蛇女と盾勇者の決着
ナルンとペルスがリコに追いついた時には、すでにリコは明かりのついた眼鏡屋フクロウ堂の前に立っていた。
「はれ? 今日はお休みのはずですが.......まぁいいでしょふ。お二人ともこちらですよ」
リコが力いっぱいに玄関の扉を開きナルンとペルスを招くと、リコの正面で音に驚いて尻尾を太くし、直立する黒猫ニャームと目が合う。
「猫の尻尾と言うムチがありますが、これだけ太ければ確かに殺傷能力もありそうですれ」
酔ったリコは暴れる黒猫を抱きあげる。
「白髪の少女! それはケット・シーじゃ――」
「リコくん! それニャームさん! ナーサキさんのお父さんです」
赤髪のペルスと、店奥から出てきた店主のイズミが同時にリコを静止しようとするも、そんな忠告どこ吹く風と、「ちちちっ」と口にしながら、リコはイズミの顔へ捕まえた黒猫の尻尾を当てて遊んでいる。
「リコくん.......酔ってます」
「酔ってません! マフターこそ! 自分に酔ってるんです」
呂律の回らない悪態を聞き、脱力したイズミは頭を抱える。
「で、リコくん。こちらの男性は? 」
「ちちち.......」
「あ、イズミさん。この方は王都からの旅人のペルスさんで、リコさんワイン樽をココさんと2人で空けちゃって.......その」
相変わらず猫の尻尾で遊ぶリコに代わり、ペルスの後ろから入ってきた、胸元の大きく空いた水色のドレスのナルンが説明をする。
「なるほど、こちらがそのペルスさんで、こちらがナルンさんですね」
イズミの返答にナルンは嬉しそうだが、当のイズミの視線はナルンの顔よりやや低い。
「で、ペルスさんはどういったご要件で? 」
「あぁ、鏡のようなサングラスというのを勧められてな、それを探しにきた」
2人の男は目線を合わせようとしない。
目線そのものは、ナルンの胸元を経由してるので趣味は合っているのだろうが、男2人に見つめられるナルンと、ニャームで遊び続けるリコ。
不思議な光景だが、室内は酒をぶちまけたかのように酒臭い。
「おい、イズミの旦那ぁ。こっちの姉さんかけ具合大丈夫だってよ」
奥からがなり声でドワーフのダロスが声をかてくる。
「あー、わかりましたわかりました」
イズミがペルスを順番待ちにと、奥のテーブル席に案内すると、先客として金属フレームをかけた穏やかな顔のゴーゴンの女性メイカーマンが、酒場の美男子バークと共に席についていた。
「あ、あんたは、あの時のイケメン! 」
「.......! ゴーゴンの鍛冶師の! こんな所で会うとはなんたる偶然! これぞ運命か! 」
なんとなく、その場の誰もが事態を察したところだが、酔ってるリコはその例外で、座席で生唾を飲んでるバークもまた思惑が違うようだ。
「マスター.......こちらの女性わ? 」
「あぁ、えーとこちらの女性はメイカーマンさん。鍛冶師さんで、睨み癖があったのを調べたら乱視でね。ほら、乱視があると目を細めたらブレが減る代わりに、更に乱視が強くなったりするから、その矯正をね.......」
どうにか話を逸らし、あとは当事者同士に任せようという大人の配慮。
イズミの絶妙なパスを理解し、ダロスもニャームもナルンもが、ペルスとメイカーマンの告白のフォローの腹積もりだったが、間から飛び込んだ酔ったリコの豪快なシュートに周囲の完璧な想定は脆くも崩れる。
「あぁ、こちらのゴーゴンの方がペルスさまが淫靡にまぐわいたいと仰られてた方ですか」
両手を鳴らすように合わして納得したようなリコであったが、周囲の面々もまた、両手を合わして祈るようにゆっくり後ずさりをした。
当然大方の予測通り、メイカーマンは怒髪天の勢いでペルスを勢いよく蛇の下半身で張り倒し、怒り心頭のまま代金をイズミに払うと、そのまま酒場へ飲み直しのために帰って行った。
街で女遊びをしていたと公言していたペルスへの罰だろうと、気の弱いナルンでさえ同情をしなかったが、バークだけは床で呆然とするペルスを甲斐甲斐しく介抱をしていた。
傍目には中世の装いの2人の美男子、世のご婦人たちも大喜びだろう。
乙女ゲームもあわや、と言う華のある状態にナルンは今日1番の興奮をし、リコはしてやったりという表情を浮かべている。
しかし、その耽美な光景の意味するところにワンテンポ遅れて、イズミとダロスが気づいたころには時すでに遅く、バークは軽々とペルスを小脇に抱え、黄金色の髪をなびかせ流れ星のごとく勢いよく宿場街へ消えていった。
かくしてフクロウ堂の賑やかな休みの1日は閉じた。
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翌日のフクロウ堂での朝、営業前にいつものように裏口から出勤したイズミは、店内に薄く漂う酒の匂いに昨夜の騒ぎを思い出す。
匂いだけて酔いそうになり、イズミが窓を開けて換気をしていたところに、いつものブーツにメイド服のリコが2階の居住スペースから降りてくる。
「おはようリコくん」
「おはようございますマスター」
リコは朝に弱く、少し無口なきらいはいつものことだ。
ふと、イズミはリコを見つめる。
「なんですか?」
「.......やっぱり、昨日のドレスよりいつものメイド服のが良いね」
「ま、まぁマスターの趣味ですからね。変わった性癖だとは存じてます」
イズミにとっては、何の気なしに放った一言だが、悪態をつくリコは少し頬が赤くなっていた。
(まだ昨日の酒残ってるのかな? 換気しっかりしなくちゃ)
そんなことを考えつつ、めっぽう酒には強いリコをイズミは気遣って、朝はお茶漬けと桃缶を食卓に並べるための缶切りを探すことにした。




