Bパート
朝の教室は一日の爽やかさと気だるさが混じりあった一種独特な空気に満ちている。
「はよう!」
わたしの挨拶に振り向いた人はみんな少し驚いたような顔になった。
「おはよ……って、あれ、アイ、メガネやめたん?」
席につくと隣の席のふぅちゃんが驚いたように言った。
「うん。昨日、メガネ壊れちゃったんで思いきってカラコンにしてみた。
ね、ね、どうよ?」
「あーー、そーねーぇ。いい感じじゃない?」
「なに、それ?なんか反応薄いなぁ」
わたしは不満気に口を尖らせてみせる。
「残念ね。今、教室は転校生の噂で持ちきりなの」
「転校生?へぇ」
「委員長情報だとすごいイケメンってことよ」
「なぬ、イケメンとな?」
わたしは肩をふぅちゃんに寄せて囁く。
「それは確かな情報でござるか?」
「うむ。
さっき委員長が職員室に行ったら山崎先生と見知らぬ男子生徒が話をしていた、という話でござるよ」
ふぅちゃんは桔梗屋ばりの悪い目付きで答える。
う~む、委員長情報ならば確かではある。あるのだが……
「あーー、でも、委員長かぁ~」
つい、心の声がだだ漏れた。
「なによ、委員長は滅多なことは言わないわよ」
わたしは横目で委員長をみる。
委員長は教室の後ろの方の空き机を一生懸命拭いていた。大方、紹介もされていない転校生のために机を綺麗にしているのだろう。
なんとも真面目で優しい人だ。優しいだけでなく見た目もよい。さらさらの長い黒髪の美少女だ。
名前は、茴木涼子。
その記憶力と知識で別名「隣のウィキさん」と呼ばれている才媛。わたしとは真逆に位置する。
「まあね。委員長は信用してるよ。
うん。あの人は間違ったことは言わないわよ。でもねー、男を見る目は信用できねぇ」
確か、渋沢栄一の肖像画を見て、「渋いおじ様」とのたまっていた。いや、あの目はマジだった。
そりゃね、わたしに人の容姿の好みをとやかく言う資格はないよ。でも、少なくとも委員長のイケメンとわたしのイケメンが合致するとは限らない。いや、高確率で合致しないだろう。
「まあ、そこんところは私も不安なんだけどね」
ありゃ。ふぅちゃんもそこは不安に思ってるのね。
そうこうしている内に始業のチャイムがなり、山崎先生が現れる。その後ろには果たして男の子が一人。予想はしていたが転校生が姿を現すと教室が一瞬ざわついた。
「イケメンじゃん」
と、ふぅちゃんが呟くのが聞こえた。
背はわたしより高く、スリムな体型なのに、がっしり感があった。
細マッチョ、っていうんだろうか?
きっと脱いだらすごいんだろう。
少し茶色がかった髪は落ちつき無く、てんでに明後日の方向を向いていたが、それがなんとも言えない野性味を出している。
さらに不釣り合いな黒メガネ!
この手の男子が好きな腐女子連中が両手を握って身悶えしてるよ。
「あれっ?」
メガネで分かりにくいけど右目に隈ができてる。喧嘩でもして殴られたのかなぁ。
デジャヴュー
ナニカ トテモ イヤナ ヨカンガスル
「ねね、あの子、ヘテロクロミアよ!」
後ろから誰かのうっとりとした声か聞こえてきた。言われてよく見ると右目が青、左が茶色だ。こ、これは中二病を拗らせている別方向にいい感じで腐った女心を鷲掴みしそう。
あれ?だとすると今日の武者修行の人とは違うのかな。わたしは転校生を顔をもう一度みる。
わっ!
めっちゃ、こっち睨んでるよ。
なんで~
「ほら、名前を書いて自己紹介しなさい」
山崎先生に促されて、その男子生徒は渋々黒板に名前を書いた。
東郷 竜雅
「とうごう りゅうが と言う。
よろしく」
東郷くんは、その短い挨拶の間中、わたしを睨み付けていた。
うん、できるだけこの男は避けよう。
わたしは目をそらしてそう思った。
□□□
授業終了のチャイムが鳴ると同時にわたしは慌ただしく席を立とうとした。
勿論、東郷くんから逃げるためだ。
授業中、後ろから殺気をばんばん飛ばしてきている。あの東郷って男はまちがいなくおかしい。
「待て!」
後ろからの声にわたしは固まる。
ゆっくりと振り向くとやはり東郷くんが立ちはだかっていた。
「何か用?」
「学校が終わったら二人っきりで会いたい」
「あ、会いたい?!」
思わず、すっとんきょうな声が出た。
教室のあちらこちらで息を飲むざわめきが聞こえた。
「会いたいってわたしに?」
「そうだ。お前以外にいない!」
「えーーと、言いたいことがあるならここで聞くけど……」
「ここでは邪魔が入るからダメだ」
東郷くんはそういうとわたしに白い封筒を渡す。
「良いな。必ずこい。逃げるなよ」
東郷くんはそれだけ言うとそのまま、すたすたと去っていった。
その後を何人かの女子が追いかけていく。
何故か教室を出ていく前に鋭い視線をわたしに投げつけつつ。
あーー、なんだな~。
わたしはため息をつくと教室の天井を見上げる。
天井に浮く染みの数を数えて、しばし現実逃避。
気を取り直して封筒を開けると、町外れの古いお寺へ来いと書かれていた。
「いきなり告られてるし」
耳元でふぅちゃんの声。
「わっ、わっ、見んな!」
わたしは身を翻して手紙を胸でおさえた。ふぅちゃんがニヤニヤ笑いをしているのを見て、しまったと思う。
反射的に隠してしまったが手紙を隠す必要なんてまるでない。
そもそもあれは告白なんかじゃない。
あれは果たし状を突きつけられたと言うのだ。
見てわかんないの?
……、一応、聞いてみようか。
「だ、誰が告られたのよ。あれのどこが告白なのよ」
ふぅちゃんは、シラッとした目でわたしを見据え、ぼそりと言った。
「最初から最後まで。完璧な告白に見えましたがーー。
それで。
いつからあんなイケメンと知り合いな訳?
そこんところは詳しく教えてよ」
「全然知り合いじゃないから。
今日初めてあったのよ。……多分」
「多分ってなによ。
初めてあって『お前しかいない!』なんて展開あるわけないでしょ。
そんなのね、誰も信じないからね。
もう、学校の裏SNSは大炎上中だから」
「えっ、ウソ」
わたしは慌ててスマホを取り出し、確認してみる。
すごいことになってるよ。
どんどんコメントが上がってくる。さっき、手紙を渡されたことも上がってる。
早いな、オイ。
みんな、暇か。
と、不穏な単語がアップされ、目を疑う。血の気が失せた。
「なに、この放課後の合同説明会って!」
「アイが説明するんでしょ。大方竜雅くんとの関係についてと、今後についてよ」
「な、なんでよ。なんでそうなるの」
「今ね、竜雅くんのファンクラブが3つぐらい立ち上がってるのよね。
これから争奪戦だっーところで、アイがかっさらっちゃうもんで大騒ぎってところかな」
「かっさらってないから。
名前だって今日初めて知ったの」
「だったらなんで竜雅くんはあんなにご執心なわけ?」
「そ、それは……」
わたしは答えに窮した。その理由を語ろうとすると、神凪流のことを話さなくてはならないけど、それは極力秘密にしておきたかった。
あ"あ"、わたしはどうすればいいの!
□□□
針の筵の授業が終わった。
わたしが放課後に(勝手に)予定されている合同説明会をぶっちぎり待ち合わせの場所へ急ぐ。
お寺には既に東郷くんがいた。
「よく来た。昨日の決着をつけてやる」
わたしの姿を認めると東郷くんはそう言った。
「その前に、すこし――「問答無用!」、わっ? こ、こら!」
東郷くんはいきなり間合いを詰めてくる。
右追い突きをとっさの転身でいなして、わたしは体を入れ換える。そして、バックステップして間合いを離す。
「あ、あ、あんたは、もう!
少しは人の話をききなさいって!
試合う前にメガネ外しなさいってーの。
わたし、隙あれば容赦なく顔面いくよ。
失明したくなかったら外しなさいな。
後、グローブしなさいよ」
「グローブなんか必要ない」
「はぁ~?
あんた、バカ?いや、バカね」
わたしはポケットからグローブを取り出す。
グローブと言ってもボクシングの奴ではない。オープンフィンガー、正拳のところに保護具が入って五指は自由になっているやつだ。
「さっさとメガネ外す。
それで、気になってるんだけど、その右目どうしたの?昨日は茶色かった思うんだけど……」
さっきの体捌きで東郷くんが昨日の襲撃者なのは間違いない。確信した。
でも、昨日はあんな目の色ではなかった。それがどうしても気になる。
「これが地の色だ。昨日はカラコンをしていた。目の色が違うのをからかう奴らをどつくのも、もういい加減めんどくさくなってるんでな。
昨日お前に受けた掌底で目が腫れてコンタクトがつけなくなったから昨日ははめていない。
メガネは隈を隠すためだがあまり役にはたってないようだな。
お蔭で変な女たちから、色々聞かれて困っている」
東郷くんは不満げに口を尖らせながらも素直にメガネを外して胸ポケットにしまった。
こういうところは可愛いげがあるなぁ。
「ああ、そう。
それ聞いて安心したわ。
わたしのせいで目を悪くした訳じゃないのね。ほんじゃ、まあ、遠慮なくやらせてもらうわ」
わたしは構えると、焦点を合わせる中心視野ではなく周辺視野による全体視野に切り替える。これにより相手はわたしがどこを見てるのか分からなくなり、わたしの動きを予想しにくくなる。一方わたしは、視野に映る全てを把握できる。
(いぃっーー?!)
とびこんできた全体視野にわたしの背筋が凍りついた。
構える東郷くんの後ろ。本堂周辺の薮の合間に無数の顔が浮かんで見えた。
ホラーではない。
東郷くん私設ファンクラブの御一行様だ。ある意味、ホラーよりも断然怖い。
意味不明の合同説明会をぶっちぎり、誰にも見られないように来たはずなのに、何故、みんなここにいる?
恐るべしJK情報網。
などと動揺しているわたしへ東郷くんが迫る。
こっちも恐るべきマイペースKY男子。
右正拳突き。
「わっ!」
下受けで払う。
さらに左前蹴りが襲いかかる。
「ちょっ、ま!」
後ろに跳躍。
蹴り込んだ左足を軸足にしてからの右回し蹴りの連続技!
「ま、待ってよ」
首をすくめ、避ける。
と、足はわたしの頭上で急降下する。これは、昨日経験済み。
ガシッ。
両手十字受けで東郷くんの足をがっちり受け止める。
「ちょっと東郷くん。落ち着いて。
そんなに急に迫られても、わたしも困るよ」
少しパニクるわたしの言葉など完全無視で、グググッと東郷くんの足の圧力が上がる。
これだからKYは嫌。とは言ってられない。
これは、力で強引に捩じ伏せに来てる。
まずい。
流石に力では男の子には勝てない。
このままでは、受けを強引に押しつぶされる。
たまらず、わたしは受けを崩して足をいなす。
ドゴン、と鈍い音を立てる東郷くんの足が地面を抉る。
無理ないなしで体勢が僅かに崩れたわたしの隙を東郷くんは見逃さない。
「神凪!」
東郷くんの咆哮がお寺全体に響き渡り、渾身の左逆突きが放たれた。
(えっ?)
苦し紛れに後ろへ逃げようとするわたしの背中が何かにぶつかる。いつの間にかお寺の塀まで追い詰められていたのだ。
ダメだ、避けられない。
ドガッ!
塀の漆喰が微塵に飛び散る。
ぎりぎりだった。
ぎりぎり、内腕受けで東郷くんの突きの軌道を反らせれた。
それた東郷くんの正拳はわたしの顔の数センチ横の壁にハリウッドスターの手形よろしく、めり込んでいる。
「俺はずっと、この時を!
ずっと、この日が来るのを待っていたんだ。
神凪愛!
俺の全てを受けとれー!」
東郷くんが右膝を繰り出してくる。
狙いはわたしの肝臓。
君の肝臓を破裂させたいってか?
(させるか!)
左鉄槌で東郷くんの右膝内側を打つ。
東郷くんの顔が苦痛に歪み、一瞬、動きが止まる。
その隙に腕を首を回し、体を東郷くんに預ける。ぐらりと東郷くんの体がゆらぐ。
「はぁーいゃぁ」
気合い一閃。わたしは東郷くんを浴びせ倒しの要領で地面に叩きつける。
「かはっ」
背中から叩きつけられた東郷くんは苦痛の呻き声を上げる。
両足でがっちりおさえて受け身なんてとらせてやらない。そして、このまま落とさせてもらうよ。
わたしは腕をねじり頸動脈に圧力を加える。
「……っ!」
抵抗していた東郷くんの体がふいに弛緩した。頸動脈を押さえると頸動脈洞反射により動脈圧が低下する。いわゆる貧血状態を作り出せるのだ。窒息させるのではないから秒で落ちる。
「ふぅーー」
わたしは大きく息を吐いて満足気に上半身を起こす。
どこかですすり泣きみたいな声が微かに聞こえてくるけど。
うん、気にしない。
気にしないったら、気にしない。
わたしは制服の埃を軽く払うとその場を逃げるように立ち去った。
□□□
古寺の決闘の翌日の朝。
わたしはいつものように教室に入る。
「はようっ!」
「おはよう。
なんだ。もうカラコン止めたのね」
「うーん。なんか、めんどくなった」
「神凪さん」
ふぅちゃんと朝の会話をしていると突然、名前を呼ばれた。
振り向くとクラスの女子が何人か並んでいた。
先頭にいるのは確か、藤崎さん、だったか。
「神凪さん、わたしたちは本日、東郷竜雅親衛隊を結成いたしました!」
藤崎さんはびしりとわたしに指を突きつける。そして、唖然としているわたしに向かって一方的に捲し立てた。
「わたくしたち、東郷竜雅親衛隊はあなたの毒牙から東郷様を守るのを目的にしています。これから先、未来永劫、わたしたちがいる限りあなたの好きなようにはさせませんわ。
今後、竜雅様には指一本触れさせませんのでそのつもりで。
よろしくて?
これは、あなたへの宣戦布告ですわ!!」
「「「「「宣戦布告ですわ!!!!!」」」」」
藤崎さん一同は言うだけ言うと、くるりと背を向けて去って行った。
「大変だね、もてる女は」
頬杖をついたまま、ふぅちゃんがダルそうに呟く。
「な、な、な、な、なんなのあれ?!
どういうことよ」
「昨日、東郷くんがアイに告白して、あんたが受けたって大騒ぎになってるよ。
壁ドンされたって、言うじゃん」
「壁ドン……?」
壁ドンって、あのお寺の塀に数センチめり込んだ正拳のことか?
あの文字通り、直接的かつ物理的にわたしを殺しに来たあの正拳のことか!
「あ、あ、あれは壁ドンぢゃない!」
「その後、あんたがそれを受入れて、発情した猫みたいに竜雅くんを押し倒した上、熱烈なキスをして失神させたってもっぱらな噂よ。
あんた、魔女とかサキュバスとか言われてる。
あはっ、ちょっと受けるかもーー。
それで東郷くんの操をまもるんだとかなんか一部女子殺気だって、なんかグループを立ち上げるとかで言ってたから。
きっと、あれがそうなんでしょうね。
ご愁傷様」
「あ、ありえな~い~」
わたしは頭を抱えて絶叫する。
わたしは、神凪 愛は、静かに暮らしたい、だけなのに~
2019/05/02 初稿
2019/05/09 誤字修正及び文書を一部変更しました
テーマは空手の形を表現したかったのと既成の眼鏡っ娘の概念を壊したかったことです。
[登場人物]
○神凪 愛
高校二年生。
神凪流古武術宗家の一人娘にして、次期継承者。
もともと天性の才能の持ち主であり、なおかつ幼い頃からの鍛錬でその才能を遺憾なく開花させている。
中学は両親の元で暮らしていたが、中学2年の時に『血まみれJCオーバーキル』事件を起こして新聞やテレビで取りざたされるほどの問題になる。
そこで高校に進学するにあたり隠居したお祖父さんの所に身を寄せる。
高校生活ではメガネをかけ、その超人的な身体能力を隠して目立たないように生活している。
○今春 風花
愛の親友 愛称 ふぅちゃん
作中、最後まで本名が出てこなかった愛の親友。
情報通。
こちらは至って普通の女の子に見えるが、果たしてそうかは秘密。その辺は続編で明らかになる(嘘です)
○東郷 竜雅
東郷流空手の宗家の次男。
兄と妹あり。
東郷流は源流を神凪流と同じにする。本土に上陸したとき、空手の技を特化先鋭化させ分派した。
東郷流は、様々なしがらみで神凪流を憎んでいるが、竜雅個人は神凪流にも愛にも直接的な怨みはない。
小さな時から「敵」と教えられているのに素直に従っているだけ。
実は素直な性質。ただ、思い込みが激しいだけ(笑)
○茴木 涼子
委員長
容姿端麗、性格よし、頭よしの天が二物も三物と与えちゃった人。
実は愛のことが大好きで、愛と竜雅の決闘シーンをかぶりつきで観戦していた一人。
思いっきり愛と竜雅の関係を誤解して、号泣する。
愛が微かに聞いたすすり泣きは実は彼女のもの。