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1話 成長したトコしないトコ

 ジェイクが朝、目を覚ますと相変わらずユナが抱き着いたまま眠っていた。

 ユナを預かってから3年たち、身長や手足もだいぶ伸びたが、こういった子供っぽいところはあまり変わっていないようだ。

 ついでに言うと出るところも大して出ていない。


 少し前に気になって同族《犬人》のモニカに相談したところ、犬人は体は5年ほどで大人になるが、心は少し遅れて7年くらいかかるという事であった。

 それを考慮して今のユナを人間に当てはめると体は14歳、心は10歳というところだろうか。


「ユナ起きろ。寝ながら抱きつかないからベッドを分けないでくれって言ったのは誰だったか?」

「わわ、抱きついてないよ!」


 ジェイクがそう声をかけると、ユナが慌てて跳び起きて抱きついていないことを主張する。

 以前ジェイクがユナも成長したことだし、抱きつかれると寝苦しいからベッドを分けようという話をしたときに『抱きつかないからまだ一緒に寝たい』と言っていたが、あまり守られていない。

 ただ、ジェイクの故郷の村では家族なら男女問わず雑魚寝をするのが当たり前だったので、どこでどう線を引けばいいのか良くわからないという事情もあり、なあなあで今でも一緒に寝ているという状況だ。


「……次からは気を付けろよ」

「はーい」


 返事だけは良いユナを見てため息をつくとジェイクもベッドから降りて朝の支度を始める。今日はリューリと一緒に森で野営訓練をする日だからさっさと準備を済ませてしまおう。




§§§




「おまたせー」


 ジェイクとユナが街の東門の前で待っているとリューリが手をひらひらと振りながらやって来た。


「遅いよリューリ!」

「わりーわりー。ちぃっと寝過ごしちまってな」


 ユナが遅れたことをなじると、リューリは全然悪いと思ってなさそうな表情で適当に謝る。


「遅れた悪い子には特別訓練が必要かな?」

「ゲーッ! 勘弁してくださいよ」


 ジェイクのからかうような言葉に大げさに驚くリューリ。しかし遅れたり、なんだかんだと文句言ったりしながらも訓練を休んだことは無いし、辞めたいと言ったことも無い。

 その甲斐あって最近では街の近くの草原ならひとりで狩りが出来るくらいの腕前となっている。

 しかし、狩猟許可も取って収入もある程度安定した今でもリューリは南東区《スラム街》暮らしのままだ、本人曰くここが性に合っているらしい。


「それじゃあ出発の前に装備を確認するぞ」


 ジェイクのその言葉にふたりはそれぞれ背嚢バックパックの口を開く。中にはテントに使う防水布――ただの一枚の布だが数か所にロープ穴があけてあるもの、毛布、ランタン、スコップ、食料、鍋、食器、ナイフ、方位磁針コンパス、その他こまごまとしたものがユナは整然と、リューリは雑然と詰め込まれている。


「リューリはもう少しきちんと入れたほうがいいな」

「そんなもん入ってりゃいいだろ」

「怒られてやんのー」

「ユナも食料が多すぎだろ、いくら他の奴より必要って言っても限度があるぞ。入れるにしてもせめて軽いものにしとけ」

「ユナの食いしん坊め」

「うー」


 ふたりとも入れ方や不要物があったりもしたが、必要なものが一通りそろっているのでジェイクはとりあえず合格とした。ユナは自分の荷物の重さに苦しむかもしれないが自業自得だろう。


「んじゃ、次は目的地は?。ユナ答えてみろ」

「えと、街のそばから森に入って北にある小さな湖のそばで野営する」

「何時間くらいかかりそうだ?」


 そう尋ねられるとユナはジェイクの手書きの大雑把な地図を急いで取り出して見つめる。


「うーん。2時間くらいかな」

「森の中を街道と同じくらいの速度で歩ければな。ま、よくて3、4時間、下手すりゃそれ以上だな」

「そんなかかるんだぁ」


 今まで森の浅い部分にしか入ったことのないユナは、速度が半分程度になるのに驚く。


「リューリ、野営地についたらすることは?」

「周囲の安全の確保、場合によっては罠を張る。それから野営の準備」

「流石狩人だな、その通り。罠とまではいかなくても、太糸で警戒線を張るだけでも野生生物あたりが相手なら不意を打たれなくなるからやるべきだろうな」

「わかった」


 今回の訓練の手順を話し終えたところで森を目指して街を出た。




§§§




「つかれたー」

「オレも疲れた……」


 3人が野営地にたどり着いたのは結局4時間過ぎであった。歩く速度自体はそれほど遅くはなかったのだが、森の中をあまりまっすぐ進めず微妙に迷って歩く距離が長くなってしまったのである。


「よし、それじゃ一休みしたら野営の準備だ。普通は手分けをするが今日は手順を覚えるために全員でやるぞ」

「……はーぃ」

「ウィッス……」


 ふたりとも迷い気味で歩いたせいでかなり疲労がたまっている様子だ。これが傭兵団なら背中を蹴飛ばして準備させるのだが、流石にそうもいかずにしばらく休ませてやるとする。




§§§




「まずは周辺の安全確認だ。毒を持つ虫や蛇、危険な野生生物、あとは魔物の痕跡を探すんだ」


 休憩を終えた3人は野営地の周囲を見て回る。地面や木や茂みに毒性生物が居ないか、肉食獣や魔物の糞や尿の痕跡が無いかなどなど。


「ざっと見たところこの辺りは安全そうだな」

「お父さん。もし危険な兆候があったらどうするの?」

「余裕があれば別の場所に野営するのが一番だが、難しければ警戒するしかない。毒虫の類なら虫よけ使うのと、狭くなるけどテントを張る際になるべく隙間ができないようにするとかな」

「襲ってくる獣とかはどうするんだ?」

「派手に火をたく、見張りを立てる、場合によっては木の上とかに寝床を作るなんてこともある。後は出発前に警戒線を張る事だな。丁度いいしやってみるぞ」


 ジェイクはふたりに指示をして野営場所を囲むように周辺の木を利用して太糸を張らせる。

 しかしこれだけでは何者かが結界を破ったのを知ることが出来ない。ではどうするかとジェイクはふたりに尋ねる。


「さて、ここからどうやって敵が来たのを知るようにする?」

「鈴でも付けりゃいいんじゃね?」

「それでいいときもあるが、風が強いときは鳴りっぱなりだろうな」

「むぅ」


 リューリの発想は悪くないが状況に左右されやすいのが難点だ。


「糸の端っこを握ってるとか?」

「おお、良い回答だな」

「えへへ」

「しかし、直接よりは剣の鞘に縛り付けてそれを抱いて寝るとかだろうな」

「なるほどなぁ」


 警戒線を張り終えたので、ついに野営の準備にかかる。

 3人の防水布をまとめて使って大きめのテントを作る。そしてその前に焚き火を起こし、左右にY字型の鉄棒を差してさらにその上に棒を渡してかまどの代わりとする。


「形は出来たんで次は食料調達だな」

「狩りか?」


 リューリが自分の出番とばかりにはりきる。


「いや、今日は釣りにしてみよう。やったことないだろ?」

「ないよ」

「ないぜ」

「本式の道具があるわけじゃないから釣れたら運が良いって感じになるだろうけどな」


 ジェイクはそう言うと、適当な枝に糸をとかぎ針を付ける。あとはそこらの意思の下にでもいる地虫を引っかければ釣り竿の完成だ。

 その後竿を投げて、引き上げるまでの動作を一通り見せた後はふたりに釣りをさせる。


「それじゃ頑張って釣れよ」

「お父さんは?」

「そこらで食べれそうな茸でも探してくる。こっちの方もそのうち教えた方が良いだろうけど一回で全部って訳にはいかんから今日は頑張って釣りをやっとけ」

「まかせとけ!」


 こうしてユナ、リューリとジェイクに別れて食料調達を開始した。




§§§




 結局ふたりはなんとか人数分の魚3匹を釣り上げることが出来たようだ。それをワタを抜き、身をくねらせて枝に挿して塩をまぶして焼く。

 ジェイクの方もそれなりに茸が収穫できたようで麦粥オートミールに干し肉、タマネギと共に刻んで放り込む。

 そして釣りが不調に終わった場合を考慮して持ってきていた腸詰ソーセージもついでに火であぶり、なかなか豪勢な夕食となる。

 腸詰と魚のじゅじゅうという焼ける音と滴り落ちる脂。そして粥を煮るふたを開けたときのふんわりと漂う匂いにもうユナは我慢できない様子だ。


「お父さん早く食べよう!」

「わかったわかった、ほらよ」


 尻尾をパタパタと振ってせがむユナに苦笑しながら差し出した器に粥をよそい、その上に腸詰を乗せてやる。


「オレにもくれよ」


 そしてリューリにも同じようにしてやると早速食べ始める。

 そんなふたりを見ながらジェイクはまずは魚に手を伸ばした、良く脂が乗った身に塩が良い感じに染みてこれまた美味い。


「なんかいつもより美味しい!」

「確かに、そんな凄いモンって訳じゃないんだけど、なんか美味く感じるな」

「あれこれ自分で準備すると美味く感じるもんだ」


 ジェイクはそんな会話をしつつ、訓練というよりも何だか遊びに来た感じになってしまっているが、技術自体は教えてるからまあいいかという気分になる。

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