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2話 新人教育1

 ジェイクはそれなりになまっていた腕が取り戻せたと確信したある日、片腕にユナをぶら下げるようにしながら冒険者ギルドへと向かった。

 向かいの住人であるリビェナはいつでもユナを預かると言ってくれるが、そう頻繁に厚意に甘えるわけにもいかず、幼児には場違いと理解しつつも連れていくことにした。


「ギルドの中で騒いだりするんじゃないぞ?」

「はーい!」


 ユナは基本的に素直で言いつけも守るが、何かに気を取られるとそもそも言いつけ自体を忘れてしまうことがある。とはいえ、幼児としてはいわゆる『いい子』の部類に入るだろう。

 手を挙げて元気に返事をするユナを見て


(……返事は良いんだが)


 などと、ジェイクが考えているうちにギルドに到着した。


「よう親父さん。来たぜ」


 人が少ない時間を狙ってきたため閑散としたギルドのカウンターには、通称『親父』のギルドマスターであるダニエルが暇そうにしていた。

 ダニエルは冒険者だったが10年ほど前に片眼を失明して引退した際にギルド職員として勧誘され、去年このリエージュのギルドマスターとなった。

 もうすぐ50歳に手が届くという年齢らしいが、今でも鍛え抜かれた肉体に禿頭、そして片目を隠す眼帯をしているさまは、そこらのごろつきなんてひと睨みで震え上がらせるだけの迫力をかもしだしている。


「ジェイクか、ってことはこないだの話か?」

「ああ、俺で良ければ受けようかと思ってる。お互い日時のすり合わせは必要だろうけどな」

「本当は2組任せようと思ってたんだが、片方はこないだ損失《死人》を出して解散しちまったんだよなぁ……」

「そうか……」


 冒険者、傭兵ではよくあることだ。特にろくな訓練も受けず、知識も経験もない1年目(ルーキー)の損失率《死亡率》はギルドによるが3割を超えると言われている。

 冒険者ギルドの主な収入は依頼料から差し引かれる手数料であるため、高い手数料収入を得るためには高度な依頼の解決が必要であり、それにはベテラン冒険者をどれだけ抱え込めるかにかかっている。

 よってルーキーを育成するのは単なる慈善事業ではなく、ギルドの未来のための投資でもある。

 それに、登録する端からルーキーが死んでいくようなギルドには冒険者がよりつかなくなるというのが実情だ。


「今までは俺が半分くらいは面倒見てたんだが、マスターになっちまうとなかなか時間が取れなくてな」

「ついさっきは暇そうだったけどな」

「ほっとけ!」


 つまりは、以前ダニエルがジェイクにルーキーの教官役を依頼しており、それを今日受けに来たという話だ。

 そんないきさつを知らないユナは、きょときょととふたりの顔を見回していた。

 そんなユナの何の話か知りたそうな顔に気が付いたジェイクはなるだけかみ砕いて教えてやる。


「そうだな…… 俺が毎日街の外で武器――棒とかを振り回しているだろ?」

「うん」

「ああいうののやり方を若い子に教えてやる仕事をしようって話なんだ」

「わたしくらいの子?」


 ユナの質問に思わずジェイクが苦笑する。それを見たユナが笑われたと思って頬をぷうっと膨らます。


「すまんすまん、ユナよりは大きい子だよ。そうだな…… いつもご飯を食べに行く店にロレッタって子がいるだろ? 教えるのはあのくらいの子達だな」

「うん、おねえちゃんだいすき!」


 妙に外れた返事にまたもやジェイクは笑いそうになるがぐっとこらえて頭を撫でてやる。


「それで俺が面倒見るのはどんな連中なんだ?」

「3人組だが、もうすぐ帰ってくると思からそんときに話したほうが早いだろ」

「まぁ、そうだな」



§§§



「あーくそっ 結局逃げられたじゃねーか」

「仕方ないだろ、あんな状態じゃ弓で狙いにくいし、ジェシカも見てるだけになるし」

「なによ、まるで私が悪いみたいじゃない」


 しばらくすると少年ふたりに少女ひとりのパーティがギルドに入ってきたが、仕事が思うようにいかなかったか険悪な雰囲気を振りまいている。


「おうお前ら今日は戦果なしか? まぁ、基本ができてねーんだから命があっただけでマシだろう」

「親父さん。そうは言ってもこのままじゃ干上がっちまいますよ……」


 3人のリーダー格らしい金髪の少年が愚痴るように言う。


「そこでだ、お前らのちょい先輩たちも受けてるような指導を受けてもらおうかと思ってるんだが」

「それはありがたいのですが、今僕らはもちあわせが……」

「ああ、聞いてないのか? この手の指導は原則ギルドの持ち出しで無料だ」

「え、そうなの? それなら受けましょうよ」

「そうだね」


 茶髪の神官らしき装いをした少女と、弓を担いで矢筒を腰に差した黒髪の少年は無料と聞いて乗り気な様子である。


「ちょっと待てよ、勝手に決めるな! そもそも誰が教えてくれんだ? 親父さんか?」


 そこに金髪の両手剣を背中に担いだ少年が待ったをかけた。


「いや、俺はなかなか忙しくてな。こっちにいるジェイクに任せるつもりだ」

「こいつがぁ?」


 ダニエルがジェイクを紹介するも、金髪の少年は不信感を露わにしてジェイクとそれにしがみつくようにしているユナを睨みつける。


「こんなチビを連れた、しょぼくれたオッサンで大丈夫かよ」


 25歳にしてオッサン呼ばわりされたジェイクは苦笑する。しかしそれで済まないのはチビと言われたユナであった。


「べーっ!」


 どこで覚えたのか、金髪の少年に向けて舌を出すしぐさをした。


「こ、このチビ!」

「なに子供相手に熱くなってるんだ」

「そうよ、そもそも最初に挑発したのは貴方じゃない」


 茶髪の少女と黒髪の少年がなだめる。


「ユナ、お前もここじゃ騒がない約束だったよな?」

「……ごめんなさい」


 ジェイクに叱られたユナはしょんぼりとして頭を下げて謝る。


「い、いや俺もちょっと言い過ぎた。 悪かったな」


 幼子に頭を下げられて毒気を抜かれた金髪の少年も慌てて謝罪を口にする。その様子を見たジェイクはそれほど悪い奴でもないなと認識した。


「ま、ともかくだ。 お前らお互いに自己紹介でもしろや」


 一段落したとみたダニエルがそのようにうながす。


「俺の名前はさっき呼ばれた通りジェイクで、こっちは娘のユナだ。経歴はそうだな、13から18歳までは傭兵団に所属してたが解散したので以後は25まで傭兵兼冒険者ってやつだな」

「ユナだよ!」


 ふたりの言葉を受けて3人組がお互い目くばせしあい、誰が話すかを決める。


「俺はアラン、武器は両手剣を使ってる、こっちの弓持ちがニコラスで、この神官っぽいのがジェシカだ。3人とも同じ村の出で、2か月くらいまえにこの街に来たばかりだ」

「ぽいってなによ、私は立派な神官よ!」


 それぞれ金髪がアランで戦士、黒髪がニコラスで弓手、茶髪がジェシカで神官、つまりは治癒術士とジェイクは覚える。その横でわかったのかどうか疑問だがユナがふんふんとうなずいている。

 実力はさておき、役割のバランスは悪くはなさそうだ。できれば魔術士あたりも欲しいが、そもそも術士は希少であり治癒術士がいるだけでも恵まれているだろう。それに術はそれなりに魔法具マジックアイテムで代用可能であるから無理することもあるまいとジェイクは考えた。


「ジェイクさんはどんな武器が使えるんですか?」

「傭兵っていう商売柄、大抵のものは覚えたな。刀剣類一般、斧、槌、槍、弓に盾も小盾、大盾が使える。馬は一応乗れるけど馬上戦闘は無理だな」

「ふーん大したものね」

「普通の傭兵はそこまで覚えんよ。こいつの居た傭兵団がやたら教育熱心というか異常だっただけだ」


 ニコラスの質問にジェイクが答え、それにダニエルが補足とも茶々ともとれる言葉を付け足す。


「あのさ、親父さんの紹介だし変な人じゃないってのはわかってるけど。やっぱ自分で納得してから訓練を受けたいんだ……」


 アランが少し申し訳なさそうにそんなことを言うが、ジェイクとしてしてはむしろその慎重な姿勢は好ましく思えた。


「そりゃ当然だ。できる限り自分の目で見て、耳で聞いた情報で物事を判断すべきだからな。……腕の良い詐欺師なんかはそのあたりに付け込んでくるわけだが。それはさておきどうする? 手合わせするのはかまわんけど、仕事帰りで疲れてるなら後日でもいいぞ」

「いや、大丈夫だ今からでも行ける」


 当のアランが乗り気な様子なので、このまま手合わせをすることになる。


「それならギルドの庭を使っていいぞ、いちおう鍛錬場ということになってるからな。ついてきな」


 話が決着したとみたダニエルがジェイクらを引き連れてギルドの裏手に向かっていった。

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