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曇天の朝

――最悪だ。


出勤前に今日もスーパーでお買い物。

昨日は店が休みだったのでリコくんが食べてるだろうストックのご飯を買い足しとかないと……僕は僕で昨日は久々に家で1日ダラダラしてました。

誰に働けとも言われず、予定も気にせず布団の中で過ごすなんて最高の贅沢です。

それはもう昼過ぎまで布団の主でしたよ。


夜になって冷凍庫の中にあった冷凍カルボナーラを食べた後にオカズを探してたんです。

いや、カルボナーラは大盛りパックで充分に満足でしたよ?

ただ睡眠欲満たして食欲満たしたら、次は……ねぇ?


パソコンの動画サイトを検索していたら、メガネっ子物があったんですよ。「まさにこれだ! 」って思ったんですが……途中からメガネ外してやがりましたよ……


いや、はぁ? て思いますよね。

しかもメガネも度が入ってない安い伊達メガネ。

馬鹿にするな!!

そんななんちゃってメガネっ子で、ファッションメガネで、冒頭の15分とパッケージだけでメガネっ子を語るなんて最悪な気分です。


本当に最悪な気分でしたよ。


「ティッシュも買って帰らないと……」


「またティッシュないの? ポケットティッシュならあげるから、何? トシツグ風邪でもひいたの? 」


「あ、ありがとうございます……」


「まったく……ティッシュとハンカチくらい持っときなよ」


「いやぁ、お恥ずかしい……」


「……」


「……」


――誰、この人ーーー!?

いつの間にか隣歩いてますが……ジャージにスパッツで小柄な男の子ですか……知り合いには居ないですよ?

そもそも僕のことは苗字で呼ぶ知り合いばっかりで……名前で呼ぶのは母の友達のご家族くらいで、そこも若い子は大学生のチサちゃんくらいですが……

え?もしかしてスーパーの中なのに、キャッチとかですか?

怖い!? どうしましょう、名前知られてるとか……今からスキンヘッドの強面でアロハシャツの似合いそうな集団に拉致されるとか?

いや、はたまた振り込め詐欺の片棒に僕の名義で銀行口座100個くらい作れとかでしょうか。

ヤバいヤバいヤバい……平常心……落ち着け僕、負けるな僕、大丈夫、落ち着いて大声で泣きながら土下座したら、きっと店内の周りの人が助けてくれるはず……必要なのはよく通る大声と、一瞬で土下座に姿勢を変える身体のバネ。


息を吸って……3……2……1……今だ――


「あ、トシツグ? おじさんがこれアンタにって」


「へ? 」


彼が僕に見覚えのある茶封筒を差し出したまさにその時、僕は膝を抱えた姿勢で垂直跳びの跳躍の限界を見せてました。

そのまま急遽空中で姿勢を変え、大きく両足を開き左手を添えて着地する様は、ハリウッドヒーローばりのスマートな3点着地でしたが、僕は何事もなかったかのように茶封筒を受け取ると、中から出てきたのは手書きの見慣れた文字が並んだ僕宛ての手紙。


「……あんた何やってんの?」


『久しぶりイズミくん。昨日用事で街に帰ってきたので、お店に寄らせてもらいました。

残念ながら定休日でしたが、僕がいきなり任せたお店もキレイで、たまたま居合わせたお客様からも良い評判を聞いて安心しました。

ところで休みや仕事の手は足りてますでしょうか?

もし良ければ、君と仲の良かったチサちゃんがアルバイトに雇って欲しいと言っていたので、彼女に手紙を預けました。

気心知れた仲でやりやすいと思うので一度話くらいは聞いてあげてください。

応援しています。 サカキ』


……おじさん、来てたんだ。


でもお客様って、誰に会ったんですか?

え? あっちの世界におじさんも行ったんですか?

おじさんはフクロウ堂が異世界が繋がってるのを知って……いや、一時閉店までの顧客台帳はこっちの世界のお客様のものだったから違うはず……と言うか、それも問題ですがチサちゃん?

僕より10歳近く下でしょあの子??

小さい頃何回か遊んで懐かれてたけど、あの子僕のこと呼び捨てだし、明るいし、僕とキャラ真逆なんですよね……


まぁ? 確かに? 最後に会ったのは僕の上京前ですけど、長い黒髪の女の子らしい子で可愛かったのは覚えてますし、お母さんと一緒に実家によく遊びに来ては遊び相手をさせられたのも覚えてますが……それにしても10年近く会ってないのに、いきなりアルバイトも無いでしょう。


それにアルバイトもリコくん1人居れば充分なんですが……とにかく、この男の子に手紙返しときますか。

きっと彼、チサちゃんの彼氏か何かでしょう?

そりゃ大学生の彼女が得体の知れないメガネ屋のバイトなんて嫌でしょうから、安心させてあげたいですね。

こういう時こそ大人の余裕ですよ。


「手紙……わざわざ持ってきてくれてありがとうね。でも大丈夫、チサちゃんはウチで雇わないからさ、キミも安心してくれていいよ」


決まった。

それとなく余裕を見せつつ、僕とチサちゃんの関係性の潔白をフォロー、これでもしチサちゃん自身が「えー、おじさんが10年前の知り合いの店で働けって言ってきたのー、彼氏ー、キモイからボコってきてー」とか会話しててもセーフ。

彼氏側も彼女に良いところ見せたいでしょうから? 「俺がぁ1発で断って来てやったよ? 見直したろぉ?」ってのが成立するって寸法です。

僕は大人の余裕、チサちゃんは女子としてチヤホヤ、この彼氏くんは良いところを見せれる、これぞ三方一両得! 全員損をしない! 完璧です!


「……なんで」


……予想外の返答です。

これは自分の可愛い彼女を安く扱われたから怒ってる……と言うとこですか。

フォロー、フォローしないと大人の余裕ですよ! 大人の余裕。


「……いや、それはあれですよ? ウチとしてはチサちゃんに入ってもらえたら? 店が華やぎますし、シフトも助かりますし万々歳ですからお願いしたい気持ちですが、チサちゃんは可愛いですし頭も良い、引く手あまたでウチなんて選んでもらえませんから」


今度こそ最適解でしょう? ベストアンサーですよ。


「……ふーん」


「いやー、残念ですね。おじさんの頼みもありますし、是非お願いしたかったんですが……いやー残念です」


「……やる! 」


「へ? 」


そう言って小柄な彼は、僕にグッと顔を近づけてきました。


「アタシ、トシツグのとこで働く! 」


彼は小顔で、切れ長な瞳のリコくんとは逆のビー玉みたいな黒目。

つい、ありもしない長い黒髪の幻をそこに見ました。


「……もしかして……キミ、チサちゃん? 」


「うん! 」


やってしまいました。

最悪です。

男はしばしば見た目に騙されますが、パッケージ詐欺は本当にもう……世の中絶対騙される方より騙す方が悪いんです。

異世界のこととかなんて説明しよう……最悪だ。


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