2話 森の襲撃
「それじゃ後は寝るだけだが、3交代で見張りをするぞ。月が見えるなら月の位置で交代時期を決めるのが普通だが。曇ってたりそもそも洞窟や屋内の場合はカンテラの油の減り具合やロウソクの長さを使ったりもするが、そんなことのために使うのはどっちももったいないので、なんとなくこれくらいという大雑把な感覚で交代することが多いな」
「そんなんで大丈夫なのかよ」
「こればっかりは慣れだな」
「今日は幸い月が見えるから月の位置で決めよう、見張りの順番は俺が2番目をやるから、最初は……」
「私がやる!」
「それじゃユナで、最後がリューリだな」
「わかったぜ」
夜の見張りは普通3交代か人数に余裕があるなら4交代にするのが普通で、それを考えるとパーティーの最少人数は3人となるだろう。
ふたりでは夜の半分を起きている必要があるし、ひとりでは寝るか寝ないかになる。
ただし、旅慣れてくると寝ながら周囲に注意を警戒できるようになってくるから熟練者は少人数でやっている者も少なくはない。
とはいえ、火を絶やさず見張りを立てる方が安全なのは当然であるが。
「それじゃおやすみ」
「ユナ頼んだぜ」
「うん。まかせて!」
§§§
「敵襲!」
ユナ、ジェイクと無事に見張りを終えて最後にリューリが見張りに立ってしばらくした後で、彼女は結界の糸を巻き付けていた棒きれの手ごたえが突然無くなったことに気が付いた。
そして状況を確認する前に最優先で警告を発した。
するとテントからジェイクとユナが飛び出してきた。
「相手は?」
「わかんねー、なんか森が動いてるっぽいけど」
そういってリューリが指さしたほうをジェイクが見ると確かに何か期が動いているようだ。
「あれは樹人だな」
「樹人っていい人じゃないの?」
ジェイクの言葉にユナが反応する。
「生まれて何十年だか何百年たつと頭がよくなって無差別に攻撃しなくなるらしいんだが、それまでは森の住人以外を問答無用で排除してくる。ここが森のはずれなら逃げるって手もあるがどまんなかじゃ戦うしかない」
「よっしゃ!」
「あ、弓はあんまり効果ないぞ。奴は胴体部分をぶった切れば死ぬからその腰の鉈を使え。ユナもナイフじゃなくてこの手斧を使ってふたりで同じ場所を攻撃しろ」
「わかった」
「まかせとけ!」
ジェイクはふたりに胴体の攻撃を指示すると、自身は盾と長剣を使って樹人の注意をひき、敵の攻撃手段である枝を落とすことに集中する。
「ほら、こっちこい!」
声を上げつつ、気を引くために長剣を何度も叩きつける。樹人はそれに対して枝をまるで触手のように振り回して応戦してくる。
手数が多いため盾では防ぎきれずに何発か体に食らうが、お返しとばかりにそのうちの一本を叩ききった。
その間にユナとリューリが背後に回り込み渾身の一撃を叩き込む。
「――!」
知性のない樹人は声を出せないが、苦しんでいるのはなんとなくわかる。
幹に攻撃したふたりに対応しようと振り向きかけたところを再度ジェイクが攻撃すると再び注意が戻る。
樹人は直前に攻撃された相手ばかりに気を取られて、倒す優先順位のようなものを付けられないようで、交互に攻撃されるたびに相手を変えようとして効果的な反撃が出来ていない。
「よし、このままいくぞ。変に色気を出して一発で決めようとか考えるな」
その言葉の通り、同じように攻撃を繰り返すと徐々に樹人の動きが鈍くなり、ユナの手斧の一撃でまださほど太くなって居なかった幹が叩き切られた時に動きが止まった。
「やったぁ」
「よっしゃ! ってもあんま強くなかったな」
「まだ生まれたばかりだったんだろうな。知性化した樹人は魔法を使ってくるしあの程度の警戒線なら気が付いて回避するだろう」
「マジか」
「っても、知性化すれば話が通じるし、こっちが森を荒らすつもりじゃなければ戦闘になる事は無いと思うがな。あとは見た目通り火が弱点なんだが、森の中で燃やすと巨大な松明みたいになって大火事の原因になる事があるから後先考えないアホ以外にはあんまり関係ない弱点だな」
「へぇ」
もはやただの木となり果てたものを眺めながらジェイクが樹人について説明する。
「そういえばコイツって金になるのか?」
「全身魔力を含んだ木材として使えるぞ。こいつくらいの小ささだと魔力も少ないからそこまで金にならんだろうけど持って帰る価値はあるだろうな」
「おー」
「やったぜ!」
ジェイクの言葉にふたりが盛り上がる。
しかし、まだ夜が明けるまでは時間があるし、すぐに腐るものでもないのでとりあえずひとまとめにしておいてあとはリューリに再び見張りを任せて寝る事となった。
「目がさえて眠れない……」
「それでも目を閉じて静かにしているだけでも疲れは取れるもんだ。眠れないからって起きて動き回ったりしちゃだめだぞ」
「はーい」
興奮状態が冷め切らないユナが眠れないと訴えるがジェイクは大人しくしているように言う。
今回は夜が明ければ帰るだけだから無理に寝なくても何とかなるが、実際の旅では休める時に休まないとどんどんと疲労が蓄積されていくことになり、判断力や体力が低下していく危険性がある。
しばらく落ち着かない様子でもそもそとしていたユナだが、結局眠れたようで大人しくなる。それを確認したジェイクも眠りの中に落ちていった。
§§§
朝を迎えた3人は湖で顔を洗ったりして身だしなみを整えると、朝食として携帯食を食べることになった。
携帯食といっても堅焼きパンにチーズ、干し肉というもので味自体は問題ないが、なにかしら飲み物が欲しくなる組み合わせではある。
そして食事が終わると昨夜そのままにした樹人の処理である。
「まさに金のなる木ってヤツだな!」
鼻歌混じりに楽しそうにリューリがジェイクが切り落とした細かい枝までも拾い集めていく。
幼いころから金で苦労していた所為か、リューリはやや金銭に対する執着が強いようだ。ほどほどになるようにさせないと騙されたり、目先の欲に釣られたりするかもしれない。
「お父さん。これでどんなものが作られるの?」
「そうだな……、基本的に樹人の木材は魔法をかけやすくしたり、効果を増幅したりする効果がある。それを利用して小さいものだと毒除けの呪いをかけた匙から大きいものだと家を丸ごと樹人の木材を使う金持ちもいたりする。そうすると防犯の魔法が全体にかけやすくなるし効果と高いからな」
「へー」
死体と言うべきか、木材と言うべきかわからないが、樹人の残骸をロープでくくりながらジェイクとユナはそんな用途の話をしている。
「ま、昨日も言った通りこいつくらいじゃ大した金にはならんだろうがな」
「小さなことからコツコツとだぜ!」
結局森を出るまでリューリはご機嫌なままであった。
§§§
「おかえりなさい。3人とも無事でしたか?」
街の門に辿り着くともはや少女とは呼べなくなったカレンが門番をしていた。
「ちっこい樹人とやりあったが特に問題はなかったな」
「あの森で樹人とは珍しいですね」
「そうなの?」
「ええ、私が知らないだけの可能性もありますが、守衛になって3年の間に目撃したという話を聞いたことがありません」
「ちょっと前からあちこちでちらほら魔物が増えてるって話を聞くな」
「こえーな」
以前ユナとリューリが戦って大けがをしたコボルトも通常ならあそこまで街のそばには近寄らないものだ。
そう考えると確かに魔物が増えているようだが、この地域だけなのか大陸全体の話なのかは今のジェイクには分からない。
「ということはその丸太や薪の束みたいなのは樹人の木材ですか?」
「そうだよー」
「品質はイマイチだけどな」
「なるほど、実は守衛隊の出入りの商人が保護の魔法をかけやすい荷馬車を揃えたいと仰ってて、持ち掛ければ良い値段で買い取ってくれるかもしれません」
「マジっすか!」
あまり売ったことのない素材なので、ギルドに安く引き取ってもらうしかないかと考えていたジェイクには朗報であった。
「紹介してもらっても?」
「ええ、カレンから話を聞いたと伝えれば無下にはされないと思います」
「ありがとう」
カレンから商店の場所を聞くと3人はともかく向かう事にした。
「そういえば取り分は3人で山分けで良いか?」
「うん」
「当然」
ジェイクとしてはこのくらいならふたりで分けてしまってもいいのだが、リューリが金に執着している割に物堅い部分も当て自分だけ優遇されるのを嫌がるので無難に3人で分けることにする。
野営の訓練は思いがけない実戦付きとなったが、成功といっても良いだろう。