6話 王都3
ジェイクは馬車の反対側で戦っているユナが気になり焦燥に駆られるが、逸る気を抑えて目の前の野盗を切り伏せていく。
幸いにして閃光の奇襲が効いたことと、野盗の腕が大したこともないという事もあり、残りふたりという状況まで持ち込むことができた。
「背後の敵は倒しました!」
その時、馬車から侍女の声が響いた。それを聞いた野盗は奥の手であった別動隊が倒されたことを知り動揺が走る。
当初7人であった仲間も、これで残るはふたりだけになってしまい戦意を喪失し逃走に移った。
「くそ、話が違うぜ。護衛ひとりだけじゃなかったのかよ!」
ジェイクはそんな捨て台詞を吐いて逃げていく野盗を見送ると、依頼人とユナの状態を確認するため身を翻した。
§§§
「ユナ!」
ジェイクが依頼人の無事を確認した後で馬車の裏に回ると、背中に矢の刺さった男にのしかかられたままのユナの姿が目に飛び込んできた。
「あ、お父さん……」
すでに物言わぬ存在となっていた男を押しのけてもユナは呆然としたまま仰向けになっている。見たところ首と腕に掴まれたようなあざはあるが、それ以外は無事な様子でほっとする。しかし、なぜか彼女が起き上がる気配がない。
「どうしたユナ?」
「ひ、人を殺しちゃった」
ユナは今まで魔獣や野生生物を殺したことはあっても、人間を殺したことがない。そのことに動揺しているのだろうがこれは難しい問題だ。
これが街で職人や商人、はたまた誰かの妻として生きていくというならできる限り忘れさせればよいが、今後も冒険者として生きていくなら乗り越えさせる必要がある。
「辛いか?」
「……うん」
「冒険者はもう辞めるか? 世の中にはいろんな職業がある。そのなかで無理にこれを選ぶ必要はないんだぞ」
見た目は立派になってきているが、実際にはまだ4歳にもならない娘にこのようなことを選択させるのは胸が痛む。
「辞めたくない……」
「じゃあ立ち上がれ、ユナ」
「うん」
ユナはそう答えると震える手足を何とか動かして立ち上がる。
「よくやったなぁユナ。お前のおかげで依頼人を守ることができた、ありがとう」
立ち上がったユナをぎゅっと抱きしめてやる。このようなことは甘いのかもしれないが今くらいは許されるだろう。
「お、お父さーん」
ユナもぽろぽろと涙をこぼしながら抱き着いてくる。ジェイクはその背中を優しく叩いてやった。
§§§
「それにしても弩弓での援護は驚きましたけど、助かりました。あれがなければ勝てていたか怪しいです」
ジェイクはユナが落ち着いたのを見計らい体を離すと、侍女の援護に礼を述べる。
「いえ、お気になさらずに、あれくらいは旅に出るものの嗜みです。それよりも……」
「ええ、この襲撃は偶発的なものではありませんわ、むしろその点を謝らなければなりませんわね」
控えめに言う侍女の後を継ぐように、リリアナがこの襲撃は仕組まれたものであると言い出す。最後の野盗の言葉からするとジェイクも同意見である。
「心当たりが?」
「わたくし個人、という意味ではないですけれども、父はやり手の商人ですので」
暗に敵が多いという事だ。
「嫁ぎ先の問題という事はないのですか?」
「夫は敵を作るような人間ではありませんし。貴族と言いましてもささやかなものですから」
ジェイクは話を聞いて事情は理解したが、だからと言って今ここでできるようなこともないので現実的な対処に移る。
「それでは可能性は低いですが、再度襲撃を受けるかもしれません。馬には負担をかけますが野営は中止して夜の間も移動しようかと思うのですが大丈夫でしょうか?」
「ええ、お任せしますわ」
一行は街道に散らばる死体もそのままに、馬車に乗り込むとその場を後にした。
§§§
「うあぁ、凄い!」
襲撃を受けた翌日の昼前には一行は王都の城壁が見える場所まで来ていた。
リエージュの街の優に倍はあろうかという高さの城壁を馬車の窓から身を乗り出して見上げたユナが歓声を上げる。
その後、流石貴族という事もあり、簡単なやり取りだけで城門を通過すると目的地であるリリアナの家まで向かう。
城門から御者は道が分かる侍女に交代しており、そして窓から見るだけでは飽き足りなくなったユナもその隣に座って物珍し気にあちこちを見回している。
そのユナの姿はリエージュの街に初めて来たときのことを思い出させるが、流石にもう何から何まで質問してくるようなことなく、ジェイクとはしてはほっとしたような寂しいようなよくわからない気持ちになる。
そしてリリアナの家に到着すると、それは彼女の言葉通りささやかな貴族の館という感じであった。とはいえ、部屋の数は10は超えているであろうから庶民の家とは比べれば十分すぎるほどの大きさである。
「それではこれまでの護衛に感謝いたしますわ」
リリアナがそう言ってから侍女の方を向くと、彼女は革袋を取り出してジェイクに渡す。音や重さからなにがしかの貨幣が入っていることが分かる。
「これは?」
「ユナちゃんも護衛として戦ったのですから、その分ですわ」
「……わかりました。ありがたくいただきます。ほらお前の分の報酬だぞ」
ジェイクは一瞬考えこむが、実際にユナも戦ったわけであるし、それにここで断るのは貴族の面子を潰すものだと考えて素直に受け取り、そしてそのままユナに渡した。
「貰っていいの?」
「ユナも仕事をしたんだからそれはユナのもんだよ。大事に使えよ」
「うん!」
思わぬ追加の報酬を受け取ったところで別れの時間となる。
この数日でユナはふたりと大分仲が良くなったようで名残惜しそうである。
「本当に負わせになりました。ユナちゃんも守ってくれてありがとうね」
「えへへ」
「それでは襲撃の件はこちらのギルドにも報告しておきますが、守衛へは?」
「それはこちらで話をいたしますわ」
そして別れの挨拶を済ませると、ジェイク達はとりあえず王都のギルドへと向かった。
王都ではお互い規模が大きいこともあり、冒険者ギルドと傭兵ギルドは分かれているため冒険者ギルドの方へと足を向ける。
依頼を受けたのはリエージュのギルドなのでこちらでの報告の義務は無いのだが、襲撃の後を街道に残していることもありこちらでも話をしておいた方が後々問題になりにくいだろう。
「今日はこれからどうするの?」
「とりあえずは冒険者ギルドで報告して、そのあとは宿をとって時間があるようなら王都の見物でもするか」
「やったー!」
§§§
「事情は分かりました。リエージュのギルドへはこちらから連絡をいたしますのでご安心ください」
王都の冒険者ギルドは登録者が500人を超えるとも言われており、それに見合った広さであった。
そんなギルドでジェイクたちに応対をしたのは30過ぎくらいの怜悧な感じのする人間の男性である。
彼はジェイクの話を手際よくまとめると、別の係りの者に手渡してリエージュに送るよう指示を出す。
「それじゃあ俺たちはこれで」
「はい、それでは王都をお楽しみください。もし仕事がしたくなったのならいつでもおいで下さい」
「さよなら!」
冒険者ギルドは基本的に都市や町などにあるギルドに登録をしてそのうえで依頼を受ける仕組みだが、大抵の国では国全体として一つの組織となっており同じ国の中なら登録をしなおさなくても仕事を受けることができる。
無論、割の良い依頼などは登録者が優先となる。それならば街を移動するたびにギルドへ登録しなおせば良さそうな話だが、何度も再登録するような人間はやはり信用されずに扱いが悪くなるの。
したがって再登録するのは完全に拠点を移動するときだけにするのが一般的だ。
ともかくも、やるべきことをやったふたりは近場に宿をとると王都へと繰り出した。
実のところ王都には特別『観光名所』というようなところがないのだが、人と商品であふれかえっている市場や、頑丈な城壁で囲まれた王城、王都中にその音を響かせるために魔法的な仕掛けがあるという教会の鐘楼などを見て回るだけでユナは満足そうである。
「王都には珍しいところもあるんだが、一般人は入れないところばっかりだからなぁ」
「別の街を見て回るだけで充分楽しいよ!」
ふたりはある程度見て回ったところで200m四方はある大広場の一角の石段に座り、露店で買った木製のカップ入りの果実水を飲んでのどを潤していた。
「そういえばお父さん。手紙を出してきた人とは会わないの?」
「急ぎの用事もなさそうだし、今日はのんびりして明日になったら会ってくるよ。あっちの都合がつけばだけどな。ま、ともかく今日は美味いものでも食いに行くか」
「うん!」
こうしてふたりの王都到着1日目は過ぎていった。