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見知らぬ家族

作者: 泉 羅卯

 家に帰ると、見知らぬ女がいた。

「だ、誰だよ、君は?」

 男が声を荒らげて言うと、

「あら」

 女は一瞬目を見開き、しかしすぐに笑顔になり、

「戻ってきたんですね」

 そう言ってから、目を逸らした。

 部屋には、見慣れぬ家具がすでに置かれていた。男の家具もまだそこにあったが、肩身が狭そうにして、女が持ち込んだ家具の中に閉じ込められていた。

 すっかり変わり果てた家の様子を見やりながら、男は後悔した。家を長く空けすぎていた。その間に、家主はこの女に家を貸してしまったのだろう。

 後悔すると同時に、憤りも湧いてきた。いくら家賃を滞納したからといって、この仕打ちはひどすぎると思った。男は放蕩生活がたたって自己破産していた。家賃を払うあてもなかった。それで家から逃げ出していたのだが、そんなことも忘れ、

「家主の電話番号を、教えてくれ」

 女に言うと、あいつに何て言ってやろうかと考えを巡らした。

 そんな男に、女が言った。

「その前に、お食事、召し上がりませんか? さぞ、お疲れでしょう? 家主さんへのお電話は、その後でもよろしいでしょう」

 女は男の手を引いた。食卓に座らせると、手早く料理をこしらえ、男に食べさせた。

 食べてみて、男は驚いた。泣きたくなるほど、美味だった。それに、女の手料理を食べるのは初めてであるはずなのに、そんな気がしなかった。懐かしささえ感じ、夢中で食べ続けた。

 そうしているうちに、女の子供なのだろう、女の子と男の子が帰ってきた。

 二人は、男を見て、初めは目を丸くしていた。が、そのうちに打ち解けてくると、男になついた。訊かれてもいないのに、二人は争うようにして、その日学校であったできごとなどを話し始めた。

 男は、三人と過ごしていると、なぜか幸せを感じた。そんなわけで、家主への怒りも、いつの間にか消えてしまった。そうして、幸せに麻痺してしまったからか、家を奪われた理不尽ささえ忘れて、その見知らぬ家族と、一緒に暮らし始めた。

 そうして、半年が経った。

 突然、男は思い始めた。このままでいいのだろうか――。

 もともと自由気ままに生きていた男だった。居心地のいい空間に、いつまでもいることのできない性分でもあった。

 ある朝、男は女に言った。

「少し、旅に出ようかと思っている」

 男は嘘をついた。家を出て行くと言えば、引き留められる。泣いてすがりつかれるかもしれない。そんな修羅場は避けたかった。

 女は答えた。

「わかりました」

 そう答えたきり、何も言わなかった。

 女があっさりと納得してくれたので、男は意外に思ったが、再び自由を得たことを喜んだ。これからどこへ行こう――。そんなことを考えながら、朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこんだ。


 男を見送った後、女は、ふうと溜め息をついた。

 そんな女に、男の子が言った。

「パパ、また出て行っちゃったね」

「そうね」

 女はもう一つ、溜め息をついた。が、すぐに気を取り直し、

「でも、また戻ってくるわ、あの人は……」

 自分に言い聞かせるように、呟いた。



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