主人公はまだモブを知らない
人が踏み入れれば命は無いと言われてきた魔の森。
命からがら、何度も死にそうな目に遭いながら、君達はなんと魔の森を踏破する事に成功した。
踏破の喜びを噛みしめつつも、油断せず進む君達の前に、いつ崩れてもおかしくないオンボロな小屋があった。
外から観察する分には人の気配が無く、放棄されてしばらく経った小屋であろう事が予想される。
小屋へ踏み込んでみれば一部屋しかない内部は、辺り一面茶色の塗料をブチまけられた様な有り様だった。
茶色い斑模様を描いているが、部屋の中心には重し代わりに小石を置いて、風で飛び散らぬ様にされた数枚の羊皮紙が。
最後の一枚は塗料を被り、ほとんど読めなくなっているが、好奇心に負けた君達は早速、羊皮紙の内容を最初から読み進める。
モブ、と呼ばれる者達。
彼ら彼女らの存在はとても身近だ。
身近だし、我らの生活はモブ抜きには語れない。
そんな重要なモブ達に、筆者は焦点を合わせて調査研究した。
その成果をここに記す。
モブ達の朝はそれぞれだ。
早い者もいれば、遅い者もいる。
それぞれの生活リズムで営んでいる。
日が出ている間だけ外で活動する者、夜間のみ活動する者、完全にまちまちで決まった動きをしない者、あてもなくブラブラ歩き回るだけの者。
中には一睡すら、転た寝だってしない者もいる。
これは真理だ。
特定人物を3日、筆者の命を削って監視していたが、当の人物は眠気さえ感じさせず楽しそうに行動していたのだ。
彼は今日もあの町で、眠らぬまま門番として実直に暮らしているだろう。
次は容姿について。
モブの容姿は多種多様。
完全に人間であったり、目だけ濃い影に隠れて見えなかったり、色が付いた裸の人形みたいな姿だったり。
前述の者達が、ヒトガタのモブ。
以降のモブは人のカタチをしているが、人間か? と訊かれれば、分からないとしか返せないモブ。
濃く真っ黒な人間のシルエットを持つ何か、真っ黒なシルエットだが半透明の何か、輪郭だけハッキリしているがよく分からない何か。
極め付きは影も輪郭も持たず、どこからともなく声を響かせる何か。
これらを我らはモブと捉えている。
……そう、分かるのだ。 モブが喋っていると。
そもそもとして筆者がモブを気にする様になったのが、モブ達の口だ。
モブ達は表情豊かだ。 人間同様に様々な感情を見せる。
そして、喋る時に口を動かすモブと動かさないモブを見て違和感を覚えたのだ。
……覚えてしまったのだ。
モブはなぜこんな腹話術を、日常で見せるのだろうか? と。
結論を言えば、腹話術では無かったとだけ記す。
コレを読んでいる君達は、絶対気にしてはいけない。 気にしてはならない。
顔のあるモブ達は、みな顔が似ている。
没個性と言えるのかもしれないが、周囲にとても良く馴染む顔と言うのは、それだけでとても強い特徴であり個性である。
……そう思っていた。
筆者はさりげなく、それとなく、旅の者として彼らと接して聞き出した。
聞き出し易い、屋台や露店の主をしている者達を対象として。
違う町にも君とそっくりな、顔と声をした人がいたんだけど? と。
様々なモブへ、それはもう沢山質問した。
そしてもらった答えは全て似たようなものだ。
双子、親戚、きょうだい。 血族との回答が多かったが、赤の他人、知らないなと返された割合も少なくなかった。
だがこの調査はあと少しで信頼できる回答数が得られる、その直前で切り上げねばならなくなった。
他ならぬモブからの逆質問で。
知らないな、と返答をもらって何拍か置いた後だったか。 なんでもない様な、平素な表情で、平坦な声で。
――――お前はどこでも同じ質問をしてくるな?
ぞっとした。 違う人物だと言っていたではないか。
なのに、こう言ってきた。 その意味を考えていて、対象への注意がそれてしまった瞬間に、彼は屋台と共に消え去っていた。
最初から居なかったかのように。
周りにいたモブ達へ、屋台とその主が存在していたという証言が欲しくて訊き回ったが、全て存在していなかったとの回答。
この結果から、モブ達の顔が似ているのは何故か? と言う疑問の答えは見つけられずに終わった。
そもそもだ。
筆者がモブ調査を目的としない、本当に世界中を旅して回っていた時から、モブ達はおかしかったんだ。
魔物の大量暴走で沈んでしまった町。
そこへ筆者が偶然立ち寄り、対スタンピード防衛戦に参加し、しかし戦える者が少なくて魔物の勢いに負け放棄した町。
影だけの、影で形作られた武器を持つモブや、影すら持たぬモブ達も参加した、本当の総力戦だった。
魔物が誰も居ない所で傷を負ったり、見えない何かを食べる仕草をしていたから、見えないモブも参加していると判別できた。
そこの戦列で隣に居合わせ、喋り、意気投合し、共闘し、健闘むなしく魔物に命を食い千切られた、ただ一時の相棒だった顔有りのモブ。
のちに雪辱を果たし、奪還して復興した町に、食われたはずの彼がいた。
もちろん何の偶然かと、生きているはずが無いだろうと、頭の整理がつかないまま、生きていたのか! と声をかけた。
すると不審者を見る様な態度で、こう返された。
――――誰ですか? そして生きていたのかなんて、縁起でもない。 衛兵を呼びますよ?
逃げ一択だった。
人違いをして恥ずかしかったのと、衛兵を呼ばれると言う厄介事に付き合いたくないから。
今思い返すと死んだはずの彼が、忘れ得ぬ別れ方をした彼が、変わらぬ顔で他人として存在していた。
そんな経験をしておいて、当時違和感を感じていなかった所が、とてもおかしかったのだ。
最後に、モブ達の能力。
モブの彼ら彼女らは一般的に弱いと言われているが、それには疑問符が付く。
村人、町人、野盗、兵士……。 確かに弱い者はいるだろう。
弱い魔物はおろか、一般的なモブ野盗にさえ歯が立たず、あえなく命を落とすモブは数多い。
これを見て、やはりモブは弱いと断ずるのは早計だ。
既に記した、スタンピードで戦ったモブ達。
国の為日夜訓練に明け暮れる、モブ兵士やモブ騎士達。
上級冒険者として、強い魔物が蔓延る土地や迷宮へと挑み、成果をあげるモブ達だっている。
筆者は厄介事……トラブルに愛されているのか、よく巻き込まれる。
街道を移動すれば、魔物の群れと出会すし、2・3日に一度は野盗や人拐いの集団に襲われる。
討伐依頼で予想外の魔物とコンニチワするなんて当たり前。
町中で町人に絡むならず者を見かける回数なんて、憶えていない。
横柄だったり傲慢な態度をとったり、己の欲を満たすべく悪徳に走る、いわゆる“お貴族様”に目をつけられて大変な思いをする回数だって、馬鹿にならない。
自慢ではないが、筆者はそこそこ強い。
そいつらをどうにかする力は有る。
実際に無実の罪で、貴族の私兵から拘束されそうになった際は、強引に振り払って他国へ逃げる位簡単だった。 逃げずに解決させた事だってもちろん有る。
しかし、善意のモブ達。 彼らはダメだ。
森で、町中で。 あらゆるところで。
――――助けてくれたお礼に、家へ寄っていって下さい。
――――捕らえたならず者が、どんな事をしていたか。 調書をとりたいので、詰め所まで来て協力を。
そんな感じで彼ら彼女らに体の一部を掴まれると、どう抵抗しようと抜け出せないのだ。
我が筋肉を総動員して、全力で抵抗するも引き剥がせず。 年齢が10にも満たない少女へ、全力を出してだ。
驚くだろう?
モブ達は、本当に弱いのか。
この体験談を読んで、どう感じた?
(――――ここ以降、茶色い何かによって読めない部分が出てくる)
筆者は◆●と呼ばれた人間だ。 人類の敵とまで呼ばれた◆王と戦い、勝利した過去を持っている。
この世で一番……と言えずとも、そこそこ上位に位置する力を持って■ると自負していた。
それが少女の力に負けた。
その力をモブ達が使えば、●●なんて簡単に倒◆たはず。 ■者とは、なんとお飾りな肩書きか。
油断すると変な笑い声さえ出てきそうだ。
この事実を踏まえると、そもそもとしてモブと言う存在は人類の範疇にいるのだろうか?
普段は力を抑え、弱いふりをし、そのまま力尽きる事さえザラだ。
魔物に食わ▲、町中でならず者に殴られ、あら◆る争いで命を落と◆。
だがもし、モブ達が実は死んでいな●った●?
いや、それ以前▲。
死ぬ■すら偽装で◆て、筆■よりすば■く動け●、モブとし■役目を●ち、容姿す●自由●変●、▲者の行く先■で待■構える、それが出来■よう■存在だっ◆◆ら?
あ■ダメだ、考えがま▲▲らな▲■■■
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ノック■音■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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誰■来■■■だ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
(――――以下、茶色に染まって完全に読めない)
GM:最後まで読んでしまった君達は、言い知れない恐怖と主人公の存在意義と言うアイデンティティが大きく揺らぐ事態に直面し、心に形容しがたい衝撃を受けた。
ここでSANチェックです。
※まずは作者のSANチェックしろよって声は、スルーさせて頂きます。