表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

3話 新人教育2

 ダニエルに案内されたのは奥行き5m、幅10mほどの空間であった。

 端には様々なものが置いてあり、広々とした場所とは言えないが、それでもこの過密な都市でこれだけの庭があるというのはそれだけギルドが優遇されているということだろう。


「ここを好きに使ってくれ、弓の訓練にはちと狭いんでそんときは街の外に行ってもらう必要があるがな。武具はあっちだ。んじゃ俺は戻るから帰りにどうするのか報告してくれや」


 ダニエルが指さした先には物置があり、ジェイクが扉を開くと中には木製や、刃引きされた武器や防具が詰め込まれており、その中から木製の長剣ロングソードと上半身を覆い隠せる大きさの円盾ラウンドシールドを手に取ると場所を譲った。

 アランはしばらく物置の中を珍しそうに眺めていたが、ニコラスに背中をつつかれると慌てて木製の両手剣トゥハンドソードをつかんでジェイクのそばにやってきた。


「やっぱり両手剣か」

「駄目なのか?」

「駄目、とは言わないが、武器の種類はともかく最初は盾の使い方を覚えたほうがいいぞ。かけるのは自分の命だから強制はできんがな。ま、とりあえず今日はこれでいくか」



 ふたりが3mほどの間をおいて対峙すると


「おとちゃんがんばれー!」


 という場違いなユナの声援が飛んできた。

 苦笑したジェイクが「よし、こい」と声をかけると、すぐさまアランが上段から切りかかってきた。

 思い切りの良さは買うが、残念ながら体も出来ておらず、技術的もいまいちだなとジェイクは考えつつ一歩前に踏み出し、左手の盾をアランの剣に叩きつける。

 ガツッという剣と盾がぶつかる音とともに、アランは跳ね飛ばされてしりもちをついた。


「うわっ、いてて……」

「今のは『跳ね返し』という技術だ。相手がここだと考えている打点より手前で盾をぶつけてやると態勢を崩せる。むろん手練れになればそうそう簡単には倒れたりしてくれないがな」


 地面に座り込んでいるアランにジェイクが説明をしてやる。


「まだやるか?」

「お、おうっ!」


 そう答えたアランが飛び起き、間合いを取る。そして今度は慎重にジェイクの様子をうかがっている。

 しばらくにらみ合いになったが、ジェイクがわずかに盾を下げて誘いをかけると、アランはすぐさま空いた首元に突きを放つ。


「せいっ!」


 ジェイクは再び盾を上げると今度は動かず攻撃を盾で受け、そして次の瞬間手首をひねるとアランの攻撃の方向がずれ、体が右方向に流される。その崩れた態勢の首元にジェイクが剣を突きつけ勝負がつく。


「今度のは『受け流し』というやつだ。見ての通り左右どちらかに相手の攻撃を流す技だな。やること自体は相手の攻撃を受けた瞬間に手首をひねって盾の向きを変えるだけで単純だが、攻撃を受ける瞬間と相手の攻撃の方向や勢いを見極めないと逆に盾がはじかれたり、手首を痛めたりするぞ」


「すごいな……」

「そうね、盾ってもっとこう攻撃を受け止めるだけのものだと思ってたわ」

「盾の基本はその『受け止め』だよ。今やったような小技を覚える前にまずその基本をみっちりやる必要がある。そうすると自然と相手の攻撃の打点の位置なんかが見極められるようになってくる。あとは盾を叩き付けたり、押しつぶすようにするような技術もあるがそれも先の話だ」


 ジェイクは感心したように話すニコラスとジェシカにそのほかの盾の技法を簡単に教えてやった。そして呆然としたままのアランに


「どうだ、盾も結構役に立つだろ?」

「ああ……」

「それにな、前衛が複数いるようなパーティなら役割分担で攻撃重視、防御重視に分けるのも悪くないが、この面子だとどうしてもお前さんが守りの要になる必要があると思うぞ」

「それだと今でもイマイチな攻撃がさらに手薄になっちまう……」

「そこは残りのふたりにがんばってもらうんだよ」


 ジェイクは少しすねたように言うアランの肩を叩いて元気づけるように言う。


「え、僕たち?」

「ああ、たとえば今日なんか獲物に逃げられて上手くいかなかったんだろ?」

「ええ、そうよ」

「ちらっと聞いた限りじゃアランが正面切って戦ってたが、そうなると誤射が怖くてニコラス弓は使いにくくなるわけだ」


 ニコラスがうなずく。


「そしてジェシカは基本的に戦闘中は怪我人が出なければ見てるだけ、と」

「…そうよ」

「んな顔すんなよ。今まではそうだったかもしれんが、これからは変えていけばいいだけだ」


 役立たずと言われたとでも思ったか、ジェシカがふてた顔で答える。


「そんな時に、仮になんの訓練もしてないとしても相手の後ろに回り込んで槍でもかまえてれば相手の集中を乱すことができるし、逃げ出すのを防げたかもしれん」

「なるほど」

「アラン、お前さんだってこのふたりと1対1でやりあったら簡単に勝てるだろうけど、2対1でしかもひとりが後ろに回り込んだら面倒だろう?」

「まあね……」

「ひとりで複数相手にするってのは相当な実力差が必要だよ。何人にも囲まれても勝てるなんて言うのはよっぽどの達人か化け物(英雄)だけだろうな」


 ジェイクの話を聞いて幾分がっかりとしたような顔をするアラン。少年らしく、そういった一騎当千の存在にあこがれがあったのかもしれない。


「それじゃあ、残りのふたりの現在の実力も見せてもらおうか」

「あの、恥ずかしながら僕は短剣を少し練習したことがあるくらいで、実戦では……」

「私なんかお金がもったいないからってこの棒っきれを持ってるだけよ」


 どうも役割分担をはっきりさせすぎているようだ。これがもっと大人数のパーティであるなら専門性を持たせるのもアリかもしないが、3人ではもう少しいろいろできるようにならないといけないだろう。


「それなら扱いやすく、値段もそれほどでもない短槍ショートスピアがいいだろうな」


 ジェイクの知る限りジェシカの宗派も刃物に対する戒律を持っていないはずなのでふたりまとめて短槍を勧めることにした。


「槍って狭い場所じゃ使えないんじゃないのか? 俺たちはそのうち迷宮とかも行くつもりなんだが」

「長槍なら基本的には広い場所じゃないと使いにくいが、短槍は自分の身長より短いのが普通だから屋内でも問題ない。柄のどの部分を持つかで長さの調整も効くしな。まぁ、人が立ってられないほど狭い場所とかになったら難しいが、そもそもそんな場所で使える武器なんか短剣くらいだしな」

「ふーん。そんな短いので役に立つのかねぇ」


 アランの疑問にジェイクが答えるが、今度は短い槍がそもそも役立たずではという疑念を抱いたようだ。


「ま、論より証拠だな。ニコラス、物置から自分の身長と同じか、少し短いくらいの棒を持ってこい」

「は、はい」


 ジェイクの指示に従ってニコラスが自分の身長とほぼ同じ長さの棒を持ってくると、アランと対峙させてお互いに構えを取らせた。


「どうだアラン。 やりにくいだろう?」

「ああ……」


 アランは短槍――今は単なる棒だが――とはいえ、己の持つ両手剣よりは間合いが広く確かにやりにくいと感じるし、剣を振り上げた瞬間に突きこんでくるという想像をすると恐ろしさも感じる。


「槍は基本的に突き、払いの2通りの攻撃がある。穂先によって叩き切ったりひっかけたりとか色々できるものもあるが、まずは突くだけのための穂先にするのが無難だろうな。ニコラス、ちょっとそれを貸してみろ」


 そう言って棒を受け取ったジェイクが突き、払いの動作を実践して見せてやり、そしてちょっとやってみろとニコラスに返す。


「やっ! はっ!」

「うーん、見事にへっぴり腰だな。まぁ、最初はそんなもんか……」


 ニコラスの腰が引けた素人丸出しの動きに先は長いなとジェイクが考えていると、ジェシカが自分にもやらせてくれと言い出した。


「よし、ニコラスちょっとジェシカと交代だ」

「わかりました。はい、これ」

「ありがと」


 ジェシカは棒を受け取ると、すっと腰を落として構え意外に鋭い突きを放つ。


「ほう……、なかなかのもんだな」


 熟練の動きなどとはとてもと呼べるほどではないが、なかなかに腰の入った槍さばきにジェイクの口から感心の言葉がこぼれる。見た感じ上手いこと己の動きを真似している。どうやら彼女は観察眼とその再現能力に優れているようだ。

 そんな感心するジェイクの袖を引く者があった。


「おとちゃん、わたしもやるっ!」


 今までおとなしくしていたユナが興味を持ったのか、それとも感心されるのが羨ましかったのかわからないがそんな事を言い出す。


「お前にはまだちょっと早いなぁ」


 棒切れを振り回して遊ぶだけならともかく、訓練という形でユナを参加させるのはさすがに問題があるだろう。それにせめて見た目が10歳くらいにならないとかえって体に害になるとジェイクは考えていため、興味を持ったことは積極的にやらせることにしているが今回ばかりは却下した。


「えー……」


 不満げに頬を膨らませるユナの頭を撫でてなだめると、今日のところは終わりにするかと3人に声をかける。


「それで訓練を受けるか? もし仮にやるなら毎日走り込みと素振りをやってもらうことになるができるか?」


 ジェイクの言葉に3人は顔を見合わせるとうなずきあい、口々に「やります」と返事をした。


「了解した、それじゃ親父さんに報告して今日は終わりにしよう」


 各々道具を物置に片付けてから、ギルドの中に戻っていった。


§


「お、終わったか。 んでどうなった?」

「俺らとは全然ちげーし、やることにした」


 代表してアランが答えると、ダニエルはそうかとうなずく。


「んで、いつやるかだが、お前さん方は仕事もせにゃいかんだろうしな……」

「そうだな、こっちは今のところ暇だから毎日ギルドに顔を出すんで、いつならできるってのを伝言なりなんなりしといてくればいいさ」


 後ろ盾(親の援助)のないようなルーキーは、毎日訓練ばかりしていたらあっという間に金が尽きてしまうので状況を見ながらやっていくしかない。


「場所はどうしますか?」

「んー、他のルーキー連中の訓練とぶつかるかもしれんからすまんがお前らは基本的には街の外だな」

「あそこじゃあんま大人数は無理そうだしね……」


 ニコラスの質問にダニエルが答え、それを聞いたジェシカが仕方ないかという感じでつぶやく。



§§§



「まだむくれてんのか?」

「だって、わたしだけなかまはずれ……」


 アパートへの帰り道でユナはまだ訓練に参加できないことを根に持っている様子である。苦笑したジェイクはユナを持ち上げると肩に乗せて肩車をしてやる。


「別に仲間外れにしてるわけじゃないぞ、ただもうちょっと大きくなってからにしろってだけだ」

「もうちょっとってどれくらい?」

「んー、そうだな。あと2年か1年か。ユナがどれだけ大きくなるか次第だな」

「じゃあいっぱいたべる!」


 ジェイクはユナの重みを感じながら、今以上に食べたら本当にあっというまに大きくなるだろうなぁなどと考えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ