3話 決意
ギルドはアパートを出て南に進んで大通りに戻った後に、東門とは反対方向へ300mほど進ん先の右手にある。
リエージュでは傭兵ギルドと冒険者ギルドが兼任された一つのギルドになっている。昔は分かれていた街が多かったが、仕事内容にかなさる部分が多い――例えば、隊商の護衛などは傭兵の仕事でもあり、冒険者の仕事でもある――ためこのように一緒になっていることが最近は増えているという。
ジェイクも傭兵兼冒険者であり、そういった者は少なくない。これは、戦争傭兵だけで食べていこうとすると戦を追いかけて常に移動するような生活となるため、それを嫌う者はどこかの街を拠点にするのだが、そうするとよほどの戦乱地域でもなければ周囲に常に戦場はなく、必然的に他にも収入を求める必要がでてくるのである。
そして武器を振り回すしか能がない連中にまともな仕事ができるはずもなく、傭兵と同じくろくでもない人間が集う冒険者をやるしかない。
§§§
「ここがギルドだ」
「ぎるおら!」
ユナはどうやら言葉尻を真似するのが気に入ってしまったらしく、ことあるごとにジェイクの真似をする。
ジェイクはそんなユナの頭をひとなですると、年季の入った扉を押し開けてギルドに入っていく。
ギルドの中は依頼を受けるには遅すぎ、報告に来るには早すぎるという時間であったため、いくつかのテーブルに数人のジェイクの同業者と、カウンターに職員が一人いるだけと閑散としていた。
扉を開ける音に反応した何人かがジェイクに視線を向けると、必然的にその全員がユナに注目することになる。
「ふにぃ……」
いかに人見知りしないユナといえど何人もにぶしつけな視線をぶつけられると怖いのか、ジェイクに抱き着いて顔を隠してしまう。
「こらこら、おっさん連中! 子供を怖がらせるんじゃないよ!」
そんな様子を見て口を開こうとしたジェイクの機先を制するようにきっぷのいい言葉が鳴り響いた。
声の主は年若い――すくなくとも外見は――金髪をゆったりと長く伸ばしたハーフエルフの女で名はマリエルという。一見すると楚々とした美女という容貌だが、でてくる言葉はそこらの傭兵、冒険者連中と大差なかった。
「ったく、いい歳して小さい子をじろじろ見るんじゃないよ!」
「歳だったら俺らよりあんたのほうが上……」
「オレがどうしたって、あぁ!?」
「……いや、なんでもねぇよ」
マリエルは一通り相手をやりこめるとジェイクを手招きして呼び寄せる。
「おかえりよジェイク。いろいろ聞きたいことはあるけど、とりあえず仕事の話をすませちまうか」
「そうですね、急遽傭兵を募集した割には戦局は安定していて、俺の配属された砦では1か月半の間に小競り合いが数回程度でした。結構やりあった場所もあったみたいでしたが」
「ってことは、特別手当はなしかい」
「ええ、ギルド経由で受け取る報酬だけですね」
「まぁ、平穏無事でなりよりだ、命あっての物種だしな」
「まったくです」
マリエルはそんな話をしつつ報酬を用意しジェイクに渡す。
「きちんと数えるんだよ」
「わかってますよ」
こんな時に『信頼していますから』なんて言って何も見ずに報酬をしまい込むとマリエルは『てめえの命で稼いできた金がきちんとあるかを調べるのは当然だろうが、そんな適当な奴にはもう仕事はやらねぇ!』といった感じで烈火のごとく怒りだすので、ジェイクはおとなしく2枚の金貨と、その10倍くらいの銀貨の数を数え上げてから金袋にしまう。
「んでだ、ちいっと話きかせろや」
マリエルは仕事の話はこれまでとばかりに、ちらりとユナに目をやってからあごをしゃくって奥を指す。おそらく奥の部屋に来いということだろう。
「おい、お前ら! ちょっとここ空けるからだれか来たら奥に呼びに来てくれ」
ギルド内で管を巻いていた連中が口々に分かったと返事をすると、ジェイクたちはマリエルに従って奥の部屋へと入って行った。
§§§
ジェイクとユナが案内されたのは普段は来客用に使用する小部屋であった。
ふたりを中に入れるとマリエルは「ちょっとまってろ」と言い、どこかへ行ってしまった。
きょときょとと部屋を見回すユナをあやしながら待っていると木製のトレイにこれも木製のカップを3つ乗せたマリエルが戻ってきた。どうやらお茶を淹れに行っていたようだ。
「またせたな、そのちっこいのにはまだ菓子は早そうだから蜂蜜を入れた茶にしたよ。ああ、ジェイクのには入ってないぜ」
「わかってますよ」
ジェイクは苦笑しながらユナと自分の分のカップを受け取る。そして吹き冷ましてから、むせこまぬよう気を付けてユナに飲ませてやった。
「あまぁ」
ユナは甘いのが気に入ったのか、こくこくとのどを鳴らして蜂蜜茶を飲んでいる。
マリエルはしばらくそんなユナの様子をほほえましく眺めていたが、ようやっと切り出す。
「最初に言っておくが、個人的なことだった言わなくていいぜ?」
なにがとは言わないが間違いなくユナのことであろう。
「個人的なこと、というわけじゃないですね。かといって仕事の上でもないですが」
「そうかい、それを聞いて安心したよ。戦場だと頭に血が上っちまう奴も多いからな」
「……そうですね」
略奪、暴行を傭兵の権利だと思ってるやつは未だに多いし、雇い主によっては報酬の代わりに略奪を許可するような者までいるありさまである。つまりはジェイクが|ギルドの斡旋した仕事先《戦場》でユナを攫ってきたのではという疑念があり。そうするとまわりまわってギルドに迷惑がかかることもあるからはっきりさせたいのだろう。
「それでですね……」
そういった疑念を晴らすためジェイクはリビェナしたのと同じ説明をマリエルにして経緯を伝えた。むろん信じる信じないはこれまでの信頼関係に依存する。
「なるほどねぇ、ジェイクさんも丸くなったもんだ」
「……成り行きですよ」
からかうようなマリエルに、若干ふてくされたような答えるジェイク。
「んなツラすんなよ、褒めてるんだぜ俺はよ? まぁ、それはそれとしてこれからどうするよ? 実際のはなし、そこは俺が首を突っ込むトコじゃねーけどさ」
軽い調子だったマリエルが様子を改めて問いかける。
暖かい茶を飲んで眠気に誘われたユナがこっくりこっくりと舟をこいでいるのを確認すると。
「迷ってます…… どこかの孤児院に金をつけて渡してしまおうとも思っていたんですが……」
「俺も無責任なことはいえねーからそれもアリだな。だけどさ、焦って決めないことだぜ。それともあれだ、俺が母ちゃんになってやろうか?」
「……」
「おい、そのツラはなんだよ、こんな美人で働き者の女はそうはいないぜ?」
「そこは否定しませんけどね……」
確かにマリエルは美人で働き者だし、一本気な性格も好ましいが、一緒になって一年中この感じで扱われたらとおもうとジェイクは空恐ろしさを感じる。
(……本気で言っているんじゃないんだろうけどね)
結局ジェイクは考えておきますだのなんだのとごちゃごちゃ言って、逃げ出すようにギルドを立ち去った。
道すがら、ジェイクがアパートまでの帰り道でこれからの事をつらつらと考えていると、串焼き肉を売る露店からぷんと香ばしい匂いが漂ってきた。すると、ずっとうとうとしていたユナの目がぱっと開いた。
「ごあん! ごあん!」
犬人の鼻の良さをほめるべきか、それとも食い意地の張っているだけなのかわからないユナの反応にジェイクは苦笑する。
「流石にお前さんに串焼き肉は早すぎる。もうちょい先に行きつけの店があるからそれまで我慢しな」
「あー、あー」
物悲しそうに露店に向けて手を伸ばすユナをなだめつつ、ジェイクはいきつけの酒場宿へと足を向けた。
道中、今度は詰め所に戻るところのローラン隊長に再び出会う、同じく東門のところにいた少女の守衛と一緒のようだ。
「よう、また会ったな。……そうそう、こいつはウチの期待の新人のカレンっていうんだ、よろしくな」
「よろしくおねがいします」
「ああ、こちらこそ」
「こそ!」
ジェイクが見たところカレンはまじめな性格なのだろう、こんな冒険者風情にもきっちりと挨拶をする。目が覚めるような赤毛を短く切りそろえており、なかなかの美人であるがまだどこか幼さを残した感じである。
「こいつはまだ17だが、なかなか腕が立つやつで見込みがあるぞ」
「へぇ……」
ローランの言葉でカレンの体つきなどをまじまじと見ると、視線を感じたのか恥ずかし気にうつむいてしまった。
「ああ、すまん」
「はっはっは、まだ若けぇなぁ」
「……隊長、そろそろ詰め所に戻りましょう」
「わかったわかった、それじゃあまたなジェイクとユナ嬢ちゃん」
「まぁな!」
「ええ、それでは」
手を挙げて去っていくふたりを見送り、ジェイクとユナは再び酒場宿と向かう。
§§§
「いらっしゃぁい!」
アパートから50mほどの距離にある酒場宿の扉をくぐると元気の良い娘の声が出迎えてくれた。
「ようロレッタ、久しぶりだな」
「あ、ジェイクさん、お元気そうで何よりで…… ええっ! ジェイクさん結婚されてたんですか?」
大声でそんなことを言われると、ギルドに続いてまたもや注目の的となってしまう。
「そうじゃない、それよりも注文を頼む」
「は、はい。それではこちらにどうぞ」
ジェイクが少々うんざりしながら促すと、ロレッタは慌てて席に案内する。
ふたり用の小さな丸テーブルだが、流石にユナひとりで座らせるのは無理なのでジェイクはユナを抱いたまま椅子に腰を下ろした。
「それで、あのう……」
「俺はエールに、なにかつまみをちょっとでいい、こいつには……」
「いや、注文じゃなくてその子の事なんですが……」
ユナが気になって仕方ないロレッタが思いがけずしつこく言いつのってくる。
「ロレッタ! いつまでお客さんに絡んでる気ですか?」
すると、厨房からこの店の女将であり、ロレッタの母親でもあるアマンダが、男女問わず見ずにはいられないほどの胸を揺らしながらやってきた。
アマンダは未亡人で、もう40歳近いということだが、若々しくそして色気があり後妻や妾の誘いを頻繁に受けているという噂である。しかしジェイクの知る限り男になびいているのを見たことは一度もない。
「だってお母さん、気になるんだもの……」
「まったくこの子は…… ごめんなさいねジェイクさん」
「いや、気になるのは仕方ないが、とりあえず仕事はしてくれ」
「はぁい……」
叱られてしょんぼりとするロレッタ。
「それでその子には何をお出しすればよろしいんですか?」
「そうだな、チーズを入れただけの麦粉のかゆは食えたが……」
「そうですわね、まだおかゆがよさそうですわね。内容は任せていただいても?」
「ああ、その辺は頼む。あ、そうそう、こいつはすごい食うぞ。ふたり分くらい余裕だ」
「わかりましたわ、少々お時間をいただいでもよろしいですか?」
「もちろん。それと俺の分も持ってくるのは一緒でいいぞ」
「いぃお!」
一緒に食べようというジェイクの心遣いと、ユナの言葉にほおを緩めたアマンダがいまだにユナが気になって仕方ないロレッタを促して厨房に戻っていった。
§§§
あちこちからする食事の匂いが気になって仕方ないユナをなだめながら待っていると、ロレッタが大皿に入れたかゆと取り皿、そしてジェイクの注文の品を持ってきた。
「チーズかゆに細かく切ったベーコンといろんな野菜をすりおろしていれたものにしました」
「手間かけさせて悪いな」
「いいえ、ちょっと作りすぎたかもしれないのでジェイクさんも食べてくださいね」
「残ればそうさせてもらうよ」
アマンダからきつく言われたのだろう、もう問いかけてくることはなかったが、その目を見れば好奇心がうずいているのは一目瞭然だった。
「はぁ…… 食べ終わったら軽く説明するからそれまでちゃんと仕事してな」
「あ、わかりましたー」
ため息交じりに言うジェイクとは裏腹に、ロレッタは機嫌よく仕事に戻っていった。
そして待ちきれないと全身で表現しているユナにようやくかゆを食べさせてやることにした。
「おいちっ! おいちっ!」
「そんな慌てて食うとむせるぞ、誰も取らないからもうちょいゆっくり食いな」
「あい!」
匙ですくった先からむさぼるように食べるユナに注意すると、返事だけは良いものの変わらぬ速度で食べ続ける。
「まったく……」
ジェイクはあきれたように言いながらも、せわしないユナに優しく食べさせてやる。
§§§
結局ユナは大人ふたり分はあろうかというかゆの大半をその腹に収めてしまい、あまりの食べっぷりに腹痛を起こしたり、嘔吐をしないかジェイクが不安になるほどであった。
「くぅちぃ……」
「それだけ食べれば苦しくもなるさ、あまり辛いようなら吐いてしまった方が良いぞ?」
ジェイクがそういうと嫌だというようにぷいぷいと首を振り、うとうととし出しす。
ユナがいくら食べるからといっても、食べたいだけ食べさせるのは体に良くないように思え、今後はちゃんと抑制しようと考えた。
(……今後? 俺は今後もこの子と居ることを考えている……)
「いっぱい食べてましたね」
ふたりが食べ終わったのを見計らって、ロレッタが席にやって来た。アマンダは厨房で作業をしているようでこちらに来る様子はない。
「別に面白い話でもなんでもないんだがな、仕事の帰りにとある犬人の女性にユナを託されたというだけだ」
まだ少女であるロレッタが気に病まないよう、ジェイクはその女性がその場で亡くなったことは伏せて伝えた。
「なんでまたジェイクさんに? 子供を預けるなら女の人とか夫婦の方が良さそうに思うんですけど」
「それを俺に聞かれてもなぁ」
「それでその人はどうしてるんですか?」
「突然出会って、ユナを渡されてそれっきりなのでわからん」
「えー、ユナちゃん可哀想……」
可哀想というのはジェイクも同じ気持ちである。ユナは目を覚ますたびに母親を探しているようなしぐさしており、それを見てると胸が締め付けられるような気分になる。
「それでこれが一番大事なんですけどユナちゃんをどうするんですか?」
「そうだな、しばらく様子を見た後で……」
良さそうな孤児院を見つけるとジェイクが続けようとしたときにユナが目を覚ました。そしてまた母親を探すのかと思ったが、まだちょっと眠そうな目がジェイクを捉えると。
「とちゃ」
とジェイクを呼びぎゅっとしがみつく。
その瞬間、ジェイクは胸を何かが貫いたような気がした。
「……俺が育てる」
「え?」
「ユナは俺が育てるよ」
「だ、大丈夫なの? いや、ジェイクさんが悪い人なんて言うつもりは無いけどお仕事とか……」
「しばらく休業にするさ、当面働かなくもいいくらいの蓄えはあるしな。それに犬人は成長が早いからなんとかなる、いやするさ」
ジェイクはちょっと前まで孤児院に入れようかと考えてたのに、たった一言で考えを変えた自分が随分と安っぽく感じるが、それでも自分で育てるのをもう止める気はなかった。
「あらあら、お父さんがんばってね」
いつの間にか傍に来ていたアマンダが、おっとりとした口調でジェイクを励ます。
「とちゃ、がんばぁ!」
ユナのその言葉に3人に笑みが広がる、こうしてジェイクとユナはその日親子となった。