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メガネ・ミーツ・メガネ

初めて目が悪いと言われたのは、僕が中学生になったばかりのころでした。


両親は僕の成長と共に教育熱心になり、僕の門限は5時と早めの時間。

門限を過ぎると泣いて反省するまで深夜まで家に入れてもらえないなんてのは普通で.......


唯一の趣味が漫画で、お小遣いも貰えない僕は友達から借りてばかりいましたが、中学の健康診断を初めて受けたとき、両目の視力がCと言われたのを覚えています。


幸い成績表と違い、健康診断の結果を親が求めてくることは無かったのですが、いつも授業をしかめっ面で受けていた僕は、そのうち教室の1番前の席が定位置になっていました。


きっと、目が悪くなったのがバレたら漫画もテレビも禁止されると、常にビクビクしてたものです。


体育の授業もボールが良く見えないし、黒板が少し西日で光るとまるで読めなくなっていました。


「頭も悪いのだから、せめて目くらいは良くなきゃ困る」


そう父に言い含められ、僕はいつも苦笑いを浮かべていました。

それはなんだか、少しずつ大事なものが薄れていくような気持ちで、みんなが当たり前に見えるものが見えなくて、席替えもベースボールも授業も.......少しずつ、僕の未来の選択肢が、消しゴムをかけた藁半紙のように、薄く破れかけていく気持ちになるのがわかりました。


気づけば、付き合いが悪くしかめっ面の変な奴と呼ばれるようになっていた僕は、それが自然なことになっていて、当たり前の不自由に不自由を感じなくなっていました。


それが中学3年の三者面談で、担任が僕の母に健康診断の結果を伝えたことで大きく変わりました。


「すいません先生。この子はメガネをかけたがらなくて、でも.......そうですね。なるべく早く用意します。ご迷惑おかけしました」


三者面談なのに、顔を合わせて面談してるのは母と担任の教師で、僕は下を向いて背骨が捻れたのかと思うほど背中が丸くなって顔を上げれなかった覚えがある。


「恥ずかしい思いをしたわ。そんなに目を悪くするなんて、漫画は全部捨てます。ケータイも取り上げるわ。テレビももう見せません」


帰り道に、余計なお金がかかると嘆きながら母に言われたことがこれだった。

テレビを禁止されて、ケータイがなくなるってことは、もう学校の誰の話もきっと分からないってことで.......明日からどうしよう。


そんなふうに、ひどく頭を抱えてました。


その学校からの帰りの足で立ち寄ったのがフクロウ堂、おじさんの店でした。


いつもヨレたシャツにチノパンでセーター。


頼りないおじさんと母が話をしている中、僕はずっと足元の床の木目を数えていました。


ずっと「急な出費だ」とか「なんで言わないか分からない」とか母が言ってるのをおじさんはただニコニコと話していて、そんな大人の会話に僕はすごく悪いことをしてしまったのかと罪悪感にかられました。


「じゃあ、とりあえず視力測らせてもらえるかい? 」


細くて白髪まじりのニコニコしたおじさんは、僕を見慣れない機械に座らせて、「目の写真を撮るね」と、中を覗かせました。


「お母さん、トシツグくんはすごく綺麗な目をしてますよ」


おじさんはニコニコしながらそう言うと、学校で使う視力表の前に置いてる席に僕を案内しました。


不思議なことだけど、大の大人に目を合わせて名前を呼んでもらったことなんて初めてだったかもしれない。


おじさんの不思議な笑顔のせいか、その時すでに母は黙ってその様子を眺めていて、静かな雰囲気でおじさんは僕の顔を見ながら視力を測ってくれた。


まず右目、レンズを何枚か入れ替えて次は左目。


どっちの目も0.7はくっきり見えたけどそこからは少し滲んで見えてるけどすぐには答えれないくらいだった。

母が後ろにいて、頑張ってなるべく多く答えたけど、おじさんは「うん、そうだね」とニコニコしながら測定を進めていた。


左目を測り終えたところで、おじさんは「じゃあ両目で見てもらうから気持ち悪かったら答えてね」と、右目を隠していたレンズを抜き取った。


「うわぁぁ.......すごい」


「どう? くっきり見えるでしょ」


驚く僕におじさんはそう言ったが、その通りなんだけど、僕はちゃんとこの世界に生きてたんだって思ってしまった。


「どう? ちゃんと見える? 」


後ろから母が僕に尋ねる。


「とりあえず初めてだし、緩めで1.0くらいにしといてください。これ以上悪くなられても嫌だし.......」


続けて母はおじさんにぶっきらぼうな物言いで要望を伝えた。


「イズミさん。トシツグくんはすごくいい目をしてましてね? 初めてなのに0.8も見えてるんですよ 」


ニコニコと話すおじさんに母がムッとしたのが分かる。


「片目で? もしかして両目じゃないわよね? 1.0もないの!? 」


つい背筋がビクッと痙攣する。

僕と違っておじさんは笑顔が崩れる様子もなく「今まで0.2くらいでずっと生活してたのに、初めてで0.8も見えるなんて良い目を持ってるね」と僕に話しかけた。


母は呆れたようだが、悪い悪いと言われ続けてたのに褒めてくれたおじさんが、なんだかすごく頼りがいがあってかっこいいヒーローに見えた。


「少し歩いて見て」と、おじさんに言われ立ち上がると地面が少し遠くてフラフラした。


それを見たおじさんは、静かにレンズを取り替えてまた「どう?」と聞いてきた。


何が変わったわけじゃないのだけど、視界が少し優しくなって浮き上がる感じもなくなった。


「今日は0.7に合わせるね」と、おじさんが言うと、僕にはすごく低い数字に思えて、当然後ろの母も同じように思い口を開こうとしたけど、「時速60キロで車の運転もできるよ」と、おじさんがニコニコ言うもんだから僕も母も何も言わなかった。


「トシツグ、フレームは何にするの? 」


検査を終えた僕は、母にそう聞かれた。

何にする.......と言われても、できることならかけたくないんだけどな。


そう思って「なんでも良い」と言うと、母は金属のメガネと茶色のプラスチックのメガネを持ってきて、かけるように指示された。


なんとも不格好というか、コントみたいで顔を鏡に近づけて見ても似合ってるかよく分からない。


「なんでもいいよ。」


そんなふうに言ってから2本のメガネを見ると、値札がどちらも24000円ほどでビックリした。


母もそんな値段と思って無かったようで、「自分のならまだしも、子供には早い」と、片付けてしまった。


「これなんかどう?」


おじさんが持ってきたメガネはプラスチックのメガネが三本で、値段もそれぞれ5000円、10000円、18000円くらいだった。


「初めてだからね。壊すと思うんだ。壊すのは仕方ないから、壊れにくいのと壊れても気にならないくらいのなんだけど.......どう? 」



そうニコニコしてるおじさんの横で、母は10000円のメガネを僕に勧めてきた。


だけど僕は5000円の紺色のメガネにすごく惹かれていて、母に従おうかと真ん中の10000円のメガネを選ぼうとしたとき.......


「おじさんはね、この5000円のがオススメかな? 制服でも似合うし、ダテメガネみたいでオシャレだよね」


正直ビックリした。

店員なのに安いのを勧めてきたこともそうだけど、おじさんは母じゃなくてずっと僕を見ていたことが意外で、お金を支払うのは母なのにどうしてなのか分からなかった。


その後にレンズの説明をされて、ここでもおじさんはセットのレンズをオススメしてきた。


追加料金の薄型を母は選ぼうとしたけど、「トシツグくんは緩い近視だから変わらないよ。薄くなっても0.1mmくらいの差だから僕にもわかんないや。それにレンズの寿命なんて2年くらいだから、今回は高くても意味ないと思うよ」と笑っていた。


その時には母も「よかったね、母さんなんてすごく分厚いんだから」と笑顔で話していて、僕はいつの間にかメガネを早くかけたいと思っていたのを覚えている。


そのまま母と店のメガネを色々見てる間に、おじさんは奥でメガネを作ってくれていて、出来上がったメガネが嬉しくて、授業の時だけの約束なのに、出来たてのメガネをかけたまま久々に母と2人でファミレスに行ったのを覚えている。


「――と、言うのが僕の初めてのメガネの話ですね。」


「ふぅむこのようにダラけた店主にそんな殊勝な時代があったとは.......信じられん」


「そうですね。ココの言う通りです。どこでこんなねじ曲がってしまったのか」


カウンターにて講談師よろしく話してみせたものの、従業員のリコくんもその仲良しのコラリーさんも疑惑の視線を隠そうともしません。


「まぁ、これでマスターが表の格安セットを下げない理由もわかりました。先代の真似がしたいのですね」


「う、まぁ.......はい」


リコくんの言い方だと身も蓋もないが、端的に言ってそうなわけで.......同意するしかない。


「なら店主よ、1つ我にもメガネを見繕ってくれ」


この豪華なロングコートのイケメン吸血鬼は.......


「そうですね! コラリーさんにはこれなんかどうですかねぇ。」


丸メガネに錦鯉柄のプラスチックフレーム、こいつで恥をかいてしまえ!


「ほぅ? オリエンタルだな。どうだ? リコ似合っているか?」


意気揚々と派手な赤と白の斑点柄のメガネをかけるコラリーさんですが、豪奢なロングコートと合わさって.......ランウェイを歩いてるトップモデルにしか見えない。


リコくんに至っては親指を立てて《サムズアップ》ご満悦だし.......結局イケメンならなんでも似合うんだな。


そうだよね。


おじさんも似合うとは言ってくれたけど、僕の顔は褒めてくれてなかったもんね。


また1つ僕は賢くなりました。

顔が良ければなんでも似合う.......悔しいです。



ちなみに、僕の初めてのダークネイビーのセルフレームは、今はすっかり度があってなくて、フクロウ堂を開店した時のゴタゴタで無くしてしまいました。

おそらく今は、リコくんの物騒なコレクションの中に混ざってると思うので、気が向いたらまた探します。

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