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ライバル現る③

「あ、亜人風情って……」


こわばった体で僕が声を絞り出すと、奥にいた老紳士の品のない笑い声、続いてオービルさんの上ずった笑い声が静かな店内に響きました。


「亜人ですよ? あ・じ・ん! 奴ら読み書きも出来なけりゃ本を読むことさえ出来やしませんよ? そんなのにメガネ? はん、アナタは犬に金貨を与えるような愚かな人間なのですね」


オービルさんは首を傾け、大仰に手を広げて僕というより周りに言い聞かせるような物言いをしています。

彼の白い顔はモノクルを通して片目だけ黒目がより大きくなり、ギョロりと剥かれた白目に左右大小チグハグな黒目の化け物は……そう、亜人でなく化け物のようにさえ見えてしまいました。

そんな様を見た店奥の老紳士は手を打って拍手を始め、それに釣られたかの様に店内のドワーフやホビットも引きつった笑顔で早い者勝ちと言わんばかりに一斉に拍手を始めました。


「どうも……どうも、さぁ皆さん仕事を続けてください。ファルゲン様もありがとうございます」


オービルの言葉に奥の恰幅のいい老紳士は片手を上げてにこやかに微笑んだ。

拍手を終えた店員の亜人らもまた無表情で店の中を駆け回り出す。


「それでユアス様……失礼ですがお連れ様は大変風変わりと言いますか、ものの道理をご存知ないようですね」


僕が言い返さないところを見て、今度は横に居たユアスさんに嫌味を言い出しました。


「それから、お連れ様は庶民のようですが……庶民にメガネとは亜人同様に不要でしょうに……物の価値もわからないような者を連れ歩くなど、マルシアス家のご嫡子というお立場をよく考えられたほうがよろしいかと……」


僕だけならともかく、その発言は違う。

僕の周囲や街の人間への剥き出しの悪意。

感情のまま言い返そうとオービルさんの前まで進んだところをユアスさんがまた間を遮るように僕の前へ割って入った。


「そうだなオービル殿、ありがたい忠告だ」


「っ…………!!」


「こらえてくれイズミ殿」


馬鹿にされた当のユアスさんがオービルにいい顔をし、僕に小声で理解を求める。

声は小さくともユアスさんの瞳は瞼に力を込められている。いわゆる目が笑っていない状態。

それもそうだろう。オービルの嘲った人々は、それこそ僕よりもよっぽどユアスさんのほうが大事に、いや懇意に、それこそ家族のように過ごしてきたはず。

正直、いくら理性的な彼と言えどここまで我慢するのは理解しづらいが、我慢する理由がきっとあるんだろう。

僕としては、できるなら今すぐに壁際に飾られているこれ見よがしに高そうな陶器の花瓶で、あのヒョロ長い体のイヤミな男にぶつけてやりたいが苛立ちをグッと飲み込む。


「すまないなオービル殿、こちらのイズミ殿はこのグランセアにて以前からメガネ屋をしていてな、私もメガネに明るくないので同伴を頼んだのだ」


ユアスさんがオービルに僕の紹介をしたところ、オービルはまた鼻息を大きく吸ってから見下すように僕の顔を珍しげに眺めた。


「どおりで、庶民がメガネなどしてるのですね。それにしても粗末なメガネですね」


はぁぁぁあ!?

おかしいでしょ、こんなアンティークなメガネしか扱ってないのに僕のお気に入りの高純度チタン、つまり純チタンで塗装も剥がれにくいチタン無垢、プレス加工を繰り返してできた日本製のハンドメイドの1品になんてことを!!


「このメガネが粗末ですって?」


職人の作った気持ちも分からない骸骨男に僕の我慢は限界が近い。


「そのレンズも……見たところガラスじゃないようですね? 溶けた蝋のような……豚の脂のような……まぁ模造品と言ったところですか? 庶民がメガネで貴族のマネとは……みすぼらしい」


あーーーー、無理です。

我慢してましたが、ものを知らないのはどっちか教えてやらなきゃもう我慢が……


「あ、イズミ殿――!」


「さっきから聞いてれば粗末だとか愚かだとか……ちょっと口が過ぎませんかね」


ユアス殿を手で押しのけようとしたものの、この方体幹しっかりし過ぎで僕の力じゃ押しのけれませんでした。

なんだか後ろに隠れるような姿勢になってカッコ悪いですが、言いたいことはビシッと言ってやりましたよ。


オービルはまた僕をまじまじと観察するように見て、ユアスさんを押しのけようとしたままの僕の手を見ていました。


「アナタがどうか知りませんが? ずいぶん綺麗な手をされてますね……なるほど人を使う立場のようで……庶民の中では、マシなのかと」


ほ、褒められた?

いやたぶん嫌味でしょうけど、意味が分かってなけりゃ空振りですよ。

残念でしたね。


「おい、オービルくん!」


僕がドヤ顔になっていたところで、近くのテーブルに移って来ていたファルゲンと呼ばれた恰幅のいい老紳士がこちらに声をかけてきた。


「あぁ、すいませんん。ファルゲン様フィッティングでございますね。申し訳ございません」


オービルはまた上ずった声で、踵を跳ねさせながら老紳士の席に移動した。

フィッティングと言うからには、メガネの幅や曲げ位置かけ具合を調整するのであろうが、老紳士の前に置かれたモノクルは目に嵌めるだけ。

言って形だけのパフォーマンスに違いないと、鼻で笑ってやろうと僕は身を乗り出した。

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