5話 王都2
ジエイクとユナのふたりは紹介状を手に、依頼を出したという商家向かう。
「こないだ服を買いに来た方だね」
「そうだな。まあ貴族に嫁入りするくらいだし、小さい店じゃないんだろうな」
そんな話をしながら辿り着いたのは店先で商品を並べて売っているような店ではなく、商人間での品物をやり取りする『商会』であった。
「みんな忙しそうだね」
「俺もあんまりこの手の商売には詳しくないが、実際に商品を売り変えする前にいろんな情報を集めるのが大事らしいな」
そのジェイクの言葉通り、あれこれ紙に書く人、それをどこかに運ぶ人、そしてどこからか同じような書付を持ってくる人などが目まぐるしく動き回っている。
「忙しそうなところ悪いが……」
そんな中、店先の一人に紹介状を渡してギルドから依頼を受けに来たものだと告げると以外にも丁寧な感じで奥に通される。
§§§
「お待たせしました」
商会の奥にある部屋でお茶を出されてからしばらくしたとき、まだ10代後半くらいにしか見えない少女が20代半ばくらいの侍女を連れてやってきた。
「もしかして貴女がご依頼主でしょうか?」
「ええ、リリアナと申します。まだ若くて驚きましたか?」
「うん」
ユナの正直な言葉にリリアナが微笑む。
「私は今年で17なのですが15で嫁ぎにまいりました。この度は母が病で倒れたという事で夫に無理を言って実家に帰らせてもらいましたの」
「なるほど、それで母上が無事快方したので王都に戻りたいと」
「そういうことですわ」
「それでですね、今回わざわざお訪ねしたのはこの、娘のユナを一緒に連れて行っても良いかどうかを確認したかったんですよ」
「お願いします」
ジェイクがそういうと、リリアナは少し考えた後で侍女の方を振り向く。するとその侍女が軽くうなずいた。
「ええ、かまいませんわ。むしろ旅の無聊を慰めて頂けそうでこちらからお願いしたいくらいですわ」
「ありがとうございます」
懸案事項が片付いたところで、出発時期や移動方法などを話し合っていく。
出発は明後日の朝となり、移動は4人乗りの箱型の客室を持つ馬車で、ジェイクが馬を操れるので御者を兼任することになった。
向こうに着いた後で御者の居ない馬車をどうするのかと思って聞いてみたが『商会の方でいくらでも使い道がありますわ』との事であった。
「それでは明後日からよろしくお願いいたしますわ」
ジェイクたちはそんなリリアナの言葉に送られで商会を後にした。
§§§
出発当日、集合場所で待っていた馬車は以外にも装飾性のない実用一点張りのものであった。
ジェイクとユナが到着したときには既に奥方と侍女が待っており、馬車の屋根の上のには食料や水などの野営に必要な物が積んであった。
対するジェイクは鎖帷子を着てに円盾と短弓を背して、長剣を腰に下げており、ユナも護衛役で雇われたわけではないが皮鎧を着て、武器はいつものナイフの他にも大振りの短剣を持ってきていた。
「お待たせしました。結局準備はすべてやっていただいてありがとうございます」
「ふたり分用意するのも4人分もあまりかわりませんわ」
「そうですか、それでは早速出発しましょう。ユナは客室だぞ」
「わかった」
ジェイクの言葉にユナはこくんと頷くと客室の方へ向かっていく。
「ジェイク様」
「おや、なんですか?」
そして自分も御者台に上がろうとした時、珍しく侍女がジェイクに話しかけてきた。
「私も御者の真似事が出来ますので。お疲れになられたら仰ってください」
「わかりました」
侍女はそれだけ言うとジェイクに頭下げ、客室へ向かって行った。
§§§
1日目と2日目は危険度が低い街道という予想通り、何事もなく一行は順調に王都へと近づいていった。
徒歩で6、7日程度の道のりは、この馬者なら4日で到着できるだろう。
(……なにか監視の目がある気がするな)
しかし、3日目になってジェイクはどこからか一行が監視されているような気がした。
街道から少し離れた場所にある森からの目だとは思われるが、まさかこっちから踏み込んでいくわけにもいかず、はっきりしとしたことは判らない。
「森から見られてる気がする。一応気を付けておいてくれ」
ジェイクはまだよくわからない時点で警告して護衛対象を不安にさせるべきか悩んだが、突然襲われるよりはマシだろうと考え御者台から振り向いて客室の3人に伝えた。
「わかった」
3人を代表してという訳では無いだろうが、ユナが返事をよこす。
いざとなればこの箱型の馬車は窓の部分にもしっかりとした鎧戸が付いており、これを閉じて出入り口も施錠すれば、ジェイクが無事な間はそうそう中の人間に危険が及ぶことは無いだろう。
§§§
幸いにして襲われることもなく日が落ちてて3日目の夜が近づいてくる。
短日程での移動を優先したため、奇数日は野営が必要となっている。当初は貴族らしく毎晩ベッドのある宿をとるのかと思っていたが、商家の出らしく『そんなことしていたら2日は無駄にかかってしまいますわ』との時間を優先するという事であった。
「この辺りで野営をしますが、決して一人で行動したり、馬車から離れないでください」
「わかりましたわ」
馬車を止め、野営の準備に入ったところでジェイクが皆に警告をすると、リリアナが素直に肯く。己は全く警戒せず全て護衛任せという依頼人と違ってやり易くてありがたい感じる。
監視の目は結局1日続き、今夜が山場だと全員が無言のうちに理解していた。警戒が厳重だと察して諦めてくれるのが一番ではあるのだが……
そして、ジェイクはいざとなったら馬に無理をさせてでも夜通し移動することも内心で検討し始める。
§§§
そうして野営の準備をしていると森の中から幾人もの人影が走り出してきた。
襲ってくるなら夜中であると思っていたが、意外にもまだ日の落ち切らないうちの襲撃である。
「おふたりは馬車の中へ入ってください。ユナは馬車の入り口を守れ!」
ジェイクのその声にリリアナと侍女の2人は馬車に飛び込み、その前にユナが陣取り、さらにその手前にジェイクという形となった。
それに対峙するのはいかにも野盗といった風貌の6人の男たちであった。ざっと見たところ全員人間のようだ。
「おい、女を置いていきな、そうしたら命だけは……」
『閃光よ』
ジェイクは野盗の言葉を遮るようにして、背後の3人の目には入らぬよう閃光の魔術を発動させる。
閃光は事前に来るのが分かっていれば目をつぶるだけで効果がほとんどなくなるような魔術であるが、無警戒の相手には効果が高い。
また、閃光に限らず魔術を使えると警戒されないようにするため、見かけだけは戦士の格好をしているような魔術師も中に入るくらいだ。
「野郎!」
しかし、野盗にも場慣れしているものが居たようで、ふたりほどがとっさに目を閉じたのだろう、目が眩むこともなくジェイクに切りかかってきた。
そのうちひとりの攻撃を盾で払いのけ、無防備になった腹に長剣を突き刺す。そして、横合いから切りかかろうとしているもう一人の野盗に対応しようとしたとき、その男の胸に矢が突き立った。
「残りをお願いします!」
ジェイクが驚いて振り向くと、馬車の窓から侍女が身を乗り出すようにして小型の弩弓を構えているのが目に入った。
その言葉を背に受け、未だ立ち直っていない残りの野盗めがけてジェイクが走り出す。
(……後ろに何かいる!)
ユナが野盗と戦うジェイクを内心で応援していた時、馬車の背後から何かの気配と臭いを感じ取った。
一瞬悩んだが、弩弓の矢を装填している侍女に手で背後を見てくると合図すると馬車の裏手に移動する。
すると戦斧を構えて姿勢を低くして馬車ににじり寄っている男と目が合った。
「後ろにひとり居る! 私が抑える!」
ユナはそう宣言すると右手に短剣を順手で、左手にナイフを逆手で持って態勢を低くして滑るように接近していく。
戦斧は一撃は強力だが間合いは限られており、その内側に入れば短剣の方が有利になる。ただ、そんな理屈は判っていても革鎧しか着ていない状態で踏み込んでいくには相当な勇気が必要だ。
「ちっ、死ねやこのクソガキ!」
回り込もうとするのがばれた野盗の男が両手で構えた戦斧を横薙ぎに振るう。
ユナは内心の恐怖を押し殺して、それを地を這うほどに姿勢を低くして躱す。そして頭上ぎりぎりを戦斧の刃が通り過ぎていくのを感じながら右手の短剣で切り付ける。
「くそっ」
男は慌てて戦斧を引き戻して柄の部分で受け止め、更にそのまま押し返そうとしてきた。
力比べではかなわないと判断したユナは自ら短剣を引き、男がわずかに前のめりになった瞬間に右に避け、すれ違い様にナイフを腰に突き刺し、そして素早く引き抜くと駆け抜けた。
「はぁはぁ……」
あまりの緊張で戦いだしてほんのわずかな時間にもかかわらずユナの息が乱れる。
「やってくれたな、もう容赦しねぇぞ!」
激昂した男が戦斧を振り回す。とても短剣やナイフでは受けれないのでユナはそれをひたすら避けるしかない。
時に左右に、時に後ろに下がり、そして時には屈みこむようにして戦斧の攻撃を躱し続ける。
「ちょこまかしやがって!」
男はそう叫んで斧を振り上げると、なんとそのまま投げつけてきた。
唸りを上げて縦に回転しながら飛んでくる戦斧を横っ飛びでなんとか避ける。そして起き上ろうとしたとき、駆け込んできた男の体当たりをまともに受けて後ろに吹き飛ばされた。
「きゃあ!」
仰向けに倒れ、思わず悲鳴を漏らして右手の短剣を手放してしまった。
それでもなんととか起き上がろうとするが、その前に男にナイフを持った左手の二の腕と首を掴まれてギリギリと締め上げられてしまう。
「このまま縊り殺してやる」
ユナは自由な右手で必死に殴りつけるが男はびくともしない。
徐々に目の前が白くなっていき、もう駄目だと思ったその時、急に男の掴む手の力がゆるんだ。
「うがっ」
「今よ!」
馬車の方から聞こえる侍女の声で意識がはっきりすると、ユナは右手の中指と人差し指を躊躇なく男の両目に突き刺した。
「ぎゃああああ!」
激痛に男がユナを掴んでいた手を放して仰け反る。そしてユナは両手で顔を覆っている男の首に自分でも驚くほど冷静にナイフを埋め込む。
「あひ?」
男は意味不明な言葉を発すると力なくユナの上に倒れこんできて、そのまま動かなくなる。
男の背中にはまるで墓標の様に弩弓の矢が突き立っていた。