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いきなりの視察②

「そら! 」


しゃがみこむサカキを大柄の外国人は軽々と片手で立たせた。

背筋の伸びた堂々とした様に、サカキは彼から威光のようなものを感じた。


「いやすまんすまん、少し追いかけられてての。勢いに任せてしもうた、申し訳ない」


「あっ、いえ、気にしないでください。僕は大丈夫なんで……ちなみに追いかけられててと言うのは、お連れ様か誰かです? 」


サカキの問いに、大男はアゴを指で掻きながら「まぁ、そんなもんじゃ」と、はぐらかした。


「偶然ですね。僕もなんですよ」とサカキが同調する。


「 聞いてた通りじゃな。素晴らしい工芸品の数々、息子が世話になるのも頷けるわ! 」


「いや、そう言っていただけるとスタッフ共々精がでます」


入店するやフランクな外国人、それに愛想笑いで返すオーナー、奇妙と言えば奇妙な光景だが、当人らもお互い思考を巡らせる。


(おかしいの? ユアスに聞いてた話では店員は若い男女と聞いたような……さては、店主は老け顔のドワーフの血縁か? 女の店員は少しばかり情熱的とも言うておったし……痴話喧嘩で追いかけられてると言った具合かの? 分かる、分かるぞ、男は女には勝てん。よう分かる)


( うーん……僕は覚えのないお客様だし、息子さん……やっぱりイズミくんのお客さんだよね。ネットを使うともイズミくん言ってたし、僕の時代では来られないお客様だろうなぁ。頑張ってるんだね……それにしても堂々とされてる、服装も凝ってるし外国のタレントさんとかかな? どうしよう僕そういうの全然わかんない…… )


しばらく愛想笑いを浮かべ店頭で棒立ちの2人であったが、大柄の男が求めた握手で無言の愛想笑いはあっさり終わった。


「わしがパトリック=マルシアス、そなたも名前くらい知っとろう? 」


パトリックは家紋が入ったローブでサカキに気付きを促すが、サカキは動じておらず理解されたか怪しいものだ。


「これはこれは、私がこの店のオーナーでっ――」


「――よい! そなたのことは聞いとるぞ店主殿」


パトリックはサカキの言葉を遮り訳知り顔だ。

サカキとしても、わざわざ客の気分を損ねる必要もないので笑顔で黙認することにした。


「それでの店主殿? せっかくここまで来たんじゃ、わしに似合う枠を見繕ってくれんか? お主の見識を披露してほしいんじゃ」


パトリックの申し出にサカキはなるほどとさっそくメガネ選びを始めた。

実際こういった客は多い。

外国人ともなれば尚更だ。

海外では医療品としての側面から客側にメガネの選択肢がないことなど珍しくないし、日本人でも男性は女性ほど自分の顔を見慣れてないため、善し悪しを店員に委ねることはよく起きる。


「そうですねぇ、パトリックさんは小顔ですがガッシリされてますし、小さいメガネだと体に比べて小さくなりますし……今も苦労無さそうなので普段からかける感じではないですから……あえて派手めで雰囲気に負けない上質なもの……」


聞こえるほどの独り言をポツポツとこぼし、サカキは手に取った三本のメガネをトレーごと慣れた手つきで店舗奥の接客テーブルに並べた。


「立ち話もなんですし、こちらにどうぞ」


自然な話口調でパトリックを店奥に誘導する。

四脚あった椅子の内、一脚だけが座面に三角木馬を思わせる突起の加工が施されていたが見なかったことにする。


「ほ? この三本がわしへのオススメか? 」


1つはシンプルなプラスチックフレーム、1つはマスクのような大仰フレーム、最後は薄い金属板のようなものと顔つきの違う三点。


「そうですね、二つは国産で一つが外国製でして…」


「これがメガネか……わしの知っとるもんとずいぶん違うのぉ? 」


パトリックがしげしげとメガネを眺める様を眺めるサカキ。


「手に取っていただいてよろしいんですよ? 」


「お? おぉ、そうじゃな」


パトリックは大柄な体に似合わず、花を摘むようにメガネに指を添わせ、宝石を眺めるように照明の光に透かして眺める。

美術品を扱うような動きをする彼に、対面で眺めていたサカキは静かに人間観察を終わらせていた。


一向にメガネをかける様子もなければ、フクロウ堂の商品までは聞いていない様子。

しかし、マニアックな品揃えが売りの店でそれを目的にしないのは不思議な話だし、自分を噂通りか確かめたいと言うのは別の要件があるのだろう。

そうでなければ郊外のショッピングモールに安価なメガネ屋が3軒はあるのだから、そこに行くはず……


「正に男の鎧といった感じですよね? パトリックさんもお気に召していただけました? 」


「鎧か! 言い得て妙だな! しかし良い品揃えだな店主」


「ありがとうございます。それで、何か聞きたいこととか……あります? 」


上機嫌のパトリックへの当たり障りのない質問。

メガネを求める客ならば、ここは視力や価格、ブランド説明やカラー展開と質問される場面だが、パトリックは案の定言葉を詰まらせた。


「ふむ……いや、本当に噂通りよく見ておるの。そうじゃ! お主に聞きたいことがある! 」


街の領主のご質問。

パトリックの話はごく親しい者以外は萎縮するのが常。

しかし眼前のサカキは、まるで旧知の友かのように落ち着いた雰囲気で良き相談相手として座っている。

パトリックにしても不思議な感覚を覚える。


「うちは物流で食っておる。当然規模も小さくはない。そうなると方方から声がかかるんじゃが、ついに隣の奴からも、そこのメガネを扱えと言われたんじゃ」


うんうんとサカキは頷く。

パトリックは物流をする卸問屋か何かの役職者、社長かも知れない。

隣と言うのは隣家か、もしくは隣のビルと言ったところとの勘違い。

この国の街はそれぞれの自治を行い、時に街と街の違いはサカキにとっての国と国の違いと言えるほどに差が有り、また規模の大きな話。

それほど利権の絡む重要な話などとは、寂れた商店街の一角にいるはずのサカキに気付けるわけがない。

結果サカキの堂々とし態度は、パトリックにしては有識者ならではの余裕に写る。


「メガネをですか? 素晴らしいことですね」


「ほぉ? 」


パトリックの話は、街に新たなメガネ屋、競合、ライバルが出来るというもので、良い顔をする訳もないと予想されていたのだ。

それをサカキは世辞でもなく、逡巡もなく当然のように肯定した。


「なんじゃ? お主はメガネ屋が増えても良いのか? 」


「えぇ、色んな店を選べるのはお客様にとっていい事ですから」


「それでよそに客を取られてもか? 」


理解に苦しむ発言である。

拝金主義とまでは言わないでも、儲けを求めるのは自然なこと。

街の教会の教えにしても贅沢は敵とされているが、それなりに懐を潤すことは別に咎められることでは無いし、生きる知恵として当たり前。

商人ならば尚のことではあるが、サカキにそういった風はない。


「それは困りますが、そうなったら良い勉強をさせてもらえると思います」


「ずいぶんと余裕じゃの? よほどお主は自分の店に自信があるらしい 」


「自信なんて、とんでもないです。ただうちは町の人に愛されながら細々とやりたいだけですよ」


人通りの少ない街の外れで営業しているメガネ屋らしいとパトリックには得心がいった。

大通りや市場に店を構えないのは後暗いからとも思っていたが、なるほどこの店は競争意欲が薄かったからなのだと可笑しくなってしまう。


「がははは!……そりゃいい! 欲の皮が突っ張ることもなさそうじゃ。そりゃ客が絶えんわけじゃな」


褒められたサカキの顔が出会って初めて、僅かに曇った。


「客が絶えない……ですか」


「なんじゃ? 不服か? 」


「あ! いえ、そんなわけじゃないんです! ……ただメガネ屋にお客様なんてそんなに来ない方が僕は安心なんです」


客商売なのに客が居ないほうがいい。

パトリックにしては、これが執事の発言ならばサボりたいだけと思うところだが、そうではないだろう。

サカキにしてもハッキリ伝えた方が良いものか、商売人としては悩むところではある。


「ほぅ? 面白い、商いが嫌なわけじゃあるまい、どういうことじゃ? 」


「えっと…」


パトリックの強引な物言いに、サカキは話さなければ終わらないと観念する。


「メガネ屋に来るのは……皆さん少なからず不便な思いをされてからなんです。目が悪くなったと親に怒られたり、手元がボヤけて仕事にならなかったり……なのでメガネ屋がヒマと言うことは、お客様がみんな不便なく生活出来てることなんだ……と安心しちゃうんですよね」


「…………」


自虐的な笑いを浮かべるサカキにパトリックは難しい顔をして押し黙っている。


「おかしい……ですよね」


サカキは自分でも妙なことを言ってる自負はあり弱腰だが、そんな彼の肩をパトリックは力強く叩いた。


「いや! 気に入った!! なるほど、しかしお主本当に客のことばかり……金に縁遠そうじゃの」


「あはは……お恥ずかしい、限りです」


無邪気に笑う髭ヅラの外国人、悪人でないことは分かるが力加減には少々難がある。

サカキは衝撃でしばらく椅子から立てそうもなかった。


「良い話を聞いた。あいにく今日は下見のつもりじゃが、礼に今度山ほど注文を持って来てやろう。お主が困る顔も見てみたい」


「ハハ……ほどほどにお願いします」


椅子から動けないサカキに別れを告げ、颯爽と店から出たパトリックだが、店の前には執事服を着た猫顔の男とパトリックより一回り背の高い二本角を生やした鬼が待っていた。


「よ、ようここがわかったの? 」


「あの後衛兵詰所に向かいユアス坊ちゃんにパトリック様が向かいそうなところを全て教えていただきました」


傍から見れば若い亜人の2人ににじり寄られる老人だが、存外この街では見慣れた光景となっている。

それはこの後に鬼の執事にワイン樽を担ぐように、領主が肩に乗せられたまま屋敷まで連行されるところまでが一括りではある。


「ご領主ゥ! 運んで行くぜェ!! 」


「やめんか! 恥ずかしい!! 街の者が見とるじゃろ」


「ゴーズくん、下ろしたらダメですよ? パトリック様にお怪我などないよう、丁寧に、しっかりと、確実に運びませんと」


「分かったァ!! 」


「やめてくれ! 老人の膀胱を刺激したらいかんぞ! 揺れたりなんて絶対ダメなんじゃ! な? 自分で歩く! 歩くから! 」


パトリックの切実な願いではあるが、過去これで猫の執事長の追跡を躱したことが災いした。


「……のぉ、執事長よ」


「なんですか? パトリック様」


パトリックの顔は戦場に望む戦士の様な精悍な顔つきになっている。


「神は昔その身からワインを作り出したんじゃ……知っておるな」


「存じておりますが? 」


執事長の返答に、ゴーズの肩で芋虫の様になったままのパトリックの顔が綻びる。


「わしはレモネードなら作れるようじゃ」


「そんなこと言っても離しませんからね」


「ヂィッ゛!! 」


執事長の冷たい物言いにパトリックは舌打ちで返事を返すほかなかった。


一方で、パトリックに肩を叩かれたサカキもようやく体が自由になる。


「あ、僕も帰るところだった」


サカキはメガネを棚に戻し、フクロウ堂の裏口からアスファルトの塀が並ぶ商店街の裏口に出る。


「それにしてもどこかの社長さんだったのかな? 変わったお客様だったなぁ」


何かが売れたわけでは無いが、お客様は満足されていた。

それだけでサカキには満足だったし、イズミの営業努力をうかがい知ることも出来た。


「やっぱり頑張ってくれてるんだなぁイズミくん。……でもそうなると1人じゃやっぱり大変だよね。やっぱりアルバイトの話……考えてもいいのかな」


ブツブツと独り言を呟きながら、店の隙間からアーケードに戻ってきたサカキを待ち構えている者がいた。


短髪にスパッツでジャージを羽織った小柄な男……に見えなくもないが、胸に多少の膨らみがある。

顔立ちの整った鳩胸の少年だ。


「おじさん! 見つけたよ! トシツグに店任したってどういうことか説明してよね」


声が高い……どうやらボーイッシュな女性だと断定しても良いようだ。


「あ、あぁチサちゃん……これはね」


今朝久々に街に帰ってきたサカキだが、運悪く近所の顔なじみの女の子に見つかり、1日逃げ回る羽目に陥っていたのを失念していた。

なるべく面倒は避けたいが、小さな頃からこの娘に言い逃れや有耶無耶な物言いは通じないのは知っている。


「……そうだ! チサちゃん、アルバイトとか探してない? 」


「? どういうこと?」

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