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ライバル現る④

オービルがゴマをする横で、どっかと1人がけのソファーのように豪華な椅子に座ったファルゲンという老紳士は、身を乗り出している僕を見て鼻の穴を目玉ほどに大きく膨らませニヤリと笑った。


「先程からの話聞こえてたよ……えっとイズミ? だったかな。キミもこの街でメガネ屋をやってるならこの店をよく見ておくといい勉強になるぞ」


「は、はぁ……」


中学の頃からメガネ屋に入り浸り、バイトを含めたら12年はメガネに身を捧げてきただけに今更何を……とは思いましたが、こう威圧的というか堂々とした振る舞いの方にはつい頭を下げてしまう癖が出てしまいました。

我ながら情けないですよね。

ただそれで少し落ち着いたと言いますか……よく見てみると、ファルゲンさんの蔭で見えてなかったのですが、彼の前には殊更シワの深く刻まれた蝶ネクタイのドワーフが片膝立ちでなにやら作業の準備に励んでおります。


そこで僕はようやくオービルに言われた手が綺麗という意味を理解しました。

深いシワのドワーフは、今ファルゲンさんの選んだであろうレンズを骨のフレームで挟んだモノクルを、片膝に肘を固定し鉄製のヤスリで削り出しました。


「ファルゲンさまの肌の当たりに良いよう、湖畔街自慢の当店の職人が最高のフィッティングをさせていただきますよぉ!」


「頼んだぞ、ワシら湖畔街出身だと本物のメガネってヤツを知ってるからな。そんじょそこらのメガネ屋では納得はできん」


「へぇ……もちろんでごぜんやす」


職人ドワーフのことなど見えていないようにファルゲンさんとオービルはお互いに湖畔街の話に花を咲かせていますが、僕はその職人ドワーフの手に目を奪われました。

太く短いソーセージのようにパンパンの指、その爪先には削り出した骨や角のフレームの粉が詰まっており、指先から手の甲にはシワには見えない傷が至る所に見える。

僕はあの手を知っている。

あれはたぶんガラスレンズを扱って出来たもの……僕の知ってるおじさんの手もそうだった。

今の日本はプラスチックレンズが主流でガラスレンズは珍しくなってしまいました。

それでも日本のガラスは製品のレベルが高く、熱やキズに強く薄いガラスレンズは先日の鍛冶屋の蛇女メイカーマンさんにお渡ししたように、熱や粉塵に晒される方には根強い人気があります。


しかし、この世界でのメガネはほとんどがガラス。

それも手で仕上げるのならば品質もまちまちでしょうに、それを彼らは削り出してフレームに収めて仕上げている。

地肌に当たるために調整も行うのですから、正に職人でしょう。

彼の手を見たら職人だとすぐ分かります。

名乗る必要もないでしょう。

それに比べたら……確かに僕の手は綺麗で傷などありません。


正直……異世界だからと甘く見ていたのは僕なんだと……自分がいやになりました。

オービル……オービルさんに対してもそうなんてす。

彼の物言いに腹が立ったのはある意味事実だったからで、それは確かに侮蔑もありましたし、行き過ぎた物言いとも思いましたが、商売であるなら顧客を限定するのは当たり前なんです。

低価格のメガネを置かない店も考え方としては同じことなんです。


僕の背筋が曲がったところを見たユアスさんは、僕の気持ちに気づかれたのでしょう。

「また寄らせていただくよ」と、一言。

オービルさんの見送りを丁寧に断り僕の手を引いてフクロウ堂への帰路につきました。


僕の中では差別をしてるとか、下に見てるとかそんな意識は無かったはずですがそれでも結局何も言い返せなかったんです。

でも亜人だとかで皆さんを区別したこともないし、全てのお客様にメガネ屋として相談に乗りたいですし、それが当たり前だと思ってたのに……


気づけば僕らはフクロウ堂の前で、ユアスさんは屋敷に戻ると告げられました。

僕は心ここに在らずで、ユアスさんはあんなドワーフの職人を見た後で心底僕にガッカリされたんじゃないかとか、僕に本当は何を見せたかったのかとか考えていましたが、彼は僕の肩を力強く叩き「イズミ殿、今度は私にもエルフの矢を弾くメガネを頼むぞ」と、いつもの笑顔で帰って行きました。


僕はその言葉の意味がよく分からず沈んだ気持ちで店に戻ると、すでにチサちゃんも出勤してきていてリコくんと2人で資料を広げて勉強しています。

僕と目が合ったリコくんは何かに気づいたように、ナイフを向けてふざけてきました。

少し挑戦的ですが彼女らしいというかなんというか……

それでも少し元気が沸いた僕は今日の話をしたチサちゃんに、オービルさんの店をライバルと言われたので、


「いや、ライバルじゃないですよあんな貴族向けの店! 馬鹿みたいに高いし周り見下してるし、メガネなんて見えればいいとか!! メガネっ子なめんなって思いましたね」



なんて精一杯強がりましたが内心はまだまだで……リコくんといつもの他愛ない物言いで少しだけ元気になれました。


「あれ? チサちゃん調べものですか?」


元気を取り戻したところで、ようやく戻ってから気になっていたことをチサちゃんに聞いてみました。


「あ、違うの、これはお母さんがメガネ買おっかなって言うからレンズをね……」


あぁ、オバサンですか。

しばらく会ってませんがオジサンもオバサンもチサちゃんのこと大好きでしたし、仲が良くて羨ましいです。


「あぁオバサンがですか。で、予算を調べてたんですね」


「そ、そうそう。それでトシツグに聞きたかったんだけどさ、1番良いレンズってどれかな?」


彼女の質問はメガネ屋としてよく聞かれる質問で、つい反射的に答えてしまいました。


「全部良いレンズですよ」


「いや、そういうのじゃなくて……安いので4000円で高いのなんて5万なんだから、そりゃ高い方がキレイに見えて薄いんでしょ?」


そうですね、そうですよね。

教える側として雑な回答してしまった……恥ずかしい。

しかし明るさか比重、厚み……どの話も重たいと言うか難しいですし、ここはザックリと話して理解してもらえたらいいですかね。


「それはですね、高い方が技術料みたいなもので、人によっては5万のより安い方が効果があるときもありますし、薄いレンズの方が暗くなったり弱くなったり材質として弱くなることもありますから」


あ、そっか……善し悪し。

僕はふっと気持ちが落ち着いたのが分かりました。

つい、黙ってしまいそうになったところでチサちゃんに教えてるんだったと言葉を続けます。


「まぁ善し悪しは人それぞれレンズもそれぞれってことですかね」


そうですよね。

人それぞれで、オービルさんも間違えてないなら僕も間違えてるわけじゃないんですよね。

ユアスさんもただ僕を応援してるから敵陣視察に連れて行っていただいたわけで……決めました。

改めて、うちはお客様を選ばない町のメガネ屋なんです! それがおじさんから預かったフクロウ堂ですもん。


考えてたらお腹が減りました……お昼にしましょうか。

リコくんが飢えて本当にナイフで刺される前に。


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