竜人と空の色
空はいい。
どこまでもまっすぐ進めるし、白い雲の山を抜けた先に広がる青は、海よりも深くて静かだ。
夏には夏の、秋には秋の、空いっぱいに季節の匂いが満たされるのも、オイラたちだけしか味わえない、文字通りの最高っていう宝物。
緑と黄色の大地も、山も、その中を歩く巨人さえ、空から見下ろせば全部石ころよりも、ずっと小せぇ。
こんな景色を味わえるから、オイラはこの国で、相棒のグーフと『ワイバーンの速達便』を生業にしている。
「相棒、今日はこの先のセアポリスまでだ。頼むぞ」
「クルル……」
こうやってすんげぇ飛竜と話せるのは俺たち竜人の特徴で、特に相性が良いやつしかも懐きゃしねぇ。
その中でも軽くて小さい竜人しかワイバーンには乗れねぇ。
けど最近はどの竜人も背が高いし、肉食のワイバーンの機嫌を損ねたら下手すると食われかねないってんで、どいつも畑仕事や傭兵に鞍替えしちまった。
まぁそんだけ気位が高いワイバーンだが、俺の相棒のグーフは茶色の綿毛に黒錆色の鱗で見るからに強そうなわりに、他のワイバーンよりずいぶん優しい気のいいヤツだし人懐っこい。
これから向かうセアポリスの衛兵詰所でも、狼男の中でも破格の化け物って兵隊さんにもよく懐いてる。
「……にしても最近ほんと日差しが眩しいな」
照りつけるお日様を片手で遮ったころ、グーフはその大きな翼を大きく広げて、滑空の姿勢に入った。
そぅら見えてきた! 海の近く、王都の次の次くらいにデカい街。
今日の目的地セアポリスだ。
グーフが鼻先から尻尾までピンと伸ばし、大きく街の外周をなぞるように滑空しながら速度を落とす。
この街の真ん中衛兵詰所の広場目掛けて、グーフの翼を揺らしながらゆっくり下降する。
その間は、オイラは振り落とされないように、手綱を手に巻き付けて足を踏んばらなきゃなんねぇ。
ここで気を抜く奴はマヌケな怪我をする。
巻き上げられた砂ぼこりで目を閉じなきゃいけないだけに、この瞬間が一番難しい。
「おーい、ミッキーーー! 」
「クルルル! 」
「ドグさん! 」
オイラ達が地面に足を付けた辺りで、詰所から走って来たのが、灰毛の狼男のドグさん。
オイラよりむちゃくちゃデカくて、荒くれ者の多い狼男の中でも強いし優しくてグーフとも仲がいい。
ドグさんを見たグーフは翼をばたつかせながら喜んでいる。
「ミッキお疲れ様ぁ、久々だね。グーフもほら、好物の兎と……丸石だよ」
「グェッ! 」
ドグさんが木桶に持ってきてくれた餌を、グーフが嬉しそうに丸呑みしてる間にオイラは仕事を終わらす。
「ドグさん、これ領主さん宛、あとユアス隊長の手紙」
「二通もあるんだ? 珍しい。ミッキは今日このあとも仕事? 」
「オイラ今日は仕事こんだけなんで、王都に帰ろっかなって思ってるよ」
「そうなんだ……あれ?ミッキ目ぇ真っ赤だよ? 」
「へ? 」
ドグさんに言われて、初めてオイラは目をこすってたことに気づいた。
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「で、ドグさんオススメの店がこれ……か」
大通りから離れた街の外れのフクロウ堂という店。
目が真っ赤になってるオイラにドグさんは、とにかくここへ行ってきなよ! と、言われたが、まさかドグさんに限って騙してきたなんてこともねぇだろうし。
久々に1人で出歩いて落ち着かない。
街中を歩くと、間違えてケット・シーやホビットを食べかねない相棒は、衛兵詰所から出すことも出来ないから、今はドグさんに見てもらっている。
それにしても、こんな街の外れなんて物盗りや孤児に出逢いそうだし、さっさと帰りてぇ。
考えてても仕方ないし、俺は頭の高さくらいのドアノブを両手で押し込んで中に入ることにした。
「わっふァ! 」
「あ……すいません。失礼しました…お客様でしょうか? 」
オイラがドアを開けると同時に、勢いよく引かれたドアに引っ張られ、オイラは白い空の香りのするエプロンに突っ込んだ。
「い、いやオイラが注意してなくて……」
見上げると、照明の下でお日様の光みてぇにキラキラ輝く銀髪の姉ちゃんが変わった金具越しにオイラを覗き込んでいた。
「あ、あ……き、キレぇな髪の色してやがりますね! 」
「ありがとうございます。竜人のお客様もエメラルドの様な素敵な髪にすごく強そうなツノですね」
びっっっくりした!
これがドグさんが勧めた理由なのか!
目だけじゃなく、顔まで赤くなるのが分かってきた。
ヤバイ、オイラの短いツノとか変わった髪色とか、褒められたのなんて初めてでどうしたらいいかわかんねぇ。
ドグさんも勧めるなら、そういうとこまで教えてくれたら……くっそ。
オイラがまた目をこすろうとしてたら、彼女は俺の手を両手で握って店の奥まで引っ張られた。
「マスターお客様です」
銀髪の髪が揺れるたび、花畑みたいな匂いがしてオイラがボーッとしてると、店の奥には姉ちゃんと同じような金具をかけた背の高いマヌケそうな男が立っていた。
「あ、リコくん。そちらは? 」
「竜人のお客様ですね。この街では珍しいですが、旅人でしょうか? 」
「お、オイラはワイバーンの速達便のミッキってんだ」
「まぁ、あの有名な? 」
どうやら姉ちゃんはオイラのことを知ってるらしい、この街だと衛兵の人たち以外はあんまり関わってねぇけど、やっぱり空を飛び回るオイラは有名なんだろうな。
「アイバンのソフトカツ弁? 」
こっちの間抜けはてんでダメだな。
身長だけの唐変木に違ぇねぇ。
「ワイバーンの速達便ですマスター。空飛ぶ竜で特に急ぎの手紙を配送する貴族御用達の素晴らしいお仕事です」
「空飛ぶ竜!? 何それ! え? カッコイイ! ミッキさん空飛ばれてるんですか! 」
す、すげぇ興奮してるけど、そんな悪い気はしねぇな。
「まぁ飛ぶのは相棒のグーフの仕事だけどよ。オイラは特に王都で仕事してんだけど、今日は配達終わりに衛兵のドグさんにここを薦められたんよ」
「ドグ……あぁあのキャンキャン吠える」
「え? 姉ちゃん何か言ったかよ? 」
「いえ? 何も……」
なんか聞こえた気がしたが、気のせいか?
「それでそれで! 空とか魔法で飛ぶんですか!? それとも馬みたいに跨る感じなんですか!? 」
馬? 馬みたいな誰でも乗せるようなのと一緒にされたくねぇ。
まぁ知らない素人だし、仕方ないけどよ。
「あぁ、オイラはグーフの背中で手綱握って跨るんだよ! それこそ朝から晩まで空の上にいることだってあるし、日に寄ったら国を1日で往復だってするんだ! 何より宰相様の側近や司祭様なんかと話せるなんてオイラくらいのもんさ」
「宰相様の側近に司祭様……ですか」
「そうだぜすごいだろ」
姉ちゃんの顔は逆光でよく見えなかったけど、すげぇのは分かってもらえてるみてぇだ。
マヌケの方は俺の話を聞くなり壁際の棚で何か物色してやがる。
「ミッキさんミッキさん。これ、これオススメです」
マヌケがオイラに持ってかたのは、曲がった板ガラスみたいな透明なもの。
「これ魔法みたいなサングラスでしてね、調光機能っていう、室内だと透明で外の明かりで黒くなるもので、一日中外で過ごすミッキさんには絶対オススメなんですよ! 風とか砂ぼこり避けにも最高で――」
「マスター、また暴走しないでください。と、まぁ変な店主なんですが、たぶん犬……ドグ様はミッキ様にこれをオススメしたかったのではないでしょうか? 」
そうなんか。
ドグさん……そんなすげぇものを、でもそんな色が変わる魔法のガラスなんて、絶対高ェだろ。
「ち、ちなみに姉ちゃん。その魔法のサングラスってやつ? は、いくらなんだ? 」
「はい大銀貨1枚ですね」
安!?
そんなすげぇもんが銀貨1枚!?
オイラの手紙の運び賃で20個は買えるじゃねぇか。
騙し……てる感じじゃないよな。
こんな春みたいな良い匂いの姉ちゃんとマヌケの2人だし。
「いいぜ! じゃあ1つくれ! 」
店を出て買ったサングラスを顔にかけたら、視界が楽になったし、目がひりつく感じも治まった。
楽になって初めて目が痒かったのに気づくのもオイラも鈍いな。
日の光も優しいし、本当に魔法みてぇだ。
「グーフ! お待たせ! そろそろ家に帰ろうぜ」
「ググゥゥ」
グーフの手綱を掴んで背中に飛び乗ると、グーフは飲み込んでた丸石と兎の骨を纏めて地面に吐き出した。
地面を蹴り上げるためにグーフは姿勢を低くし、翼を大きく広げる。
いつもはここで砂利やら木の葉やらが気になるが、サングラスのおかげか全く気にならない。
まるで騎士を守る甲冑の兜みたいだ。
「すげぇ、相棒! 今日は本気で飛んでも大丈夫だぜ」
オイラの声と同時に、矢よりも早く相棒は雲を突き抜けた。
雲の上で一瞬時が止まったかのようだ。
オイラもまるで1人で雲の上を歩きだせるような浮いた感じ。
「行け、行け相棒ぉ!!」
「ググゥゥグゥゥ」
体を捻じらせ、何度か地面と空が入れ替わってから俺たちは1つの生き物みたいに、空を駆けていった。
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ミッキとグーフが飛び立ったころ、ドグは尻尾を揺らしながら上司であるユアス=マルケスと領主パトリック=マルケスの2人へそれぞれの書簡を届けていた。
送り主はそれぞれ別なのは、書簡に押された見慣れない封蝋からも分かる。が、ペーパーナイフで開いた書簡を広げた2人は同じ台詞を呟いた。
『なんてことだ。面倒なことになった! 』




