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鏡の妖精

「まさか、タラの塩漬けなんて買えるんですね。意外と言うか.......お昼はお味噌汁とタラの焼き物にしましょうか」


珍しい食材を手に入れ、上機嫌なまま昼食の材料調達を終えたイズミが店に戻ると、店内には目深に麻の布袋を被った童女がいた。


先日のホビットの1件もあり、例えがただしいかは疑問だが、年の頃は小学生だか中学生だかの見た目であり、腰まで伸びたウェーブのかかったブロンドの髪と白い肌が印象的な裸足。

体には布を巻き付けているみたいで、まるでカーテンを巻き付けたヒーローのモノマネのようだ。


「お客さんですか? 」


店主であるイズミが、そう投げかけたのは少女に膝を折って話をしている店員のリコリスであった。


リコリスは少し困った風をしてから「マスター、この子はエインセルかも知れません」と言葉を漏らした。


ファンタジーでは耳慣れない言葉だが、イズミには聞き覚えがあった。

それは、麻でできた簡素な装いの子供の集団を街で見た時、街の人々が漏らした言葉であった。

但し、誰もが頭に形容詞をつけて発した言葉。

――可哀想なエインセル。――不気味なエインセル。――捨てられたエインセル。


エインセルとは「自分自身」と言う由来の、人のモノマネをする妖精であったが、彼らが森や街から見かけなくなると、いつしか出自が分からない子供や心に不和がある子供に使う言葉になっていたらしい。


イズミが見たエインセルの集団もまた、そうした子供らであり、街の外、離島の教会へ向かう所であった。


「エインセル.......ですか。キミ、お名前は? 」


イズミが荷物を脇に抱えなおし、腰を折って目線を合わせると、少女はニコニコと笑っている。


「私なの? 私はエインセルなの 」


「うーん、今日はどこから来たんですか? 」


イズミが続けて語りかけると、少女はまたニコニコと笑ってイズミの今入ってきた入口を指指した。


「あっちなの」


「うーん、困りましたね。迷子でしょうか」


「マスター、教会のシスターなどが探してると思います。広場にお連れしましょう。」


リコリスの提案にイズミは少し考えてから「ご飯を食べてからにしましょう」と、昼食を促した。


「とりあえず、今日はタラの焼き物にしますよ!! エインセルちゃんも食べれますか? 」


「うん! 食べれるの」


「マスター、私は赤だしのお味噌汁を所望します」


「はいはい」と、イズミが店の奥のキッチンに入って行ったのを見て、少女はリコリスの袖を引っ張った。


「それなーに? 」


少女が指をさしたのは、リコリスがいつも顔にかけている彼女には少し無骨に映る視力測定用のフレームであった。


「これはメガネです。 マスターもお揃いですよ」


「エインセルもかけれるの? 」


麻袋のせいで口元しか見えないものの、少女はニコニコと笑顔を振り向いている。

リコリスは少し考えたものの、自身のメガネを外し少女に手渡した。


「わぁ! すごいすごいよく見えるの? 」


「レンズも入ってないですから変わりませんよ? 」


キャッキャとはしゃぐ少女に、どう接していいのか困ったようにリコリスは呟いた。


「ここは眼鏡屋さんなの? すごいところなの? 」


「えーと.......そうですね。」


リコリスの返事を聞くか聞かないかのところで、少女は店内を走り回りリコリスも慌てて追いかける。


「マスター.......ご飯は.......まだですかぁッ」




一方のイズミは厨房で頭を抱えていた。

意外なことで、イズミは元々あまり悩むことがない。

悩むくらいなら諦めるか投げ出す。

消極策のカリスマと周囲には評される彼の、今考えている苦悩とは、ずばり「タラの塩漬けをそのまま焼くだけでいいのか」だ。


「あんな小さな女の子に和食ってどうなんでしょうか。白米とか食べるんでしょうか。普段教会で住んでるのなら、美味しい物食べさせてあげたいですよね..............うーん.......」


少し萎びたトマトとニンニクを片手に、イズミの出した答えは..............全部ぶち込む!であった。


日本ほど新鮮な物が入るわけでないのだから、当然ながら塩漬けは臭みと塩を落とすため流水でよくあらい、包丁の背で勢いよく鱗を落とす。


同時にコンロに火をかけフライパンにたっぷりのオリーブオイルを注ぐ。

スライスしたニンニクを一掴みほど放り込みよく炒め香りが立ったところに、鱗を落としたタラの身に十字に切り目を入れて投げ込む。


「いい音だなぁ。これ、アレですかね。アクアパッツァ的な料理になるんですかね」


1人上機嫌になったイズミが顔をあげると、先日から設置されているメガネカイマンと目が合い黙り込む。


タラの身の臭みが感じなくなり、狐色になって来た所で、ざく切りにしたトマト、玉ねぎを投げ込みコップ3分の1くらいの白ワインを

注ぎ蓋をする。


「あとは.......水分が減るまで煮てから.......今の間にパンも温めなおしておきましょう」


水で絞った布巾で飛び散った鱗を拭き取り、パンを皿に並べる。

さすがに30を超えた独り者は、なかなかに小器用なものだ。


「そういえば.......この国って人魚とかいるんですかね。居たら魚とかって.......」



「エインセルさん、リコくん出来ましたよー」


フライパンごと運ばれた男の料理に、エインセルと呼ばれた少女はぴょんぴょんと飛び跳ねている。

リコリスは落ち着いて.......もとい席に着いて、既にナイフとフォークを掴み準備万端だ。


「はい、どうぞ.......あれ?リコくんがメガネ貸してあげたんですか? 」


イズミがよそった魚を、握りこんだスプーンで口元に運ぶのに忙しい少女には聞こえていない。

代わりに既に皿を空にしたリコリスが答える。


初めて作った料理だけど、空になったフライパンと順調になくなるパンで成功したなとニヤニヤしてしまいます。


「かけてみたいとのことなので.......今だけですが」


「リコくん.......僕の魚半分あげますね。エインセルちゃん.......食べ終わったら広場に行きましょうね。お迎え来てるかも知れませんから」


「大丈夫なの、 お迎えが来るの 」


両手にパンを持ってる少女の返答は、問いかけなのか、確認なのかが分かりづらくイズミの顔も曇ってしまう。


「まぁ、店にはリコくんが残ってたら、もし尋ねてこられても広場に案内してもらえばいいですし、大丈夫ですね」


イズミはパンを食べている2人を横に、空になったフライパンと皿を流しに持っていった。


「じゃあ、そろそろ私のメガネを返してくださいませんか? 」


リコリスが頼むと、少女は笑顔のまま服の裾で両手をぬぐい、メガネを外してリコに突き出した。

少女の手馴れた様に、リコリスが受け取る手が少し遅れたとき、ふいに頭に疑問がよぎる。


「そういえば.......どうして、メガネを知ってるんですか? それも、かけて見やすいなんて.......どこかで見たことが? 」


それは、リコリスにとっては、取るに足らない、街のどこかで見かけた.......くらいの返答があれば腑に落ちる質問であった。


「かけても見にくいの? 」


「それは、度も入ってないですし、視界は狭まりますから.......」


「みにくい方がいいの? 」


「私は仕事でかけてるんですが.......」


要領を得ない子供の質問は、先ほどに増して困惑をさせる。

表情に乏しいリコリスにとっては、尚のことだ。


「うそなの 」


「.......? え、どういうことですか」


「エインセルは嘘つきなの。誰も好きになってくれないの」


「そんなことないですよ、こんなに可愛らしいんですから」


年頃の、エインセルという不遇な立場にある少女に対して多少不気味に思うのは何も特別でなく、多感な年頃では自然なものだとリコリスが頭を撫でてやる。

その彼女の手を握って、エインセルはニコニコと笑う。


「エインセルは手を離してほしくないの エインセルは魔女って言われるの」


「辛かったんですね.......」


そう言ってリコリスは、エインセルの口元をハンカチで拭ってやる。


「これ可愛いの 」


エインセルがハンカチを気に入ったのを見て、リコリスは壁際から覗き込んでいる店主に声をかける。


「マスター、彼女にハンカチの代わりに差し上げれるものなどありませんか? 」


咄嗟の言葉に、まさか美少女と美幼女の光景を眺めてたとも言えずイズミはすっかり動揺してしまっていた。


「え、えっと、あっこれ! これなら!」


そう言ってイズミが差し出したのは使いかけのキャラクター物のメガネ拭き。

色気も何もないところがイズミらしいが、リコリスはすっかり呆れ気味である。


「くれるの? エインセルは眼鏡屋なの」


少女はキャッキャと某テーマパークのヒロインの柄を無邪気に喜び、イズミとリコリスはとりあえずのところは落ち着いた。



しばらくして、イズミがエインセルと手を繋ぎ、広場に行く支度を整えたころに、フクロウ堂に1人のシスターが現れた。


「すいません。ウチの子が来てません.......あっ.......よかった。帰りますよ」


「エインセル帰るの? 」


イズミの手を話したエインセルはシスターの服の裾を掴み、シスターの真似をして頭を下げていた。


「すいません。ご迷惑をおかけして」


「いえいえ、エインセルちゃん。またいつでも遊びに来てね」


手を振るイズミの後ろで、リコリスも仏頂面で手を振る。


「いつでも来るの エインセルは眼鏡屋なの 」


「それは.......」


エインセルが手に持つキャラクター物のメガネ拭きを見てシスターが聞くと「エインセルは女王様なの」と、自慢気にしている。


「良くして頂いたみたいで、すいません」


頭を下げ続けるシスターに、

「気にしないでください。使いかけなので」と頭を下げ返すイズミ。


そんなラリーが数回繰り返したあとフクロウ堂では「変わったお客様だった」と、笑い話になっていた。


「エインセルは女王様なの 」


「そうね。エインセル、あのお店はどうだったの? 」


エインセルとシスターは、日のかげる中街の外を歩いていた。


「思ってたとおりなの すごく良いとこなの」


「そうなのね。今度のお店もすごく楽しいわね」


「エインセルもまた行くの 」


「えぇエインセルもまた行きましょう」


手を繋いだ不思議な雰囲気の2人は、離島に向かう海側でなく、妖精の女王が住むと言われる森のある内陸に歩いていった。

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