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8話 王都5

 ひとり王都見物に出かけたユナであったが、どうにも気乗りせずぶらぶらとしていた。

 そして大通りの人通りの多さに少々嫌気がさしてきてしまったので、ふと目に止まった路地へと入っていく。


(こういう細い道の雰囲気はリエージュとあんまり変わらないな)


 人が3人ほどならなんとか並んで通れるといった感じの狭い路地は薄暗いものの、お互いの建物を結び付けるかのように張り巡らされた紐にぶら下がる洗濯ものや、炊事場から漂ってくる匂い、時折走り抜けていく子供など、リエージュに似ていて、ほんの数日離れているだけなのになんだか懐かしさすら感じる。


(あ、近衛隊の人だ)


 ユナがそんな歳に似合わない郷愁を感じていると、路地の奥から昨日行進していた近衛隊の制服を着たふたり組が歩いてくるのが見えた。

 道の中央を歩いてきて、ユナを避けるそぶりもないため、ユナは仕方なく壁り張り付くようにしてやり過ごそうとする。


「きゃっ」


 しかし、片方の男がそうしているユナにわざわざ肩をぶつけてきた。


「おいおい、近衛隊にぶつかって来るとはいい度胸じゃねーか」

「犬だか狼だか知らねーけど生意気に立ってるからそうなるんだよ」

「え……」


 明らかに理不尽な行為と、難癖にユナは思わず呆然としてしまう。


「なんとか言えよこの犬臭いガキが」

「犬らしく四つん這いになって謝りな!」


 ユナはあまりの酷い言葉に生来の負けん気が首をもたげてくるが、ジェイクが近衛隊は貴族の息子が多いと言っていた話を思い出して、謝ることで済むなら謝ってしまおうと地面に膝をつこうとした時


「まったく、ガキがこんなとは親もクズなんだろうな」

「……なんだって」


 しかし、ジェイクの事を馬鹿にされた瞬間に相手が貴族だのどうだのということなんて頭からすっとび、顔置上げてその言葉を吐いた男を睨みつける。


「なんだやるのか?」

「ははは、面白い」


 しかし、相手には小娘がイキがっているようにしか見えないのだろう、バカにして笑っているだけだ。

 ユナは最早言葉はその顔に拳を叩き込んでやろうと腰を落として構えをとる。


「市民の範となるべき近衛隊員が何をやっているんですか?」


 そしてまさにユナが殴りかかろうとした時、近衛隊員の背後から声がかかり思わず動きが止まる。

 現れたのは複雑な文様が描かれた杖を握り、鱗に覆われた顔を持つ男だった。


「なんだ? トカゲ野郎はひっこんでろ」

「おい、この人は魔術ギルドの上級導師だぞ……」

「え……」


 基本的に各ギルドは民間の組織であって国家とは距離を置いているが、魔術ギルドはその所属から宮廷魔術師になったものも多く、関係が深い。

 特に上級導師ともなれば宮廷魔術師に準じた扱いを受けていると言っても過言ではない。


「なんでもありません。ちょっとそこの子とふざけてただけですよ」

「へへ、そうなんです」


 突然卑屈になったふたりを見てユナの怒りは消え、今度は軽蔑の気持ちがわいてくる。


「そうですか、それではお行きなさい」

「し、失礼します」


 逃げるように立ち去ったふたりを見て、ユナはほっと息をつく。


「大丈夫でしたかお嬢さん」

「ありがとうございました。あのままだと殴りつけてしまっていたと思います」


 危害を加えられそうになった、ではなく与えそうになっていたのを止めてくれたと感謝された男はほほ笑む。


「それにしても近衛隊ってあんなんだったんですね、がっかりしました」


 ユナが昨日行進を見たときに感じたほのかな憧れは今のやりとりで綺麗さっぱり消えてしまっていた。


「どんな組織でも立派な人もいれば、どうしようもない人間もいるもんです。ところでお嬢さんはここで何をしているのですか?」

「お父さんと王都にきたのですけど、お父さんは用事があるのでひとりで見物をしていました」

「そうですか、しかし見物なら大通りから離れない方がいいですよ」

「わかりました。それと改めて危ないところを助けていただきありがとうございました」


 そう言ってユナは深々と頭を下げる。


「貴女は育ちの良い子ですね」

「え、うちは貴族とかそういうのじゃないですけど……」

「そんな家柄だのというつまらない事ではありません。良い人たちに囲まれて育っているという事ですよ」

「はい。それなら自信を持って言えます!」


 力強く答えるユナを見て男はまたほほ笑んだ。




§§§




「って事があったんだよ」

「なるほどな、しかし王都の魔術師ギルドに所属している竜人の上級導師とはかなりのお偉いさんだな」

「そうなの?」

「ああ、魔術師ギルドは秘密が多くて具体的に何人くらいいるのかわからんけど、それでも間違いなく五本の指に入る存在だろうな」

「へぇ、人の良いおじさんって感じだったけど」

「人の良し悪しと社会的な立場はあまり関係ないがな」


 あれから一旦宿に帰ったユナはすでに戻ってきていたジェイクと合流して、リエージュの知り合いへの土産物を選ぶために再び街に繰り出していた。


「お父さんの方は大丈夫だったの?」

「ああ、先に侍女さんが話してたし、一応聞いておこうって程度の感じだった」


 ジェイクが受けた印象では野盗と実際に手を合わせた人間の話が聞きたいという感じであった。

 野盗は基本的にはいくつか出身に分けられる。農民や町の市民が食べていけなくなり身を崩す場合、兵士や傭兵などの荒事をやっていた人間がそのまま成り下がる場合。そして一番厄介なのは敵対する国が相手の国を荒らしたり、混乱させる目的で野盗のふりをして兵士を送り込んでくる場合だ。

 そのどれに該当するかは実際剣を交えればある程度経験のある人間なら把握できる。

 今回の場合で言うとそれなりに武器は使えるがさほど手ごわいという事もなかったから、元兵士か傭兵だが、大して経験を積まないうちに野盗になったという感じだろう。


「ところでお土産って何を買えばいいの?」

「その土地ならではのものとか、貰う相手に似合うものだとか色々と選び方はあるが、はっきり言ってリエージュに無いものなら何でもいいと思うぞ」

「そうなの?」

「俺たちみたいな商売をしてるとあっちこっちの街に行くのは珍しくないが、世の中のほとんどの人間は自分の生まれた村や街からほとんど出ないで一生を終えるんだよ」

「ふーん」


 ユナは別の街まで来たのは初めてであるが、街の外には頻繁に出ているためにイマイチぴんと来ない様子だ。

 そんな様子のユナを連れてジェイクは知人への土産物を求めて街へと繰り出すことにした。




§§§




 ジェイクは土産を買う相手思い浮かべると、リビェナ、大家、アマンダ母娘にマリエルと見事に女性ばかりであることに気が付き、なんとなくダニエルにも王都で有名な醸造所の酒を買っていくことにした。ちなみに女性陣には揃いの意匠デザインでそれぞれ色違いの手巾ハンカチという無難この上ないものである。


 ユナはというと、ジェイクよりもよっぽど交友関係が広いのか倍以上の相手にそれぞれ趣向を凝らしら土産物を選んでいた。

 当初は土産代をジェイクが出そうとしたが、ユナは先日の報酬があるからと断り、嬉しそうに自腹で購入している。


 一通り土産物を買った後は帰り支度となり、帰りはユナの行軍及び野営の訓練もかねて馬車や馬は使わずに歩いて帰ることにしている。そのため、少々多めに食料などを買い込む。

 そして、最後に傭兵ギルドと冒険者ギルドにも顔を出してリエージュへ帰ることを伝えると王都でやるべきことはすべて終わった。


「それじゃ今日は何か旨いものでも食べて明日からの移動に備えようか」

「やった! さっきね、凄い美味しそうな匂いのする店が……」


 ジェイクの言葉を聞いたユナは嬉しそうに腕にしがみついて行きたい店の事を話し出す。

 そうしてふたりは日の傾いた王都の雑踏の中に再び消えていった。




§§§




 明けて翌朝、日が出たころにはすでに街道へと通じる門の傍にジェイクとユナの姿があった。


「それじゃあリエージュに帰るとしますか」

「うん、帰ろう!」


 そんな早朝にも関わらず、門はすでに多くの人たちで混みあっている。

 中へと入ろうとするのは前日の閉門までに街にたどり着けず、門のそばを一夜を明かした人々だろう。

 そして出ていこうとするのはジェイクたちのような旅人や王都での仕事を終えた荷物を担いだ行商などで、これが馬車を何台も仕立てたような立派な隊商ともなれば準備があり、もう少し出発は遅くなるものだ。

 そんな列に土産と野営装備で膨らんだ背嚢はいのうを背負ったふたりも並ぶ。


「よかった間に合いました」


 列の中頃まで順番が進んだ頃、思わぬ人物の声が聞こえてきた。


「リリアナさん、それと侍女の方もどうしたんですか?」

「おふたりが今日王都を発つと伺いまして、せめてお見送りをさせていただこうかと」


 ジェイクは直接出発を伝えた覚えはなかったが、おそらくはどちらかのギルド経由で情報がいったのであろう。


「それはありがとうございます」

「ありがとー」


 大貴族という訳ではないが、それでもまがりなりにも貴族がこうして見送ってくれることなどジェイクにとっても初めてで、少々戸惑ってしまったがそれでも嬉しい事には変わらないので見送りの礼をふたりで述べる。


「もしよろしければ馬車をと思ったのですが……」

「いえ、帰りはユナの訓練も兼ねていますので」

「左様ですか」


 その後、ふたりが王都での出来事などを話していると門を通る順番がやってきた。


「それでは俺たちはこれで失礼します」

「さよならー」

「王都にまたお出でなさった時にはぜひ当家にお立ち寄りくださいね」

「わかりました。そちらももしリエージュに来ることがありましたらギルドにでも一声かけてください」

「ええ、それではまた」

「またねー」


 そうしていつまでも振り返りながらふたりに手を振るユナと共にジェイクは王都を後にしたのであった。

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