燃えよドラゴン
外から小鳥の鳴き声が聞こえます。
日も登る前から荷馬車の往来の音もします。
私リコリス=ソルシエール 16歳 宇宙的美少女の朝です。
いえ、やはり眠いのでもう一度眠ります。おやすみなさいませ。
.....................ぐぅ
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外が明るいですね。
往来を歩く人の声がずいぶん聞こえます。
時間は.......朝の7時、おはようございます。
このまま眠りについていたい気持ちに負けそうですが、マスターの出勤前には着替えて準備をこなしておかねばなりません。
できる女は違いますね。
私は麻の寝巻きを洗濯カゴに入れ、寝ぼけた体でマスターから頂いたメイド服に着替えます。
ボタン1つで洗濯できるとは便利な物です。
あとは日が昇りきる前に、朝市に出向き朝ごはんの材料を買いに行かねばなりません。日差しは乙女の天敵ですからね。
面倒な気持ちもありますが、マスターに預かったお金で買えるのでワガママは言えません。
3食賄い《まかない》飯付きの住み込み、眼鏡屋フクロウ堂。胡散臭かったですが、ここを紹介してくれたアニスさんには感謝しかありません。
鍵と財布.......揃ってますね、裏口にもしっかり施錠完了! 行ってきます。
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今朝は固い黒パンとバターとミルクを買えました。
上々の首尾です。
ただ、いつもの1つ目巨人、吸い込まれそうな瞳系女子のオンクさんの店がなかったので、違うところで購入しましたが、マスターは鈍感なので気づかないでしょう。
今は8時半くらいでしょうか?
そろそろマスターが出勤するころですね。
少し急ぎませんと.......
「ただいま帰りました」
「あっ、おはようリコくん」
到着しておりましたか。
この意志薄弱にして、虚弱体質が擬人化したようなメガネバカの30男が、このフクロウ堂のマスターのイズミ=トシツグです。
「今朝は珍しく早いですねマスター」
「今日は寝起きがスッキリでね。少し早く出て来れたんだ〜」
「そうですか。ならこれからもっと早く来てほしいですね」
「おや、リコくんのツンデレかな。僕に会いたいとか照れるなぁ」
「いえ、死期がです。」
なんでもこの店はら先代オーナーが住み込みだったらしく、生活設備が大変整っております。
ただマスターは使ってないため、代わりに私が住まわせていただいております。
普段「従業員は家族同然」などとうそぶく割に、泊まろうともしないヘタレですね。
住み込んでるのは私1人ですが、朝になるとマスターは店の裏口から出勤し、夜に閉店すると晩御飯を一緒に食べた後、裏口から帰って行かれます。
私が裏口を使っても路地にしか出ないのですが、マスターが出るとニホンに帰るそうで.......外に用があるときは、開店してからの店舗入口からしかマスターは出入りできないそうです。
話に聞くニホンは、人が空を飛び、法律の下で多くが平等で、様々な娯楽が溢れてる、まるで絵物語のような所らしく一度は訪れてみたい憧れの都そのものです。
「あっリコくんパン買ってきてくれたんだ。ありがと、今朝コンビニで買ってきたシュークリームも冷蔵庫入れとくね」
訂正します。1度と言わず何度でも訪れたいですね。
シュークリームは大変美味しいので素晴らしいのですが、マスターはこれをヒャッキンという店の陶器の皿などに乗せて茶菓子にされます。
ただ、陶器など余程の豪商か貴族しか持たないですし、蛇口を捻って当たり前に水を出すのも、こちらの国では異常だと覚えてほしいです。
幸い、ほっておくとメガネのことしか言わないのでそこまで露見はしてませんが.......
「じゃあリコくん。今日はメガネのフレームの勉強をしましょうか」
はい、喜んで(ニッコリ)
「面倒ですね。ウンチクをまたずっと聞かされるなんて、ひどい拷問です。そうだ、お腹が痛いと言ってサボタージュしましょう」
「うん。リコくんのセリフと心の声逆だね。わざとかな? わざとだね」
失敗ですね。ドジっ子メガネメイドに路線変更しましょうか需要過多と聞いてますし、悪くない考えでしょう。
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「さぁリコくん、まずは生産地ですね。これは三大産地でイタリアとドイツが有名です」
「イタリアとドイツ.......三大なのに2つですか? 」
「あとは皆好きに自分の国を入れますからね。フランスはデザインで1番とか、日本は作りが良いとか、樹脂なら韓国とか、生産量なら中国とかですね。勿論僕は日本を推しますが」
ふむふむ。どこも競走は激しいのですね。
全部をノートに書きつけるのも面倒なほど情報量が多いです。勝手に取捨選択しときますが.......
「日本製はどこがいいのですか?」
「そこです! リコくん」
あぁこれは長くなるやつですね。
お昼ご飯は何にしましょうか?
「日本製というよりほぼ福井県は鯖江製ですね!! 福井県は冬は雪深く地域の収入にと増永五左衛門が様々な金属フレームを手がけ、現在日本はその加工技術においてチタンフレームでのメッカなのですよ! いや素晴らしい」
「チタン?.......巨人族の意味のタイタンに似てますね」
「そうですね。チタン、チタニウムはタイタンやティターン神族から由来してその軽さと腐蝕しにくいことから侵されざるものと語源が――」
むぅ.......大変です。
お肉が食べたいです。
お肉、食、べ、た、い。
ノートが埋まっていきます。
そういえば、先日のハーナ様の売上から市で少し良いお肉を予約したのに、まだ届いたと連絡がありません。
待ち遠しいですね。
「ただ金で出来たフレームは柔らかいし値段が高いじゃないですか。その代替品とひてチタンは最高なのですが、チタンは混ぜ物をしなくてはならずその中身がメーカーごとに――」
まだ喋ってますね、このダメガネなマスターは。
「わかりました。.......つまりマスターが店に日本製のフレームを多く並べるのは金属として優れているから、そういうことですね」
「あ.......うん。それもあるんですが.......」
「他にはなんでしょう。せっかくの勉強の時間なんです。はっきりしてくださいダメガネ」
「いや.......日本て広いんですよ。この国の数倍あるんですが、それが縦にまーーっすぐ伸びてましてね、上は雪国、下は常に夏のようなものなんです。当然、日本での販売となると、その全てに対応するわけで.......僕の選んだ日本製なら、この国の色んな種族の皆さんにも自信を持って勧めれるなぁ.......と」
本当に、この人はお人好しです。
どこでも普通は買ったら終わり、粗悪品なら確認しない方が悪い、それでいいと言うのが普通と言うのに.......
「マスターはそのうち詐欺や悪い女に騙されそうですね」
「大丈夫ですよ、僕みたいなの誰も騙そうとしませんよ。あっでも酒場のアニスさんには騙されてみた――痛いっ!なんで殴ったんですかリコくん.......」
「すみません。メガネの度数があってないようです」
「あなたの検査枠度数入れてないじゃないですか! パワハラですよ! 上司にも人権をーー!」
なんで殴られたか理解してない上やかましい。
とりあえず、このノートでもう2発くらい打っておきますか。
「と、まぁ.......はい。冗談はさておきまして、鯖江のメーカーにはミサイルの技術者なんかも居るらしいんですよ。金属加工のロマンですよねぇ」
「ミサイル.......ですか? 」
「あっミサイルは.......えーとゴジラ.......ドラゴンを倒したり出来るようなすごい投石兵器みたいなものでしょうか。国1つ跨いだりするような魔法みたいなものですね」
「なるほど.......長距離用の攻城兵器みたいなものですか。それにしてもドラゴンですか.......」
「た、例えですよ。ドラゴンとかこの国にも居るんですよね? 」
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「えぇ.......まぁ、小さい物だと成体で30cmくらいの物から臥地竜で10mほど、海遊竜なら50mを越す物もこの国では確認されておりますね。時折討伐をされる事もありますが.......街の住人もあまり生息域に踏み入らないようにしてますので、マスターも無闇に近づかないでくださいね」
「ふわぁぁ、アースドラゴンにコーブドラゴンですか.......それに竜の生息域に近づかないとかファンタジーですねぇ、RPGみたいです」
このダメガネ様は、せっかくの私の忠告を聞いてませんね。
まぁ、ほとんどこの店から出ないマスターには、あまり関係ない話なんですが。
あ.......
「どうしたんですか? リコくん」
「マスター.......大変です。お腹が...」
「何かありましたか? お腹が痛いんですか? どんな感じですか、とりあえず座ってください」
「.......お腹が減りました」
「あ.......あぁそうですね、そんな時間ですね。じゃあ僕が何か買ってきますね」
完璧です。
買い出しをマスターに押し付ける作戦。
あとはテーブルで私はお昼を待つだけです。
「ハローー! イズミちゃんリコちゃん居るーー? 」
「あぁ、うるさいうるさい。もう少し静かに入られんのかザルツァよ」
おや、野太い割によく通る艶のある声はザルツァ様.......それにその雇用主のアニス様が来店されるとは、お二人セットとは珍しいですね。
「お久しぶりです。アニス様ザルツァ様」
「あぁリコ嬢、元気にやっているか? イズミ坊に変なことはされてないか? 」
「大丈夫ですアニス様。それにマスターは常に変人なので、残念ながら後者は諦めております.......」
「あら、イズミちゃん。今日も可愛いお尻ね」
「ひっ!! いぇザルツァさん、ザルツァさんこそ立派な大臀筋ですね」
哀れマスター。ホットパンツのザルツァ様に尻をこねられてます。
ザルツァ様なりのメガネに合わせたコーディネートのようですが.......虎柄のブーツとホットパンツはさすが.......としか言えませんね。
「あぁ、そうだなリコ嬢。どうしてこう我々の周りはこんな男しか居らんのだろうな.......まったく」
溜め息を漏らしながらも、エルフであるアニス様の横顔は彫像の様に美しく、これで化粧もしてないとは信じられません。
間違いなく宇宙的美人はアニス様ですね。
髪を片側に結わえられて、男性のようなパンツスタイルですが、これらも動きやすいからだそうで.......髪の毛は坊主にしようとしたところ、ザルツァ様が「切ったらカツラにして被るわよ、あたしが」と、言ったので伸ばすようにされているそうです。
「あぁそれでアニスさん今日はどうしたんですか? 」
マスター.......アニス様に直接話しかけれないからとザルツァ様にわざわざ聞かなくても.......仕方ないと言うか情けないと言いますか。
「そうなのそうなのイズミちゃん。リコちゃんの依頼した商品が納品されてね。アニスちゃんが、ついでだからって持ってきたの。はい!」
そう言ってザルツァ様は、入口から運人1人は詰めれそうな麻袋を運び混んでくださいました。
私の待に待ったお肉です!
「リコくん.......これ何注文したの? 」
「マスターの大好きなお肉ですよ? 」
「豚でも一頭買いしたんですか?? 豪快ですね」
ザルツァ様もアニス様も事情を察した様で、ニヤニヤと笑ってらっしゃいます。
私としてはただ、よく話題に上がるので久々に食べたくなっただけなのですが。
「ではザルツァ、私たちもそろそろお暇するとしよう」
「そうねアニスちゃん。イズミちゃんもリコちゃんもメガネ調子いいからまた新しいの買いにくるわね」
「あぁそうだそれだ。イズミ坊、うちの従業員が世話になったな。今度は私のも見繕ってくれ」
後ろ姿も勇ましいお二人が帰られましたが、お二人の後ろ姿を見てマスターの顔も緩み切っています。
「聞いた? リコくん? 聞いた? アニスさんが買いに来てくれるって! やっと初のメガネっ子だよ!! この国に来てからずっと男ばっかで初の女性がアニ――痛いっ!」
叩かれても学習しないダメガネです。
まぁ良いでしょう。
アニス様とザルツァ様に持ってきていただいたお肉を調理しましょう。
「では、マスター。私はこのお肉を解体してきますね」
「あっはい.......お願いします。見たら僕たべれなくなると思うので、パン用意しときますね」
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お昼の献立は、もも肉のローストとトマトとチーズたっぷりのオートミールになりました。
焼く! 煮る! 完璧です。
簡単ですがテーブルに並べると様になりますし、マスターほど普通は食事にこだわらないのですが.......まぁ今日はよく出来たと思います。
「うわぁ、漫画肉みたいなもも肉ですね。豪華ですねぇ」
「はいはい、それは良いので早く召し上がってください。冷めてしまいますよ」
解体もまだ半分ほどですが、それでも肉はテーブルの木皿を埋めつくすほどです。
食べ終わったら、残りを解体して冷蔵庫に入れなければなりません。
「うん。思ったよりさっぱりしててクセがないですね。鶏肉.......いや七面鳥ですか? 大きさと言い.......七面鳥ですね! 」
「.......? 何の話ですか? 」
なぜマスターはドヤ顔なんでしょうか? ウザさの限界に挑んでるのでしょうか? そうであればストイックだと少しは褒めれるのですが。
「いやですねぇ、食材ですよ。大きな七面鳥で正解ですよね? ね?」
「いえ、.......」
ちょうど解体途中の物が通路から覗く形で置いていたので、私はそのまま指をさしました。
「マスターの食べてるのは、あそこに置いてるドラゴンの肉です」
「ドラゴン? え?.......ワニ!?」
食卓で騒いで、振り向いて騒いでやかましい人です。
そういえば確かに、マスターの国では臥地竜の事をワニと言うんでしたね。失念しておりました。
やっぱりノートにとるのは大事ですね。
昼食後から、マスターはずいぶんと静かになり、過ごしやすかったです。
残りのお肉も私にくださるそうで、得をしたとも思ったのですが、ブツブツと小声で「アースドラゴンはメガネカイマン」と呪文の様に呟いておりました。
アースドラゴンはメガネ買います?
買いに来ないと思うのですが.......まぁマスターの奇行はいつもの事ですね。
ワニ美味しいよね