ライバル現る②
砂利の混じる舗装路も港への道を下るごとに切り出した石からレンガ調の整備と徐々に歩きやすくなり、道行く人々も小走りから早歩きとなり港前の商業区に着く頃にはゆっくり歩く方ばかりになっていました。
道中僕の前を歩いていたユアスさんは背筋がまっすぐブレることもなく、丈の長いジャケットも無闇に翻すこともなく静かに、それにしてしっかりとした足取りで時折僕の方へ振り返られて歩かれてましたが、貴族斯く有りきという姿を見た気持ちになってしまいました。
これは衣装のせいだとか、貴族と知ったからでなく、まぁ僕みたいな人間からしたらもうオーラがあるとしか形容できないヤツです。
商業区に着いたとユアスさんに言われるより先には、もうそこが一等地だと分かりました。
風が吹くたび海を感じるとかでなく、僕らの普段凄す地域が中世とするなら、ここら辺は大きなガラスのショーウィンドウに整備された路地はまさに現代ヨーロッパの写真映えする街そのものなんですから。
パステルカラーに塗られた建物や白一色の建物、装飾の施された外観は……ヨーロッパ行ったことないので、某テーマパークの入り口みたいって言うほうが分かりやすいかも知れません。
「イズミ殿はこういった辺りは来たことはあるか?」
僕は咄嗟にある! と答えましたが嘘じゃないですよね。修学旅行で行った某テーマパークですけど……いや100歩譲って商店街のアーケードも似たような物では……
「あぁ、あそこだ」
ユアスさんの右手の人差し指の先、整った美観の中でいっとう新しい黒い外壁の店舗に鋳物のプレートで『王家御用達メガネ店』と吊るされている。
目線を下ろすとユアスさんはジャケットの襟を直していた。
「ここってそんな名店なんですか?」
質問と同時にボタンダウンのシャツにデニムパンツの自分の服装が急に場違いに思えてきました。
ドレスコードってやつとかあるんですかね……もしやユアスさんは本当はこのメガネ屋を応援してい、僕に恥をかかせて街から追い出したいのでは……いや考え過ぎですかね。
それよりメガネ! 珍しいメガネが見れる以上なんてないですし、三目の巨人用とか狼男用とか空飛ぶドラゴン用とかあるかも……うん、早く入りたい。
「名店というよりは湖畔都市の肝入りでね、断ることもできなかったんだ。その上でイズミ殿には意地の悪い言い方になるが思ったことを素直に教えてくれればいい」
「……はぁ……?」
そう言ってユアスさんが店の入り口の席団を上り扉に立つと、店の扉はまるで魔法のようにひとりでに開きました。
「いらっしゃいませェ〜」
甲高い、いや大袈裟な挨拶で店内からユアスさんを迎え入れたのは眉毛のない骸骨みたいに白くて骨ばってる気味の悪いノッポな店員。
スーツみたいな黒のジャケットに蝶ネクタイ。それより何より左目にすっぽり収まるモノクル。
今じゃ見かけない片目用の単眼メガネ。
「これはこれはマルシアス家のユアス様。わざわざこのような店にお越し頂かなくともお伺いしましたものを……」
男がほぼ直角に腰を曲げたところで、扉が閉まりそうになり僕も咄嗟にユアスさんの後を追う。
大理石のような床に装飾の施した神殿のような柱の貴金属店のような店内。
店の真ん中には大きな黒檀の机の上にレザーのシートが敷かれ、その上にはいくつもの手持ち型のメガネやモノクルが並んでいる。
壁面には一面大小様々な引き出しついた棚が重厚感を醸している。
奥では接客中だろうか、恰幅のいい青いジャケットの紳士が肘掛け椅子で座っている。
店内に入って初めて気づいたが、扉は自動扉でも魔法でも無く、ドアノブにぶら下がるようにして扉を開ける七五三の衣装のようなスーツ姿のホビットの人力であったこと。
そしてそんなホビットとドワーフが店内に10人近く走り回っていること。
「失礼ですが……アナタは?」
骸骨みたいな男が目玉を剥き出すように僕を見てきたところを、ユアスさんが静かに間に立ってくれる。
「彼は私の友人なんだ。珍しいメガネに目が無くてね、良ければ見せてやってはくれないだろうか」
ユアスさんの落ち着いた物言いに納得したように、骸骨みたいな男は鼻息を大きく吸い込んでから冷たい目線をユアスさんに戻し声のトーンを高くしながら話を続けだしました。
なんだかゴミを見るような目で見られてた気がしますがやっぱり場違いだったんでしょうね。
「申し遅れましたユアス様、私ここの店主をしていますオーービル、是非ともオービルと及び下さい」
「あ、あぁオービル、よろしく頼む」
オービルですか……なんかいや〜な感じの店主ですね。
ま、僕には関係ない話ですね!
さて、メガネメガネっと。
テーブルに飾られたメガネは教科書くらいでしか見ないような手持ちの棒付きメガネや骨やら角やらを削って作られたモノクル。
カッコイイなぁ、欲しいなぁ。
珍しいし羨ましいし……でも値段……書いてないですね。何百万するか……貴金属みたいなもんですもんねぇ。
……あれ?
中央の卓を1周したあとに店内をグルッと見渡して疑問が出てきてしまいました。
おかしいな?
「あ、あの、オービルさん」
「……」
「オーービルさん」
「……なんでございましょうかユアス様のお付の方」
あぁ、使用人かなんかだと思われてたのか。
まぁ仕方ないけど……
僕は気にせず質問を続けました。
「あの、ここって人間用のしかないようなんですが、亜人用のメガネってありません? 見てみたいんですが」
僕の発言で店内の空気が少し重くなったことは、さすがに普段鈍い僕にもよくわかった。
次の瞬間には悪さをした子供にヒステリーを起こし叱るようにオービルさんは怒鳴っていた。
「私の店は貴族用です! 亜人風情にメガネが必要なわけがないでしょうが!!」
彼のあまりの形相に僕はつい驚き身を竦めてしまいました。




