3話 買い物
とある日、ジェイクがユナを連れてギルドにでも顔を出そうとアパートの部屋から出て、階段を降りたときにちょうど廊下に居た大家とばったりと出会った。
「あら、おでかけかしら?」
「ギルドに顔出しにでも行こうかと思いまして」
「こんにちは、大家さん!」
「はい、こんにちは」
ユナとあいさつを交わした大家はなぜかまじまじとユナを眺めている
「どうかしましたか?」
「ユナちゃんも大きくなったわね」
今のユナの身長は160cmを少し超えるくらいだろうか。
「ええ、でも大分伸びが穏やかになってきてます」
「なるほど、それならそろそろ普通の服を買ってあげても良いんじゃないかしら?」
「服ならあるよ?」
ユナがほらこれと言わんばかりに胸を張って着ている巻き服を見せる。
「巻き服もいいものなのだけれど、模様や色の違いはあってもどうしても同じ意匠になってしまうのよね」
「何か問題でもあるんでしょうか?」
ジェイクにとって服とは、丈夫で冒険に出た先で目立たないものならいいというくらいのものであった。
「問題、というわけじゃないのだけれども、女の子ならそろそろお洒落のための服のひとつもあってもいいんじゃないかしら? ユナちゃんもきれいなお洋服が着てみたいでしょ?」
大家がそう尋ねると、ユナは少しもじもじとした後
「……うん、着てみたい」
と、答えた。
それを聞いたジェイクは、どうしても男だけだと気が回らない部分があると反省するのであった。
しかし、冒険着や普段着ならともかく、女性のお洒落着は自分の手に余るともジェイクは思わざるを得ない。
§§§
「ってことがさっきあったんですよ」
「ですよー」
「なるほどねぇ……」
出かけた先の冒険者ギルドで暇そうにしていたマリエルにつかまり、世間話に花を咲かせているときに先ほどのアパートの一件が話題となった。
「そういえばギルドは別に制服があるわけでもないのにみんな同じような地味な恰好してますね」
「そりゃそうだろ。死にかけたり、下手すりゃ仲間が死んで帰って来たときに、ちゃらちゃらした格好した奴がカウンターに座ってたらぶん殴りたくなるだろ?」
「いや、そこまでは……」
マリエルの過激な意見に同意しかねるジェイク。
「マリエルさんなら殴り返しそうだね!」
「まーな。実際そんなふざけたことする野郎が居たらただじゃ置かねーけどな。それはともかく、ユナの服だったな、それならオレにまかせとけ」
ジェイクはそんなことを突然言い出したマリエルに驚くが、彼女の体型を見ると――でっぱり具合も含めて――意外とユナと同じくらいなので案外上手くいくのではと思えてきた。
「そうだな、マリエルさんなら大丈夫かな」
「……オイ、どこ見て言いやがった」
「マリエルさんは私と同じくらいの背だしね!」
「まあ、いい」
ジェイクの不躾な視線を問い詰めようとしたマリエルだが、ユナの無邪気な言葉に毒気が抜かれて矛を収める。
「それじゃあオレは明日がちょうど休みだけどそっちはどうだ?」
「今受けてる依頼はないし、大丈夫です」
「よし、なら明日の昼前にギルドに集合な」
「わかったー」
「ここは待ち合わせ場所じゃないんだが……」
ダニエルのボヤキを聞き流しつつ、翌日の約束をするとジェイクたちは冒険者ギルドを後にした。
§§§
翌日、ジェイクとユナが待ち合わせ場所に行くと既にマリエルが先に来ていた。
「おせーぞ」
「いや、昼間という曖昧な時間指定で遅い早いも無いような……」
「オレより遅かったらおせーんだよ」
そして目が合うなり理不尽な物言いをしてくる。
そんなマリエルはどう見ても男物の白いシャツに、これまた男物の黒い細身のズボンを穿いており、これがまたキツメ美人の彼女に良く似合っている。
「マリエルさん恰好いいー。今日は髪も編んであるんだね」
「ありがとよ。今日はちっと風がありそうだったんで適当に編んできたわ」
そういってゆるく編んだ三つ編みをマリエルが弄る。
「お父さん。私もああいうのやりたい!」
「別に許可を取らないでも髪形くらい好きにしていいぞ」
「そんくらいオレが教えてやるぜ」
「ありがとー」
ちなみにジェイクは地味な茶色の上着にこれまた地味な鼠色のズボン。ユナは青と黄色の鮮やかな色の組み合わせの巻き服に何時もの髪飾りを付けているが、髪自体は適当に肩の上で切ったままと言った感じだ。
「ま、揃ったところで行くぜ」
「そういえばどこに行くか聞いてませんでしたが」
「そだっけか? 南西区《金持ち地区》にある店だ」
「私はあっちはなんか雰囲気が苦手……」
「オレも別に好きじゃないが今日行く店はまともだから安心しろ」
すこししり込みしかけるユナを安心させると、マリエルはユナの腕を引いて歩き出した。
§§§
「やっぱりこっちはちがうねぇ」
普段あまり見かけないような光沢のある服――おそらくは絹であろう――を着たご婦人や、男性でも装飾品を身に着けた人が多く歩き、または馬車に乗って行きかう街並み。
それをなぜか、おっかなびっくりという風にユナが眺めている。
「着てるモンをひん剥いちまえば人間なんてどいつも変わらんよ」
「ひん剥く機会なんてないでしょうけどね」
そんな会話をしながらマリエルに案内されたのは大通りから脇道に入って、そこから少し歩いた先にある意外と幅の狭い店であった。
「ここは立地もイマイチな上に既製品を専門に取り扱う店で、仕立服はやってないからそこまで高いってことは無いぜ」
「そう願いたいものです」
よろず服飾取扱いという看板が釣り下がった扉を開けると、中は外から見た幅に比べて奥行きがあり、意外と広々としていた。
「いっぱい服がある!」
「あんまり騒ぐなよ」
店内を見たユナが楽しそうにたたたっと走りこんでいく。見たところ他に客はいないようだが一応ジェイクはたしなめる。
「それじゃユナに似合いそうなのを見繕うとするか」
「よろしく頼みます」
ジェイクは自分が選ぶとおそらく実用一辺倒のものになってしまうと考え、マリエルにお任せすることにした。
「おや、マリエルさんいらっしゃい。今日は綺麗なお連れ様がご一緒なんですね」
「ああ、今日はコイツの服を探しに来たんだ」
「あはは、綺麗だってー」
3人で賑やかにしていると奥の部屋からすらりとした長身の初老の男性が出てきた。どうやらここの店主のようである。
そして普段『かわいい』と言われることはあるが『綺麗』と言われたことのないユナが少し照れている。
「試着室もございますからご自由にお試しください。それと丈や裾の直しいたしますから少々大きくても大丈夫ですのでご安心を」
店主はそう言ってユナに頭を下げるとジェイクの方にやってくる。
「お嬢様のお父様ですか?」
「ええ、貰い子みたいなもんですけどよくわかりましたね」
ジェイクはそう答えながらも初対面の人間に親子に見られたことに驚いていた。
成長し14歳くらいに見えるユナと28歳のジェイクでは、犬人に詳しい人でないと親子とはなかなか考え辛い見た目の差なのである。
「店にはいろいろなお客様がお見えになりますから」
「なるほど」
「ほらジェイク、こっち来い」
そんなことをふたりが話していると、試着室の方からマリエルの声がする。
呼ばれるままにジェイクが向かうと、若草色をした半袖の上着とひざ下までのピンクのスカートを身にまとったユナがもじもじしながら立っていた。
「ど、どうかな?」
いかにも『女の子』という姿のユナを前にジェイクが言葉を失っていると、背中をバシンと叩かれた。
「オイ、なんとか言ってやれ」
「……ああ、すまん。よく似合ってるぞ、なんていうか見違えた」
「えへへ、ありがと」
「着替えたくらいでこの驚きっぷりは、ジェイクがいかに普段いいがげんな世話をしてるかがわかるな」
「悪いな、俺の人生で着飾るっていう事がなかったんでな」
言い訳がましく言うジェイクに気を悪くした様子もなく、ユナは褒められて上機嫌なままだ。
「よっしゃ次行くぞ、次!」
お披露目は十分とばかりにマリエルがユナの背中を押しながら再び服の海の中に戻っていった。
それから次々と着替えたユナが現れる。
普通の服が多いが、マリエルが着せたいのか、ユナが着たがったのかわからない修道女が着るような濃紺のローブ、いかにもな豪奢なドレス、どう見ても男物の服などなど最初から買う気がなさそうなものも数多く混じっていた。
その中でジェイクは袖なしの紺の|上衣とスカートが一体の服に白のブラウスの組み合わせに目を惹かれる。
「お、ジェイクはこういうのが好きなのか」
そんな雰囲気を目ざとくマリエルが感じ取って尋ねてくる。
「そうなのお父さん?」
「いや、俺が生まれた村の娘さん達の晴れ着がこんなのだったなぁと懐かしくなってな」
「ふーん」
「っても15年以上前の話なんで、もう流行が変わってるかもしれないけどな」
「ま、いいさ。それでジェイクどれにするよ?」
「え?」
マリエルの思いがけない言葉にジェイクが戸惑う。
「ユナが自分で着たい服で良いんだが」
「お父さんに選んでほしい…… だめかな?」
可愛い娘に上目遣いでそんなことを言われて断れる父親がいるだろうか。
「最初のか、今着てるやつのどっちかかなぁ…… ああ、両方買えばいいか!」
「どっちか選べ」
「どっちかにして」
絞れ切れずに名案だとばかりに両方買おうと言うジェイクにふたりそろってダメだしする。
思わず助けを求めて店主を見るがほほ笑んでいるだけでものの役には立たなかった。
「うーん…… それだと今着ている奴かなぁ。どうして、と聞かれても似合ってるからとしか答えようがないが」
「じゃあこれにする!」
「まぁ、悪くない選択だな」
なんとか選んだものを更にダメだしされずにジェイクはほっとする。
そしてわずかに大きかったがまだ多少は体が大きくなるだろうと思われるので丈を詰めたりせずにそのまましてもらう。
ちなみにユナのような尻尾のある獣人も問題なく着れるよう、尻尾を出す穴が釦で開閉できるようになっており、その部分もまた見事な意匠で使わない時は上手い事隠されている。
§§§
「またのお越しをお待ちしております」
ユナは着て帰るというので会計を済ませるとそのままの格好で店を出る。
外に出てもくるくると回ったりしてご機嫌だ。
「お父さんありがとう!」
「気に入ってくれたなら俺もうれしいよ。でも、大事にし過ぎないでどんどん着ろよ。いくらでも……とは言わないが服くらい買ってやるんだからな」
「お父さんだねぇ」
そしてジェイクもまたマリエルの冷やかしが気にならないくらいほっとしていた。
最近はどうも冒険者として鍛える事ばかりを優先したと気が付くことが出来たからである。
命がけの仕事なので当然訓練は重要であるが、年頃の女の子がそればっかりじゃいけないと反省しきりである。
「マリエルさんにも良い店を紹介してくれて助かった。今度一杯おごるよ」
「お、期待してるぜ」
そういって肩をバシバシと叩くマリエル。
意外に強い力で叩かれるがそれでもジェイクの笑みが消えることは無かった。




