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コギトエルゴスム

私の住まうフクロウ堂ですが薪のいらないコンロ、氷のいらない冷蔵庫、飲んでも体を壊さない水が出てくる蛇口を備えたキッチンと店舗と倉庫が1階にあります。

2階には私の寝室と居間、空き部屋が1つにお風呂があり、マスターには自由に使ってよいと言われておりますが、着替えどころか荷物も大して持ってない私はずいぶん持て余しておりました。


「なんですか? その荷物は」


「え? 」


裏口から出勤したばかりですが、見慣れない大量の荷物を背負ったマスターは、いつにも増して背中が曲がっております。


「えーと……寝袋と予備のメガネと着替……ですね」


「……寝袋? 」


「あっ寝袋ってのは簡易の布団でして……」


「そっちじゃなくてですね。どうしてそんな荷物を持って来られたんですか? 」


危なかったです。

寝袋の説明のあと、次は予備のメガネの説明を始めようと大量のメガネケースを広げようとしてました。

どうにも私の質問の意図が伝わってません。


「えーと、万が一帰れない時とかさ……泊まることとかあるかなーと」


「ふーん……そうですか…………」


「……いや、大丈夫だよ? 寝室はちゃんと鍵とかさ……お風呂もお湯とか全部入れ替えるし……そもそも泊まるって言うのも? ほんとに緊急時だけって言うか? ね? ね? 」


童女がぬいぐるみを抱きしめるように、寝袋を抱きしめる挙動不審な三十路……身の危険を感じますね。


「マスター」


「な、なんですかリコくん」


「キモいです」


がっくり……意味、力が抜けて、急に折れ曲がったりする様。息を引き取る様……なるほど、まさに今のマスターですね。


「マスター、マスター」


「……はい」


「がっかりですね」


「……!! 」


あ、言い間違えました。

やってしまいました。

余程ショックだったのか、年甲斐もなくマスターは顔を押さえて2階に走って行ってしまいましたが……まぁ過ぎたことは仕方ありません。

未来のことを考えて開店準備に勤しみましょうか。

リコは未来に生きるのです。

あぁなったマスターはしばらく降りてきませんし、私は粛々と店番をするとします。

ただマスターの犠牲は無駄にできません。

今日は元々かねてよりの目的をこなすのです。


そう、コギト・エルゴ・スム(私の自意識を考察する)の日なのです。


……いえ、私が純情可憐で才色兼備に眉目秀麗と言うのは考えるべくもないので、そういうことじゃないんです。

要は新しくメガネを選びなおそうかな……と。


今まで検査用のメガネをかけてたのは、なんと言いますか……マスターが私たちに一線を引いてるように感じていたので、私もそうしていたとか幼稚な理由じゃないですし、初めてかけた時にマスターに褒められたから……でもないですね。

難しいですが……まぁ心境の変化です。


と、とりあえず適当なメガネを三本ほど姿見で合わせましょう。


まずは黒縁の丸メガネ……なんだかマヌケな顔になるような……次は茶色のメタルフレームの丸メガネ……これは牛乳屋の胸が凶悪なナルンさんのと同じものですね……お揃いは気恥しいです。

次は黒のメタルフレームの丸メガネ……これは!? 少し背中を曲げて、髪を少し……こう散らして、アゴを突き出して……


「りぃこくぅぅん」


うーん……我ながらマスターそっくりですね。

いや、マスターに似せる練習じゃないね。

しかし丸メガネは人がかけてたら普通なのに、違和感がすごいです。


とりあえず他のを選ぶとして、ただ闇雲に探しても時間を浪費します。

こんなときこそ私の秘密ノートの出番です。

マスターに頂いた『しゃーぺん』と『ケシゴム』と『のーと』の秘密道具3点セット。

木版にインクで書くのとは話が違います。

これに毎日習ったこととお客様のことを書き留めるのが私の秘密の日課ですが……たしか20ページあたりですね、えっと、あ! ありました。


『 メガネの種類……フルリムという枠のあるもの、ナイロールという枠の1部が空いててナイロン糸を通したもの、リムレスというレンズがむき出しの枠が無いもの。』


どれも店にありますね。

『 特にリムレスは小顔の人にオススメ』……私はこれですね……フレームが無くてかけてないみたいで何か違います。


次です。

『 メガネの形で選ぶ。

特に顔の四角い方は四角のフレーム、顔の丸い方は角の少ないフレームが良い。

面長な方は縦幅のあるものを選ぶべき、卵形など小顔の方はなるべく目立ちにくい小さいものを選ぶ方が馴染みやすい。

フレームの横幅は顔の幅に合わすか少し小さなものが好ましい。』


……なるほど、なら私は縦幅の浅い小さなメガネですね……なんだかすごく老けて見えるのですが……本当にこのノートの内容合ってるのでしょうか。


えっと……『フレームの横幅は顔の幅に合わすか少し小さなものが好ましい。

以上が顔型を補正する際のメガネ選びであり、正直かけたいものをかけるのが1番なので、あまり参考にしないほうが良い! と、8時間かけた説明の後にマスターが言ったため、しばらくマスターの顔が猥褻物に見えて困りました。』


……あぁ、そう言えばそんなこともありましたね。

それからマスターの私物を消毒したりしていたんですね、懐かしい思い出です。


しかし……こうなると振りだしに戻ってしまったような気がしないでもないです。


……とにもかくにもせっかくなので、小さめなメガネから選びましょう。


とは言ったものの、いざ私の顔幅に合うと言えば子供用の小さいメガネと、かなりクラシックな小ぶりなメガネくらいで……かけたらすごく老けて見えます。


「これは却下ですね」


「リコくん? ……それ、す、すごく……プッ……似合ってるね」


年甲斐もなく泣き腫らした顔を恥ずかしげもなく晒しながら、階段から降りてきたマスターに見つかるなんて、あまつさえ笑われてしまうなど……屈辱以外の何ものでもありません!


「お褒めに預かり光栄です。私も半魚人のお客様にお目にかかれ……あら? マスターじゃないですか? あまりにも死んだ魚のような目でいらしたので間違えてしまいました」


私の営業スマイルでの口撃がショックだったのか、マスターは陸揚げされた魚のように口をパクパクさせながら階段の下でビクビクと跳ねてました。



「ねぇねぇリコくん! 」


「なんですか? 」


マスターはどうやら今朝からの記憶は失ったらしく、憑き物が落ちたようにはつらつとしてカウンターで作業をしています。

ただ先程のことも忘れられるとは、この方はどうも脳味噌の容量がティースプーンほどしかないんでしょうね。


「そろそろ新しいメガネとかさ……どう? 」


「……黙ってください 」


「え……あ、ごめんなさい」


まったく……どうしようもない人です。

私のメガネは、しばらくこの検査枠のままになりそうです。

私のかけたいと思えるメガネはこれですし、マスターの頼みなんて知りません。

明日の定休日は貴族である吸血鬼のココの家で女子会予定ですが、皆さんに今日のことを全部ぶちまけて来ましょう。

良い酒の肴になるでしょうね。


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