リトルティーチャー
僕の故郷であるその町は、今ではすっかり寂れた田舎町。
駅前の商店街なんかは、昔と変わってシャッター通りになっていたけど、ポツポツと駄菓子屋や整骨院なんかは営業していた。
その中には近所に住むおじさんが1人でやっている眼鏡屋もあった。
おじさんは口数こそ多くなかったが、うちで昔飼っていたビーグル犬のハルナが逃げた時は、一緒に膝を泥だらけにして探してくれた優しい人だった。
「ねぇお母さん、おじさんのお店いつもお客さんいないね」
幼い頃は目が良かった僕にとって、おじさんの店は大人のための店で、入ることをためらう異世界そのもので、少し心配でもあって.......
「そうね、きっとイズミには見えないお客さんがいるんじゃないかしら」
訳知り顔の母に「バカにしないでよ」と思ったが、それを少し信じてしまうほどに、いつもお客さんのいないその店が僕にとって最初のメガネに関する記憶でした。
「――おい」
さて、しかしあの時の店を今は僕が引き継ぎ、こうしてカウンター内で仕事をしているとは感慨深いものがある。
まぁ、いざ開店したらしたで、店の前は中世の街並そのものだし、コスプレみたいな人しか歩いてないし、あの時は夢でも見てるのかと驚いたものだ。
「おい店主」
通りを歩くのは狼男にケンタウロスに騎乗した鎧騎士などファンタジーそのもので、夢かとも思ったが、動物が人と話すのも、人種のバリエーションにも驚いたものだが1番の問題はそこじゃやかった。
――そう、メガネっ子がいないのだ。
ともすれば人の頭などメガネの台でしかないと思うこともあるのだが、その上でメガネっ子は最も僕の琴線に触れる単語で存在。
居ないならば作るしかない!その熱くほとばしる精神から、僕は異世界で眼鏡屋を営業して見せようと決意したのだ。
「おい、店主.......おい、おいってば」
しかしそれにしても先程から空耳が聞こえる。
過労かな?
お化けとかならば美少女以外はお帰りいただきたい。
一応塩でも盛っておこう。
「おい、無視をするなッ!!」
――バァンッ!!
カウンターの下から生えてきた黒ずんだ手が机を強く叩く。
いきなりのB級ホラーさながらな光景に驚いた僕は「ひぇっ!!」と情けない声を漏らしてしまった。
こんな時に限って、頼りのリコくんは買い出しで帰ってこない。
見えないお客さんと言っていた母の言葉を思い出したが、お母さんを恨みそうだ。
「あ、悪霊退散!」
「おい、ここだここ」
「へ?」カウンターの向こう側を覗き込むと、精悍な顔つきの子供がいた。
栗毛の目が真ん丸な男の子。
僕はまたしても来客の正体が異世界少女じゃないことと、オバケじゃなかったことに息を漏らした。
「どうしたんですか、迷子ですかね」
僕のぶっきらぼうな物言いに、少年はムッと眉間に皺を寄せて不快感を露わにした。
「店主.......自分はこれでも今年で40になる幼顔族なのだ。そういった対応には慣れているが、程々にはしてもらいたいな」
これが噂のホビット.......確かに見た目に反して落ち着いているし、声も渋いが.......それにしてもこんなショタが40だとか信じられない。
ならホビットの女の子は合法ロリじゃないのか? そう思うと、尚のこと女子がよかったと無意味に残念な思いが募る。
「あー、えっと失礼しました。ホビットのお客様」
「以後留意してくれれば大丈夫だ。」
「それで.......えーと」
「あぁ、そうだな。我が名はハーナ。衛兵見習いである学生共の教官をしている」
腰に手を当てて中々落ち着いているが、これが親戚の集まりだったら間違いなく皆にからかわれるだろうな。
しかしここが異世界で、僕がホビットを知らなければきっともっと馬鹿にして怒られてる気がするが、教官職と言えばなかなかの高給取りの上客じゃないか。
「で、ハーナさんは今日は何をお求めで?」
「あぁ、まずこれを.......」
ハーナさんは、ずいぶんと中身の詰まった革袋をテーブルに置いた。
中にはギッシリと小金貨と大銀貨が詰まっている。
リコくんが帰って来ないと細かくは分からないが、恐らく日本円でも4,500万近くの大金。
「こ、これは?」
「あぁ、これで魔法のメガネとやらを譲っていただきたいのだ」
「.......は?」
「だから魔法のメガネだ。衛兵の中では知らぬ物などないぞ。あの荒武者ユアスを弓の名手にしたメガネというやつだ!」
「まぁ.......彼の買われたメガネと同じのは棚に並べてますが、これを買ったところで同じにはなりませんよ?」
「なるほど! おとぎばなしの魔剣の様な物か。使い手を選ぶと言うことだな」
うーむ.......なんだかかっこいい勘違いをされてるが、どう断ったものか。
リコくんが居れば間違いなく売りつけてるだろうが.......
「いや、普通のメガネなんですが.......ハーナさんはどうして魔法のメガネなんかほしいんですか? 」
「理由などはないな! 男であれば上を目指すのは当然のことだろう。それで魔法のメガネは売ってくれぬのか? 」
まぁ確かに、それもそうなんですが.......これだけしっかり目を見て話されると照れてしまいますね。
「わかりました」
「そうか!でわ――」
「ただし!しっかり話をしてからです!どんな時に使うか、どんな形がいいか、です」
「あぁわかったわかった。」
どうにも衛兵特有というか、泰然自若とした姿勢は異世界ならではというか日本では見慣れなくて動揺を誘われてしまいます。
「それで、まずはハーナさんは弓にメガネを使うんですかね? 」
「そうだな、自分は弓の教練を専任しているのでな」
「すごいですね。他人に教えるとは中々出来ないですよ!」
「まぁ自分を含めてホビットは弓が得意でな。それにすごいのは自分より生徒らだよ店主」
うーむ、言ってることがしっかりしてるだけに姿とのギャップが凄い。
「生徒さん方思いなんですね、それでハーナさん自身は弓で不安になることがある.......と? 」
「いや、ないぞ? 」
「あー.......不安はないけど、魔法のメガネがほしいと言うことです? 」
「あ、あぁそうだな。そうである」
「なるほど.......うーん、見えにくいとかじゃないんですよね? 」
「そうだ! 」
じゃあ、わざわざいらねーだろ!!.......なんて思うが笑顔を崩せない。スマイルスマイル。
確かに魔法のメガネと聞いたら欲しくなるようなものなんだろうが、適当にあしらうと言うのも違うし.......
「あー、じゃあ野外で使うサングラスなんてどうでしょ? 」
「サングラスと? それが店主のオススメか? 」
「そうです。僕の国でも多くの戦士が使っているサングラスという魔法の道具です」
「そ、そうか! それでどんなものが、」
「本来サングラスは日差しを防ぐ物なんですが、勧めたいのはスポーツサングラスです。」
「本来と言うのなら何か違うのか?」
「はい。ここら辺のは日差しを防いだ上で裸眼より尚見やすく補助するんです」
「ふむ、ふむ」
ハーナさんは腕を組んで説明をしっかり聞いてくれている。熱心な方です。
「で、レンズのカラーなんですがグレーは陰に入ってる様に楽にして、ブルーはそれに近く色味を落としてくれる感じですね。ブラウンは特にギラつきを抑えますしグリーンはグレーとブラウンの良いとこどりでピンクは陰影がハッキリし――」
「店主!店主!!良い!大丈夫だ落ち着け」
「あっすいません。で、どんな用途に合わすかなんですが、とりあえずはブルーかグリーンが最初なら妥当かと」
「いや、全部だ」
「え?」
「全部だ、支払いが足りないだろうか? 」
「いや、えっと.......はい全然足りますが、じゃあ.......デザインですね。形とか大きさなんですが」
「形はなんでもいいぞ! 大きさは.......そうだな、自分と同じくらいだ」
自分と同じくらい? 同じくらいってことは、ハーナさんのご自身用じゃないということですか。
そうなると.......子供くらいの大きさだから、ホビット.......いや生徒さんにですか。
確かに生徒さんをすごく誇ってますし、メガネを探しに来た割には僕の方ばっかり向いて、肝心のメガネを見てませんし.......そういうことでしょうね。
「あー、ハーナさん.......」
「ん、なんだ? 」
「探されてるのは、生徒さん達へのプレゼントですか」
「ばっ.......ん.......そうだ」
うーむ、熱心な良い先生のはずなんだけど、どうにも初めてのお使いの男の子に見えてしまいます。
微笑ましい。
「でも、これほどの大金で生徒さん全員分でしょうか? ずいぶん太っ腹ですね」
「自分は、才気溢れる少年らの教官だ。そこに間違いはなかった。いや.......なかったつもりだ」
どうにも先程までの堂々とした態度から、歯切れがわるくなった。
話しずらい過去でもあるのだろうか。
「何かあったんですか? 」
「ユアスは自分の教え子である。そして彼に弓の素養が無いと彼の父上に告げたのも自分なのだ」
「それは.......どういう」
「ユアスが家督を継ぐ立場から遠のいたのは、自分のせいなのだ。仕事であったと言え、あれだけ落ち込んだ彼に教官として自分は、努力はいつか叶うなど戯れ事を言って逃げたのだ」
「でも.......それは終わったことですよね? どうして今ハーナさんがメガネを? ユアスさんに渡しに行かれるのですか? 」
「.......」
「.......」
気まずい。
地雷を踏んでしまった感がすごいです。
あんまり人の過去に踏み込むのは良くないのですが、ついつい.......気をつけます。
「いや、今私の教え子に彼の弟がいるのだ。ユアス同様に利発でな。.............もう自分はユアスにしたような失敗はしたくないのだ。頼む店主! 魔法のメガネを! あるだけゆずってくれ」
わかりました!不肖イズミ、ハーナさんの力に――なんて言えたら最高だが、こんな責任とてもじゃないが負えません。
しかしここで解決しないと、残心として忘れられないでしょうが、これだけ頭を下げられても嘘はつけません。嘘は.......
「顔を上げてください。ハーナさん」
「自分に力を貸してほしいのだ!」
「すみません。.......それは.......無理です」
「な、.......なぜだ! 自分がホビットだからか、額が足りないのか」
「いや、そうじゃないんです。そうじゃなくてですね.......魔法のメガネなんてなくて、あれはユアスさん本人の力なんです」
「バカを言うな。酒場でも聞いた! 私も彼のことは見てきた! 何度も打ち続け努力する彼に、それでも素養なしと伝えたのに.......そんなわけが」
「彼は近視という状態で、僕はそれを遠くが見えるように調整しただけです。ごく普通のメガネなんです。彼が弓の名手と言われてるのは.......彼の努力とあなたの教えだったと思います」
「な、.......それだけなのか、それだけのこと。なら、自分はユアスにさぞ恨まれているのだろうな」
ずいぶん肩を落としてしまって、確かに人の一生を台無しにしたと思えば.......仕方ないかも知れないけど。
黒ずんだ無骨に握りしめた手が、彼の気持ちや後悔を示している。
「.......あっ」
「ハーナさん!これ見てください」
「なんだ? .......これは指輪か?」
それはカウンターに飾っていたユアスさんに渡された黒ずんだ指輪。
錆でなく、油のような黒ずみを見てハーナさんはボロボロと大粒の涙をこぼした。
「うちの従業員に教えてもらいました。それ松ヤニらしいですね。弓の手入れをするたための.......」
「.......あぁ、松ヤニまみれだ。それにこの家紋.......弓から離れた部隊に行って、なお努力していたのだな」
「僕の知ってるユアスさんは、恩師に恨みを言う方ではないですが」
「あぁ..............そうだ、そうだな」
「それにユアスさんが正しいなら、ハーナさんの教えも正しいはずです。きっと大丈夫ですよ。生徒さん達も努力されてるなら大丈夫です!」
「そうか、そうだな店主.......しかし」
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眼鏡屋にお客様がいつも居ない理由は、見えないお客様がいらっしゃるからじゃない。
店に来られる様々なお客様が、自分にも見えていない悩みを解決して差し上げることが大事で、その為に常に時間を取れるようにしているのです。
...
.......
.......というのが建前で、実際はお客様1人あたりの売上が高いからなんですよね。
今回ハーナさんはユアスさんとお話をしたいと1つ、生徒さん14人分で合計40万相当ですよ!!
これがワンコインランチなら800人前ですからね!!
いやありがたいです。
正直今回も何も売れないかと思いましたが、さすが高級取りの方は違いますね。
学生全員分はやめられたものの、ユアスさんの元々の人気と魔法のメガネという言葉で生徒さんのやる気を更に高めるんだとか.......運動部の先生が生徒にご飯おごる約束してるよう感じです。
そうですね、明日は久々に僕もリコくんにご馳走を用意しましょうか。