅である。

 人たらしの笑顔を出し惜しみなく遼煌へ向けていた楊毅に、董鶚は人知れずため息をついた。



「先輩! お久しぶりっす!」


 丁寧な所作で遼煌の手を離した楊毅の背中に声がかけられた。振り返ると、見知った後輩が大きく手を振っている。


張縣(ちょう けん)! 久しぶりだな!」

「はい! 先輩が来られるって聞いて、待ちきれなくて先にお迎えに上がりました!」


 張縣は人懐こい笑みを浮かべ、楊毅の傍に立った。


「あ、もしかして公主様っすか? 初めまして、俺がこの都護府長官の息子・張縣です」

「……え」

「お前が公主様の馬付馬(ふば)候補か!」


 遼煌を見て早々に爆弾を投下した張縣に対し、楊毅は祝福した。「お似合いだな!」と張縣の背中を叩く楊毅に、隣に並んでいた遼煌は身体を強張らせたまま動けなかった。



 楊毅の後輩にあたる張縣によって、遼煌一行は都護府長官の元へと案内された。

 張縣と並んで前を歩く楊毅が、時折無邪気に笑う。遼煌は禁軍たちの肩と肩の合間から楊毅の笑顔を見るのに必死だった。

 広間に到着すると、初老の男と数人の若者が遼煌たちを出迎えた。


「長旅お疲れ様でございます、公主」

「……ん? あ、ええ。ありがとう」


 珍しく――もはやいつものことであるがーー楊毅に見惚れていた遼煌が反応に遅れつつ、都護府の長官へと返事をする。


「長官の張恙(ちょう よう)と申します」

「嘉国第一公主・朱 遼煌よ」


 拱手して跪く張恙に、遼煌は「かしこまる必要はないわ」と顔を上げさせた。


「で、早速なんだけど、私の馬付馬(ふば)候補は彼でよろしくて?」

「え、ええ」


 後ろ手に親指で張縣を指す遼煌に、張恙や都護府の従者が驚いた。中央からは「物静かな女性」と聞いており、淡々と話を進める目の前の女性と噂の公主が結びつかなかったのだ。

 一方、中央から来た博麗たち宮女と董鶚を含む南衙禁軍たちは、肝が冷えていた。第一印象としては最悪の部類に入るであろう遼煌の態度に、早速拒絶されるのでは。此処まで来たのに出会い頭にお断りなど割りにあわない。思い思いの憶測が冷や汗となって背中を伝った。


「公主さま、聞いてたよりも愉快な人っすね!」


 しかしながら、彼らの思いは杞憂に終わった。思い出してほしい、張縣は楊毅の後輩だと言うことを。


「だよなあ! 皇太子殿下も愉快だぞ! 厳しいところもあるが優しい!」

「え~、そうなんっすか? 会ってみたいっすね!」

「いずれ会えるんじゃないか?」


 張縣の隣に並ぶ楊毅が相槌を打つと、二人は宮中について話を始めた。置いてけぼりにされる遼煌をよそに、彼らは呑気に思い出話に花を咲かせる。

 楽しそうに話をする二人に水を差すことが出来ず、遼煌の一声によってその場はうやむやとなった。

馬付馬…本来は馬へんに付の一文字で「ふ」と読みますが、環境依存文字のため、この通りに記載しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ