5話 誕生日1
「今日でちょうど一年か」
朝食を食べ終えると、早速ジェイクに寄りかかるようにして尻尾を揺らしながら寝てしまったユナを見てジェイクがつぶやく。
「本当に犬人の子ってあっという間に大きくなるんですねぇ。あ、そういえばユナちゃんのお誕生日っていつなんですか?」
食器を片付けに来たロレッタがユナのぷくぷくしたほっぺたをつつきながらそんなことをジェイクに訊いてきた。
「いや、知らんが」
「えーっ! お父さんがそんな事じゃだめですよ!」
「そもそもそんなもん必要なのか? 生まれ年が分かってれば十分だろ?」
ロレッタの大声に反応して眠っているユナの耳がピンと立ったのを頭を撫でて落ち着かせながら答える。
ジェイクの育った村では個人の誕生日なんて気にしてる人間はおらず、そもそも自分の誕生日を知っている者さえまれであった。自分自身も夏の暑い頃に生まれたとしか知らないし、それを疑問に感じることもなかった。
「少なくとも子供の間は毎年生まれた日にお祝いをするもんですよ!」
「都会はそうなのか…… しかし、そうは言っても預かった時点で数か月だとは思うがそれ以上はわからんぞ」
「お母さんに連絡は取れないんですか?」
「……それはちょっと難しいな」
「そうですかぁ……」
ジェイクは死者と交信できるという巫女がどこぞの国にいるという、嘘か真かわからない噂を聞いたことはあるが、流石に今回の件でそんないるかどうかもわからない存在を捜し歩くわけにもいかないだろうと考える。
「またロレッタはジェイクさんにちょっかいかけてるのね」
「あ、お母さん聞いてよ! ジェイクさんたらユナちゃんのお誕生日を知らないし、調べようもないって言うんだよ」
ジェイクのテーブルから離れないロレッタを注意しに来たアマンダにロレッタが訴える。
「ロレッタはやたら力説しているが、誕生日なんてそんなに必要なものか?」
「当然必要ですわ」
「そ、そうか……」
アマンダらしからぬきっぱりとした言葉に、ジェイクは思わず二の句が継げなくなる。
しかし、気を取り直して自分の生まれ育った村での話をして、今までそんなことを考えたことがなかったのでどうしたら良いかわからないとふたりに伝える。
「それなら今日をユナちゃんのお誕生日にしましょう」
それを聞いたアマンダが手を打って名案とばかりにそう言う。
「そんな勝手に決めていいものなのか?」
「些細な日の違いよりもお祝いするという事が重要なんですわ」
「そんなもんなのか。しかし何をすればいいんだ? さっきも言った通り今までそんなことやったこともないので皆目見当がつかん」
「ユナちゃんに生まれてきてくれてありがとうという感謝を伝えればいいのですわ」
「贈り物ですよ! 贈り物!」
ジェイクは感謝の気持ちというのはわかるが、贈り物というのが何がいいのかよくわからず思いついたことを言ってみる。
「贈り物というのはユナが好きなもので肉とかか?」
「確かにユナちゃんはお肉が大好きですけれどもそれは……」
「ダメ! 絶対ダメ!」
しかし、激しくダメだしされてしまった。
「だとすると何を贈ればいいのやら……」
「もう、仕方ないですわね。 どうしても食べ物とかが良いという場合もありますけど、できれば形に残るもの、あとでユナちゃんが見返すことのできるものがよろしいと思いますわ」
「あ、あとはできれば女の子らしいものね。ジェイクさんだとナイフとか贈りそう!」
「なるほど……」
ジェイクとしては良質なナイフは一生もので贈り物に最適だとは思うが、ロレッタから釘をさされてしまった。
「ジェイクさん。夕食はウチにいらっしゃるんですよね?」
「ええ、そのつもりです」
「なら今日はユナちゃんを預かっておきますから、がんばって贈り物を探してきてくださいね」
ジェイクはそのようににっこりと笑顔を浮かべるアマンダに追い出されるように店を出た。
§§§
(ユナの好きなものといれば食べ物だが、それは駄目だと言われたし、服もまだ成長段階ですぐに着れなくなるしなぁ……)
ジェイクはアマンダの店を出てを出てから頭を悩ませつつあちこちと店先を除くがこれといったものが見つからない。
「よう兄ちゃん! 恋人にでもどうだい?」
そんな折、ジェイクに声をかけたのは頭の右半分だけをそり上げるという、一目見たら忘れないような人間の青年であった。両手を広げた程度の幅の布の上に様々な宝飾品を並べた露天商のようだ。
「ん、ああ。宝飾品の露店か」
「おうよ! 良い人がいるんならどうだい?」
「今のところ縁がないな…… あ、そうだ!」
「お、誰か思い出したのかい、――って兄ちゃんどこ行くんだい!」
「すまん、用事を思い出した。また今度な!」
ぼんやりと露店の品を眺めていたジェイクだったが、何かを思いついたのか露天商に一言いい残すと足早に立ち去った。
§§§
ジェイクがたどり着いたのは『セルマの店』という、それだけでは何を商っているのかわからない看板が釣り下がった1軒の小さな店であった。
カランカランという鈴の音を響かせて扉を開けると、中には一見骨とう品の店かと思えるような奇妙な品が所狭しと並んでいた。そしてその奥のカウンターにはまるで物語から出てきたかのような、黒いローブを目深にかぶっているいかにも魔術師といった格好の老婆が座っている。
「おや、久しぶりだね坊や」
「……坊やはやめてくれよ。こう見えても子持ちになったんだぜ、血はつながっていないけどな」
「そうかい、そうかい。それで今日はどうしたよ、霊薬の補充かなにかかい?」
「いや、今日はその子の1歳の誕生日なんで何か贈ってやりたいと思ってさ」
「そいつは殊勝な心掛けだね。それでどんな子なんだい?」
「犬人の子で、さっきは1歳と言ったが正確にはわからない。実際には1歳と数か月で見た目は人間の子の6歳くらいだ」
「なるほど、なるほど」
「そいつがやたら活発な奴でなぁ。少しでも怪我しなくなるような守りになるものが欲しい」
「過保護だねぇ」
「俺も自分がそんなことを考えるようになるとは思わなかったよ」
ジェイクはひとしきり店を訊ねた理由を告げ、そしてその過保護っぷりにふたりで笑いあう。
「……そうだね。守りの呪いをかけるなら宝飾品がいいだろうけど、犬人の子じゃ指輪はすぐに合わなくなるだろうし、鎖でつなぐようなちゃらちゃらとしたものはどこかにひっかけちまいそうだね」
「かといって流石に護符なんかじゃ贈り物として見栄えが悪いのは俺にもわかるしな」
老婆――セルマは、ふむと手を顎に当ててしばらく考え込む。
「あら、あれだね。髪留めにしようか」
「おお、それはよさそうだ」
「それじゃちょいと待ってな」
セルマはそういうと店の奥に姿を消した。
そしてジェイクがしばらく何に使うのかよくわからないような店の品を眺めていると、やや大振りだが底の浅い木箱を抱えたセルマが戻ってきた。
「またせたね、ウチに今ある髪飾りはこんなもんだ」
そういって木箱のふたを開けると、中には天鵞絨が張ってあり、その上には無数の髪飾りが並べてられている。
「色々とあるんだな。しかしどれが良いのかいまいちわからんな……」
「……ったく、これだから男は。その子の髪の色はなんなんだい?」
「銀灰色で、さらさらしていていつまでも触っていたくなる」
「後半の親バカな発言はどうでもいいとして、それなら赤が映えるかもねぇ」
セルマはジェイクの言葉にあきれた様子であるが、色合いを考えて赤を勧める。
「なるほど、それなら…… これがいいかな、ユナは昆虫が好きだし」
「女の子が虫が好きなのは小さい間だけな気もするけどねぇ。まぁいいさ」
セルマはそういってジェイクが指さした、紅玉でできた小さな蝶をかたどった髪留めを箱から取り出した。
「それで具体的にどんな呪いをかけるんだい? わかってるとは思うけどそんな大した事はできないよ」
現代の魔術師作った、手ごろに買えるような値段――といっても大抵は庶民が数か月暮らせるくらいの値段であるが――の魔法具は失われた技術で作成された古代魔法具に比べると格段に性能が下がる。
家が何軒も買えるほどの金をつぎ込めば現代でもそれなりのものは作れるが、先立つものが無い以上どうしようもない。
「……さっきもちょっと言ったけど、少しでも怪我をしない、もしくは軽減するようにして欲しい。いつもどこかから転げ落ちたりしないかはらはらしてるんで」
「わかったよ。確か今日必要なんだろ? どうせ客もいないし、ちゃっちゃとやっちまうから2時間ほどどこかで暇をつぶしてきな」
「わかった。それで幾らだ?」
「そうさね、金貨3枚ってとこだが2枚にまけてやるよ。代わりにその子を連れてきて一度見せておくれよ」
「悪いな。それじゃ代金はこれを」
「確かに受け取ったよ」
ジェイクが金袋から金貨を2枚取り出してカウンターの上に置くと。セルマはそれを懐にしまうと髪飾りの箱を抱えて奥に行ってしまう。
(……無人のままにしておいていいのか?)
店をほったらかしにして行ってしまったセルマを見送ったジェイクは、このまま自分もどこかに行ってしまうのはなにか悪いような気がしてカウンターの手前にあった椅子に腰かけて戻ってくるのを待つことにした。