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蛇女と盾の勇者③

「いやぁ、飲み物までいただいてしまってすまない」


円盾を背負った優男は、満面の笑みを浮かべて古着屋の奥で地面に胡座をかいている。


ナーサキに渡された薄く味のしないビールを片手に、取り囲む少女らを肴にする余裕がまたあるようだ。

窓の明かりの下で見ると、赤毛に垂れ目、口元にホクロが目立つ。

衣服は金属糸が施され、いやに派手で盾もそれなりにしっかりしていることから、貴族ほどではないが、それなりに裕福なのもよく分かる。


「お代わりはまだまだございますよ」


「お、白髪のお嬢さん。酌してくれるのか? いや、顔が良いとモテて困るな」


リコも少女のように微笑んでいるが、石床に座る男の上に酒樽を乗せ、更にそこに持たれて接待を楽しんでいる。

赤髪の男も、拷問に動じていないのか喜んで器を干していく。


「ナーサキさま。芥子か鈴蘭か.......トリカブトは植えてませんか? 」


「ん? 俺に花を渡しても残念だがキミの気持ちには応えられないんだ。すまない」


効果的な毒草の在処をリコに話しかけられたナーサキだが、彼女はすっかり集中しリコの質問は大きな耳には届いてないようだ。

ナーサキは頭上に生えた猫の三角耳をピコピコと動かし、赤髪の男の服装を値踏みしている。

吸血鬼のココは、丸メガネのナルンを抱き寄せて、座っている赤髪の男の首筋を後ろから観察しながら、どの頚椎を破壊するかと講義をしている。


さながら女盗賊の根城の様な光景だ。


「それで、ここの店主はそこのハーフケット・シーの少女だろうか? 」


酒樽を半分ほどに軽くしたところで、赤髪の男は店に来た目的を思い出したようだ。


「あ、あぁ今は私が店主の留守を預かってるっす」


ナーサキはまさか頭の中では、とっくに男の身ぐるみを剥がしていたなどとは悟られないように、看板娘としての笑顔を取り繕った。

そのまま男に乗せられた酒樽を下ろし、要件を聞くために、男を椅子へ案内する。


椅子へかけるや、男は自分の身の上をつらつらと語りだす。


「俺の名はペルス。王都に生まれたが、この通り顔が良い。しかし、それだけで渡れる世の中ではない、そのための武者修行の旅に出たのだが、道中装備の修繕にこの街へ寄ったのだ」


舞台俳優のように、身振り手振りをつけて男は通りの良い声で話すが、喋り方のせいか、その信憑性はひどく薄まっている。

そんな男の話を、ナルンだけは目を輝かして楽しそうに聞き入っているが、あとの3人は話半分といった表情だ。


「逗留している間は、あちこちのご婦人に誘われて身を休める暇もなく、ずいぶん忙しかったが先日ようやく盾の修繕をする鍛冶屋を見つけ訪ねたのだ。するとそこには人の体に蛇の足を持つゴーゴンの女鍛冶師がいたのだ! 」


「それで、それでどうなされたんですか! 」


テーブルに足を乗せ、大仰な語り口を披露するペルスに、ナルンはすっかり興奮しきっている。

紙芝居に興奮する幼児のように話の続きを急かしている。


「よくぞ聞いた、胸のふくよかな少女よ。ゴーゴンと目が合えば石化するという迷信、俺はそんなもの信じていなかった。しかし! 確かにあの時、俺はあのゴーゴンの婦人と目が合い睨まれた。途端に、体が石になったかのように硬直したのだ。今でもあの美しいゴーゴンの婦人の、鋭い眼差しが俺の脳裏に焼き付いて離れんのだ」


「そ、そんなに怖かったのですか? 」


「あぁ、魔性とはよく言ったものだ。強い意志を感じる。そして、俺は決めた! 彼女と付き合うと!! 彼女のような気の強い女がたまらんのだ!! 」


てっきり怪物退治の英雄譚が始まると思っていたナルンは、完全に虚をつかれて呆然としている。


ナーサキは窓から入ってきた蝶々を猫のように追いかけてるし、ココとリコは酒盛りの続きを始めているが、ペルスは赤髪を掻き上げ自分語りにご満悦だ。


「と、言うわけでケット・シーの少女よ! 俺に女受けの良い服を見繕ってくれ」


手を大きく広げた姿勢で返答を待つペルスだが、ナーサキはあからさまに顔を歪めている。


「いやっすよ。だってそれゴーゴンのメイカーマンさんでしょ、昔尻尾にじゃれて超睨まれたから関わりたくないっす」


いきなり尻尾に絡まれたら怒るだろうと、リコは冷静に考えつつも、立ち上がって意見を述べた。


「古来から石化の対策なら鏡があります」


そう言って、リコは酒に酔いつぶれたココの頭からミラーサングラスを外してペルスに突きつけた。


「このサングラスがあれば、目元が鏡みたいになって視線を外してもわかりません! 石化対策にもピッタリですし、今なら私たちフクロウ堂で安く買えますよ.......ひっく」


ギリシャ神話のペルセウスが、メデューサ退治に鏡を用いたのは有名だが、この国にも似た逸話がある。

しかい鏡も安価なものではないために、おとぎ話の域を出ないのだが、リコの提案にペルスは強い興味を示した。

元より派手な服装の男には、派手な服装品への抵抗感など皆無であった。


「これを顔にかけるのか? おぉ! 表は鏡なのに不思議だな。よく見えるぞ、面白い。白髪の少女よ、その提案に乗ったぞ! 」


空のワイン樽を足元に、顔を赤く染めているリコは「ついてこい」と言わんばかりに店を大股で出ていった。


右手と右足を同時に出すリコの様子に、不安を覚えたナルンはその後を走って追いかけ、赤髪を揺らしながらペルスもそれを追っていった。


「いってらっしゃいっす〜」


ナーサキは店番をするため、テーブルに腰かけたまま面倒事に巻き込まれまいと、酔いつぶれたココと2人で店を出る3人を悠々と見送った。


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