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イズミと河童

河童がショーケースの丸メガネをまじまじと覗き込んでおります。


「あぁ、これも欲しいなぁ……ええなぁ」


「ですよねぇ、このメーカーはカメマンネンってメーカーでクラシックなのがいいんですよ」


「亀? 亀かぁ、それでかなぁ。ワイがカッパやからえらい惹かれるんかなぁ」


そう言って日本製ハンドメイドフレームコーナーから動こうとしないのが常連であるカッパのクソンさん。


「でもなぁ、ほんまはワイべっ甲が欲しいんよなぁ」


カッパ、漢字だと河童。

英語圏だとウォーターインプ。

クソンさんは大通りで、日持ちがいいと評判の乾物屋『クソンの黄金堂』を開いていて連日忙しくされています。

元々クソンさんは遥か南の共和国出身で、そちらは割と鬼だとか天狗だとか日本的な呼ばれ方をしている種族が多いらしいです。


「今日は我慢やなぁ、でもなぁ」


彼はもうかれこれ4本も丸メガネを買って行っていかれてる上客ですが、少し変わってらっしゃって本人曰く「商売は差別化や!目立ってなんぼや!」とのこと。

その商魂の逞しさは僕も見習いたいものです。


「大丈夫ですよクソンさん。また新しいの仕入れときますから」


「ほんま?? 悪いなぁ、ワイはほら……キャラ薄いやろ? 今メガネ無うなったら誰か分かってもらわれへんねん」


潤い……と言えば響きもいいのだけど、脂で艷めく緑の肌と短く切り揃えた髪の隙間から見える頭頂部の皿、それより何より訛りの強い話し方でキャラが薄いと言うこともないと思うけど……


「カッパもなぁ、色々おんねんけど、ワイどっちか言うたら水中で過ごす家系やったからどうも陸やとなぁ……まぁイズミはんのおかげで楽できてるし、頼りにさせてもろてるで! 」


「いや、そんな……そう言われると嬉しいですけど」


「クソン様はお世辞がいつもお上手ですね」


僕が卑下するより先に、嫌味をぶち込んで来たのは当店従業員の銀髪で金属のゴツい検査枠をかけたリコ君です。

いつも通りの渇いた接客スマイルで僕に厳しいですが……お客様の前なんで注意はやめときます。

くれぐれもお客様の前だからですがね。


で、そのリコ君のだいぶ後ろ、キッチンの方から覗き込んでるのが新しいスタッフのチサちゃん。

クソンさんが来てからというもの裏に隠れてしまいました。

喋る猫やらドワーフや狼男なら問題なかったのにカッパはダメなようで……毛量がポイントでしょうか?

ケット・シーや狼男はモフモフしてますし、ドワーフはヒゲが……いや違うでしょうね。


彼女には酷かも知れませんが、クソンさんは常連のお客様です。

慣れてもらいたいですし、せめて挨拶くらいはしてもらわないと失礼です。


「チサちゃん、一応お客様なんでクソンさんに挨拶してくれませんか? 」


キッチンまで声をかけに行くと、三角座りでジャージに膝を入れてるチサちゃんは文句ありげにしてます。


「いや、だってカッパだよ? 」


「カッパですねぇ、大丈夫ですよ……尻の穴に手を突っ込んで尻子玉抜こうとかされませんから」


「いや、そうじゃなくてさ」


「肌もちょっとしたコスプレみたいなもんですよ。喋り方も少しうさんくさいだけで良い方ですから……水陸両用のちょっと可愛くないペンギンだと思ってください」


我ながらけっこう貶してますね、これ。

まぁ僕も最初は驚きましたもねぇ、モンスターなら普通なのに妖怪になった途端無理ってのは例えるなら、友達のお母さんがミニスカでも褒めれるけど実母なら嫌って感じ……なんか間違えてますね。


「チサちゃん、クソンさんも見た目はアレですけど仲良くなれば良いとこたくさんですよ。ほら、優しいし面白いから初めはお試しくらいの気持ちで……ね? 」


「大学で彼氏勧めてくる女子じゃないんだから……そうじゃなくてさ、なんか白目がブツブツになっててこうゾワワ〜〜ってなるの 」


白目がブツブツ……いや、クソンさんはどちらかと言うと全身ツルッとして、違うかヌルッと……チュルン? まぁニュルッとしてるはずですが?


「ちょっと、ちょっと待っててくださいね」


駆け足でリコ君に丸メガネを勧めるクソンさんの顔を覗き込みに行くと、確かにクソンさんの白目がブツブツと鳥肌みたいになっています。


「な、なんやイズミはん。そないに見つめられてもワイ、ワイ今心に決めたマーメイドがおんねんから……気持ちだけしか受け取られへんで」


「マスター! ブチュっと! いきなり舌を入れるのはダメですよ。まず唇を軽く重ねてからですからね」


「え? ワイ、ワイ胸がドキドキしてきたやん。何? この気持……」


「悪ノリはやめてください」


『えー』


「2人して残念そうにしないでください! 」


リコ君はチサちゃんが持ってきたティーン雑誌読んでましたが、もう禁止にしたいです。


「で、何なんイズミはん。ワイの目見つめて……ワイの泥パックも化粧品も教えへんで! 」


「そんなの付けてたんですか……」


「嘘やん? で、ほんまどしたん? 」


改めて伝えるとなると、医者でもないのに言いにくいですが……


「最近目が痒くなったとか、変な物食べたりしませんでした? 」


「え……変なもんなんて食べてへんで? 最近やと魚とパンと野菜かなぁ……あ、人はよく食うてるな! 」


「え!? 」


僕がクソンさんと距離を取ると、後ろに居たリコ君が、

「あれはクソン様の人を食った物言いという冗談ですよマスター」と教えられ少し恥ずかしかった。


「コホンッ……えーと、じゃあ日差しの強いところで長時間過ごしたりとかは? 」


「え? それならマーメイドに会いに海によう行ってるからそれかなぁ? 」


「やりましたねマスター! さり気なくクソン様のお気に入りスポットも聞けましたし、これから偶然をよそおって会いに行けますね」


どうしよう、従業員が従ってくれない。

親指立ててサムズアップしてる場合じゃないよ本当。


「クソンさん……海ではメガネは? 」


「海行く時はかけてへんで! 前に流されてから完全に街用やな。ワイはシティーボーイやしな……ってなんでやねん」


クソンさんの独特な手首のスナップを、視界の端でリコ君が真似してますがほっときましょう。


「ちょっと鏡で自分の顔を見てください」


クソンさんを姿見の前に誘導しますと、ポージングを始めて鬱陶しいです……まぁリコ君も小さく真似してますが、絶対クソンさん悪影響強いですよ。


「あれ? ……うわ、ワイの白目キモッ!なんかフジツボみたいにブツブツなってるやん! 蓮根の断面みたいに……蜘蛛の背中の毛穴みたいに――」


「――わざと気持ち悪く言ってますよね」


バレた、と舌を出してるクソガッパ。

こっちの心配を無視して本当にもう。


「で、何なんこれ? 気持ち悪いわぁ」


「あー、掻いちゃダメですよ! たぶん日焼けですよ。海は日差し強いですし、海面で日差しも反射してきますから……漁師さんによく見ますけど」


クソンさんは思っていたより鏡を凝視して気にされてます。


「うわー見事やなぁ、これ日焼けなんか……食べ物扱っててブツブツは嫌やなぁ、イズミはんどうにかならん? 」


「ほっといたら治ると思いますけど……これからも海に行くならメガネかサングラスかけてください。安物で良いんでね」


「商売上手やなぁ……よっしゃ分かった! 1本サングラス言うのもろてくわ!」


クソンさんはそう言って、勢いよく店頭の1番安いサングラスを掴んで買って帰られました。


「まぁ……分かりやすい人ですね」


「ねぇねぇトシツグ」


いつの間にかチサちゃんはキッチンから出てきてたようです。


「人魚って本当にいるの?」


目をキラキラさせて……チサちゃん小さい頃から童話とか好きでしたからねぇ。


「リコ君クソンさんが言ってたけどマーメイドって本当にいるの? 」


銅貨をレジに片付けているリコ君に聞くと悪い笑顔を浮かべています。

あれはとんでもない事を言う時の顔。


「えぇ、いらっしゃるらしいですよ」


「本当!? うわぁロマンチック、見てみたいなぁ」


「上半身が猿だったり魚に手足が生えてたり、人を食べる食人種もいるらしいですけどね……」


あぁ、そういうことね。

チサちゃん明らかに落ち込んじゃったよ。


「リコ君……あんまりイジメないであげてね」


「事実なんですがねぇ……」


なるほど……海が近いし、いつか遊びに行こうかと思ってましたが……引きこもりで良いですな。


インドア最高!

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