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イズミと招き猫


「今日のお昼はサンドイッチにしましょうか」


リコくんに店番を任せての買い出しを終え、僕の手には馴染みの干物屋『黄金幸福クソン』の人気のベーコンと酒場『月ノアニス亭』でこっそり分けてもらった禁制品を抱えた帰り道。

そう、禁制品とは僕の顔ほどの大きさの白パンだ。

この白パンは高級品なのだが、少しの酸味とさっぱりした香りが新鮮なチーズと塩辛いベーコンで食べると堪らなく美味い。

それぞれに大味な食材が口いっぱいに暴れるような旨みの玉手箱.......


ともかく、金銭的な面で特権階級と庶民はそれぞれ、こういった食材1つとっても区別されていることがよくある。

場合に寄れば売ってもらえないことも多々あり、それこそ権力者や貴族階級への特別と言うやつだが、この街では領主自らそういう決まりへの抜け道を作りたがる人と聞いている。


初めてこの街を散策した際、よそ者の僕は行列のできる人気のパン屋で粗悪品の黒パンしか売ってもらえなかったのは忘れられない。

そんな僕を見た酒場の主人が、僕に代わって用意してくれた手段もその抜け道であり、その経験から僕が営むフクロウ堂では特に適正価格にこだわりたいと思っている。

ちなみにメガネのお値段もレンズ込で5000円からと用意しているが、これがまたまったく売れなくて笑えてくる。

……本当にまったく売れない。


実のところ今日も休憩の直前、

「この世界はマスターの世界と違ってメガネ屋はここだけなんです。独占市場なんですから値段を上げるべきです!」と、言われて逃げてきたわけなのだ。


「お? イズミんじゃないっすか! 休憩っすか?……なんかいい匂いっすね」


「げっ、ナーサキさん」


唐突に声をかけてきたのは、珍しいミニスカートを履いて少しうねるくせっ毛の隙間から大きな猫の三角耳を生やした古着屋看板娘のナーサキさん。

彼女は猫妖精ケット・シーの父親と人間の母親との子供で、猫耳の半猫妖精ハーフケット・シー

よく動く猫耳以外は普通の愛嬌のある人間の女の子で、今僕がメガネをかけさせたい女の子No.3である。


ちなみに、1番は酒場アニス亭の主人である長耳族のアニスさんで、2番は店員なのにメガネをかけてくれないリコくんだけど.......


「しかしイズミんはいつもオシャレさんっすね」


「えっ? そうかな」


「そうっすよ。普通はみんなウチで古着買うのに、イズミんいつも新品じゃないっすか。そんなに儲かってるんすか? 羨ましいっすねぇ」


UNIQLQの品質は異世界でも太鼓判を押される素晴らしい1品だと分かった。

やっぱり僕ら庶民の最高の味方だ。

とはいえ羽振りが良いなんて思われると、それこそご近所付き合いで嫌味になりそうなので否定はしたい。

なるべく仲良くなってナーサキさんにはメガネをかけてもらいたいんだから!


……あとは口の軽いナーサキさんに知られると言うのは、この界隈全てに知られるのと同意義と言うのもありますが……


「いや安物ですよ。そんな稼ぎあったら働かずに遊び回りますからね」


「そっかぁ、ふーん、そのシャツあたしにはシルクに見えるけどなぁ……へぇー、お昼は白パン!? それにベーコン!!?やっぱりイズミんめっちゃ稼――」


「そうだ! ナーサキさんお昼まだですよね!ウチでご馳走しますから一緒に食べましょ!ね!ね!」


往来で大声を出されては困るので、咄嗟に彼女の口を塞ぎ誤魔化した。

成功……たぶん成功です。


「ほんと!? 食べる食べる! イズミんは良い奴っす」


「い、いやそんなこと」


「にゃははは〜〜」


照れる僕を放置して、ナーサキさんは笑いながらスキップでフクロウ堂へ走っていく。


口止め料代わりの食事とよく気づいてらっしゃる聡い方です。

遅れないようについて行こうと思うけど、さすがに、猫相手だからか若さか、早くて……待って……ください。



僕がようやく店に戻ると、既に到着し鼻歌交じりにテーブルでくつろぐナーサキさんと、笑顔で食器を用意するリコくんの姿がある。

テーブルにはフォークが2本、僕の分はないようだ。

ナイフが4本、僕の分らしい。

ハンマーとノコギリが1つずつ、僕に用意してくれたらしい。

……まずい、怒ってらっしゃる。

世間での、旦那さんが奥さんに連絡せずに友達を招いた結果というのがよくわかった。


「……り、リコ君。そこでね、ナーサキさんと会って、ほら、パン大きいからさ……余らさないようにお誘いしたんだよ」


「イズミんがご馳走してやるよ!腹空かしてんだろって誘ってくれたっす!」


あぁ……ナーサキさんはナーサキさんなりに、店主である僕を持ち上げてくれたんだろうけど、リコくんの満面の笑みから大変効果的だったことがよくわかる。

足の震えが止まらない。


「おかえりなさいマスター。待ってたんですからねっ!」


肌を赤く上気させたリコくんに、改めて美人の笑顔というものの破壊力を教えられる。


「リ、リコくん。お話はご飯のあとで、ね? 今日はサンドイッチにするからね、ハサミは閉まってくれないかな」


そもそも、今日のお昼は話し合いから逃げ出したのを誤魔化すためのご馳走作戦がナーサキさんのおかげで大失敗になりそうだ。


「ほら、リコくん。白パンにベーコンだよ」


「白パン!?.......まぁ、仕方ないですね。でもあとで、ちゃんと話し合いですからね!」


良かった、彼女はレトルト食品をよく賄いで食べているけども、白パンに目がなく1番の好物らしい。

大抵はこれで誤魔化せるので、どうにか今回もこれで行こうと思う。


「じゃあ昨日リコくんが買ってきてくれたチーズ使ってもいいかな? 」


「? 焼いて使いますか? 切りますよ」


「いや、今日はサンドイッチにしよっかなーて」


「さ、サンドイッチ!? マスター.......そんな、天才ですね。 わかりました。楽しみに待っておきます。」


「リコりんイズミん、サンドイッチてなんすか?? 」


「ナーサキさま、サンドイッチとは魔法の様な至高食べ物です。本来私共のような庶民には.......」


「そうなのリコりん!? え? 白パンご馳走してくれると思ってたんだけど、どうしよお金持ってきてないっす」


「リコくんもナーサキさんも大げさですよ。すぐできますからね」


白パンとベーコンを包丁でカットしたらフライパンに並べて温める.......と、目玉焼きも入れるかな。

あとは冷蔵庫のトマトをスライスして、タマネギを刻んでマヨと和えて.......女の子の口には大きいけど、大丈夫かな?

よし! 焼き目のついた白パンとベーコンのいい匂い。


「お待たせしました〜」


「マスター待ちましたよ。腹ぺこです。早く食べましょう」


「ふわぁいい匂い、なんすかこれ? なんっすか?」


「いや、焼いて挟んだだけですが、どーぞ! サンドイッチですよ」


皿をテーブルに置く前に、既に2人は腰が浮いている。

本当にただ切って焼いただけなのに、なんだか実家の飼い猫がご飯前に駆け回るのを思い出すようにテンションが高い。

異世界に来て最も今が1番幸せだとか、そんなことは別に.......


「あぁ、美味しいです。 はぁ.......溜まりません。」


「これこのまま挟んで食べるの?? 美味し! え、卵? ベーコンに野菜が生で、え?高級品だよ。貴族様みたい.......大丈夫かな、捕まったりしないっすか?」


「ナーサキさんそんな大げさな.......ゆっくり食べてください」



あとからリコくんから教わったら、白パンもベーコンも誕生日やお祝いのメニューで、生の野菜なんかはまず食卓に登らないらしい。

確かに市場でもじゃがいもや人参にかぼちゃばっかりで葉物野菜なんか見たこともなかったが、そりゃ冷蔵庫もなければ普及しないわけで。

それにパンとチーズやスープだけの食事が普通なのに、それをふんだんに盛り込んだサンドイッチは.......高級フレンチのフルコースをいきなりご馳走したようなものらしい。


つくづくカルチャーショックに悩まされている。


「美味しかったぁ、イズミんと結婚したら、こんなのがしょっちゅう食べれるんすかねぇー」


「な、何を言うんですか! ナーサキさん」


「良かったですねマスター、胃袋を掴めば女なんてイチコロですよ」


「いや、結婚とかは考えてないというか.......今は仕事のことで」


リコくんがため息を吐いてるのがよく分かるが、確かに年齢的にもそういうことも考えなきゃいけないんだけど、考えたくないというかなんというか。


「で、イズミんリコりんは何を揉めてたんすか??ナーサキさんに話してみるっす!」


「いや、揉めてなんかないですよ。ただ僕が情けないだけと言いますか」


「マスターが売れないメガネばかり用意するからです」


「メガネって近く見るやつっすよね??学者さんとかが使うような。そんなに元々売れないっすよね? 」



「マスターはそれを小銀貨2枚ほどで販売したいそうです。そもそも庶民は読み書きもほとんどできないので需要がないというのに.......」


「あー、それは安いっすね。うちの古着より安いじゃないっすか。」


「はい.......それでもメガネって必需品だと思うんだよね。僕はみんなにかけてもらえたらなぁと」


「そりゃイズミんの言うこともわかるっすよ? 本当はあたしも王都の仕立て屋みたくオシャレを街のみんなにさせたいっすもん。でもみんな、服は貴族のお古の古着しか買えないっすからね」


そうなのだ。衣類も出来合いが店頭ならんでるわけでなく、貴族の嗜好品のように1部が楽しむためで、それこそオシャレを庶民が楽しむなど僕らの世界でも近代になってからなのだ。

この世界でも、オシャレは余裕のある人間に許されたことで、メガネともなれば尚更なんだろう。


「年下のナーサキさんでさえ、割り切られてるんです。マスターも割り切ってください」


ぐうの音も出ないとはこのことで、店を構えてる以上、理想だけではお腹が膨れないのも分かっている。


「いや、あたしは嬉しいっすよ! 貴族のためだけの嫌味な商売してる奴より、みんなのこと考えてくれる安いの置くとか.......イズミん元気出すっす」


「いや、すいません。しっかりしないとですよね.......メガネセット.......良いと思ったんですが」


「セット.......まとめ売り.......さっきのサンドイッチみたいっすね。いっそうちの服とまとめて売るっすか? なーんて」


「え? 」


「ん? なんすか?」


考えたこともなかったが、確かにメガネの認知度を上げるには効果的なのではないだろうか?

ナーサキさんの店は大通りの並びで、集客率も高い。


「ナーサキさんそれ、お願いできないかな」


「いやうちに並べても説明できないっすよ? 」


「マスター、さすがにナーサキさまにメリットもない話は迷惑ですよ。」


「いやー、あたしはサンドイッチご馳走になったから全然大丈夫っすけど。陳列スペースそんなないんすよ。」


確かに迷惑はかけれないし、スペースが少なくて説明も少なく、メガネを顔にかけるものと分かってもらう方法。

看板.......は、読める人が少ない。

イラストもナーサキさんにメリットがない。

いっそリコくんとナーサキさんにメガネをかけて1日店頭でモデルに.......あっ――


「ナーサキさん良い方法が.......」



「いやーイズミん、今度はあたしがサンドイッチご馳走できそうっすよ」


軽口を洩らすナーサキさんの店には、黒山の人集りができていた。

元々の集客は多いと思っていたが、それにしても異常である。


「イズミんの持ってきてくれたこの『マネキン人形』って奴のおかげっすね。すごいっす」


店頭には幼顔族に作ってもらったマネキン人形が2体、片方はメガネで片方はサングラス、共にキャッツアイ型というサイドが吊り上がったデザインで猫人族にかけたものをのせてみた。

服は、ナーサキさんの見立ての古着が飾られているのだが、その周囲で女性客が人垣のように集まり眺めている。

いつの世もオシャレは女性からなのだろう。


「良かったですねマスター。おかげでウチも少し集客が増えてきています」


「いやーマネキンってすごいんだね。確かに見やすいけど、珍しいからかな」


不思議と人集りからは、ユアスとかコラリー、ニーチだとかの人名が漏れ聞こえるが、ユアスさんとコラリーさんはやはり女性人気が高い様だ。

今だけは、イケメンがメガネを使ってくれることに感謝しよう。


「あー、そろそろ店戻らないと、イズミんありがとっす」


「いえいえ、ナーサキさんこちらこそです」


「イズミん、結婚相手決まらなかったらいつでも来るっすよ」


「え? それってどういう.......」


「ジョークっす、ジョークにゃはは〜」


「からかわないでください、ほんとに」


天真爛漫なナーサキさんらしく、彼女はスキップで店にもどっていった。


「――泥棒猫っ」


「リコくん何か言いましたか?」


「いいえ何も、マスターそれより店の準備を」


「そうですね。今日こそは異世界メガネっ子にメガネをかけてもらわなければ!」


「今のところ男性客ばかりですものね」


悔しいが、街に男性比率が高いとは言え、女性客がゼロなのは考えものだ。

しかし、これからはナーサキさんの店から少しは増えるはず。

そう、異世界メガネっ子100人.......20人は見れることが目標です。


「今日も頑張りますよリコくん!!」


「あっそれパワハラです」


今日も僕は頑張ろうと思います。

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