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4話 王都1

「ようジェイク、仕事探しか?」

「まあな、適当なのなかったんで今日は引き上げるところだが」


 ジェイクがここのところ日課となっている冒険者ギルドでの依頼探しが空振りに終わり、帰ろうとしたときに背後から元傭兵団仲間のモーゼスに声をかけられた。


「それじゃあ、北の国境で募集してる傭兵の口はどうだ? また最近赤の帝国の動きがキナ臭くなってきたらしい」

「ここ数年安定してたのにどうしたんだ?」


 リエージュの街があるこの国の北には、赤の帝国と呼ばれる強大な軍事国家があり、以前はしばしば国境で争っていたが、ここ数年は赤の帝国内で第3王子が決起して独立した自称『白の帝国』との争いに明け暮れていて、こちらの国境は小競り合いがときどき発生する程度であった。


「赤と白じゃ断然赤の方が戦力が上なんだが、白は第3王子――今は皇帝か、が戦上手らしくて戦局が思わしくないらしい」

「そこまでは俺も知っているが、それじゃ尚更こっちは放置されそうなもんだがな」

「皇帝の権力が絶大な赤の帝国だが、負け続けると国民からこいつで大丈夫かという疑問の声があがってきたんで、それを鎮めるために手ごろな勝利が必要って話だ」

「なんだそれ」

「そんなわけで攻め込まれないよう戦力を拡充するために傭兵を募集しだしたようだ。期間は帝国が国境の緊張を緩めるまでだから、秋の収穫時期を考えると最長で4か月くらいか」

「お偉いさんの考えることはわからんな」

「早めに防御を固めれば攻めてこない公算が強いから、今回は実際戦闘が発生するかわからんけどな。それでジェイクもどうだ?」


 重ねてモーゼスに問われなジェイクは悩む。話を聞く限り相手も大規模な動員はできないだろうから、こちらの傭兵の集まりが早ければ手を出せないだろうというモーゼスの考えはうなずける。

 しかし


「うーん、悪いけどやめとくわ」

「あのお嬢ちゃんか?」

「ああ、今が伸び盛りなんで鍛えてやりたい時期だし、それに俺も家族ができて守りに入ったようだ」

「ま、そういうと思ってたよ」


 モーゼスはそう言って男臭く笑うとジェイクの肩を叩いて去っていった。




§§§




(あ、お父さんだ)


 ユナが家に帰ろうと道を歩いていると、少し先にある冒険者ギルドからジェイクが出てくるのが見えた。思わず走り寄ろうとするが、それより先にジェイクに抱き着く人影があった。


「おわっ」

「あらジェイク、こんなところで会うなんて奇遇ねぇ」

「なんだノヴェッラか、びっくりさせんなよ。っていうか随分機嫌良いな。……酒臭いが」

「わかる? わかっちゃう?」


 いつもは上品な感じのノヴェッラが昼間から酒に酔って絡んでくるのは珍しい。ただ、その様子からすると悪い酒ではないようだが。


「その様子でわからん奴が居たらそっちの方がおかしいだろ」

「えへへーあのねー。マティアスが結婚しようって」

「おー、ついに奴が言ったか!」


 ジェイクが感心していると、突如ノヴェッラがジェイクの頬に口づける。


「これは幸せのおすそ分けよー。じゃあねー」


 そしてやるだけやったノヴェッラは、ジェイクが何か言うまもなくさっと身を離すと走り去っていった。


「あいつはキス魔だったのか……」


 後には呆然とするジェイクだけが残された。




(……なんか胸の中がもやもやする)


 背後でその一部始終を見る羽目になったユナは、なんだか得体のしれない葛藤を抱えていた。




§§§




「おかえりなさいジェイクさん。お手紙が届いていますよ」

「俺に? 珍しいな、誰からだ」


 アパートに帰ったジェイクが丁度顔を合わせた大家から手紙を受け取る。


「それとユナちゃんもおかえりなさい」

「……ただいま」

「なんだユナ。すぐ後ろにいたなら声をかければよかったのに」

「別に……、先に行くね」


 なんだか不機嫌な様子のユナが階段を駆け上がっていってしまった。


「どうしたんだ?」

「女の子だもの、そういうこともあるわ。気になってもあんまりつついちゃだめよ」

「よくわからんが、わかった」


 ジェイクはそんなユナに不安を覚えるが、大家はよくあることだと笑っている。




§§§




「ただいま」

「……おかえりなさい」


 先ほどすれ違ったのにまたあいさつするのも奇妙な感じではあるが、ジェイクは部屋に入るときに声をかけた。するとユナも一応返事をよこす。


(これが思春期というやつだろうか?)


 ジェイクは突然の変化に戸惑うが、どうしていいかわからずとりあえず先ほど渡された手紙を読んでみることにした。

 内容はジェイクやモーゼスと同じ元傭兵団仲間からのもので、相談事があるから時間が取れるようなら王都に来てほしいという内容であった。


「今日は随分と傭兵絡みの事が多いな。それに王都か……」

「王都ってどんなところ?」


 手紙に興味を持ったのか、いつのまにかユナが近づいてきていてジェイクに尋ねる。

 機嫌が直っている感じなのにほっとしつつ質問に答える。


「一言でいうとこのリエージュの街を何倍も大きくしたような感じだな。確か人口が5万人を超えるって話だ」


 リエージュの街が人口8000人程度と言われているため、王都には6倍以上の人間がいることになる。しかし、はるか東にあるという大国には50万人が住むという大都市があるというから、上には上があるものだが。


「凄いなぁ」

「ユナも行ってみたいか?」

「行ってみたい!」

「なら行ってみるか。この手紙で昔の知り合いに王都へ呼び出されてな」

「なんの用事?」

「それが書いてないんだよな。昔を懐かしんで会いたいって訳じゃないだろうけど、行ってみるまで分からんな」


 悪い話であったら相手から押しかけてくるだろうからジェイクはさほど心配はしていなかった。


「それじゃ明日にでもまたギルドに行って仕事がないか見てくるか」

「手紙に相手に会いに行くんじゃないの?」

「そうだけど、王都までの隊商護衛なんぞがあれば丁度いいなと思ってな。ま、あんまり期待できないが」

「そうなの?」

「この街から王都までは比較的治安の良い道だし、一つの都市間だけ護衛を雇う商人ってもの少ないから」

「ふーん」


 ジェイクが話すように期待薄ではあるが、明日にでも念のため旅の支度をしつつギルドへ行って見ることにした。




§§§




「やっぱりなようだな」

「残念」


 翌日、宣言通り冒険者ギルドに来たふたりが一通り依頼を確認するが丁度良いものはなかった。

 一応王都へ向かう隊商のの護衛という仕事自体はあるが、王都が終着点ではなくその後も数週間は続くようなものであった。


「ダメ元だったし普通にふたりで王都に行くか」

「わかった」


 王都までは徒歩なら6日か7日程度の旅程になる。そのうち半分くらいは街や宿場で宿をとれるだろうがあとは野営となるだろう。


「なんだジェイク、王都に行くのか?」

「ん、ああ。それでついでになんか仕事が無いかと思ったが、そうそう都合のいいものはなかったって訳だ」


 仕方ないとばかりに帰ろうとした時、会話を耳に挟んだギルドの親父のダニエルが声をかけてきた。


「それなら丁度いいのが入って来たぞ、護衛は護衛でも対象じゃなくて貴族の奥方だがな」

「貴族の護衛の仕事を冒険者ギルドにもってきたのか?」

「ああ、貴族の奥方といってもこの街の商家の出でな、里帰りしててその帰りという事らしい。行きは別の貴族の一行に入れてもらってきたようだが帰りのあてがないって話だ」

「なるほどな、詳しい条件は?」


 ダニエルから聞いた条件によると、護衛対象は貴族の奥方とそのお付きの侍女のふたりで、野営をする場合は以外にもその侍女に心得があるようで食事の世話などはしてくれるという事で、依頼料も悪くない。


「問題はこっちに連れが居る事だが……」

「それなら話し相手が欲しいようなことも言ってたから多分大丈夫だとは思うが、直接交渉してみるんだな」


 ダニエルはユナを見て言う。そして話しながら書いていた雑な感じの紹介状を渡してきた。


「わかった、それじゃユナ行くぞ」

「うん、おじさんまたね!」

「またな」


 こうしてジェイクとユナは連れだって貴族の奥方居るという商家へ向けてギルドを出発した。

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