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18話 命

「お、城壁が見えてきたな」

「もうすぐリエージュね」

「……」

「どうした?」


 さっきまでやっと帰れるだのなんだのとうるさかったジェイクが急に黙り込んだのに気が付いたマティアスが不審げに尋ねる。


「ん、ああ。なんかさっきユナの声が聞こえたような気がしたんだが。会いたいという気持ちからでてきた幻聴かなと」

「本当親ばかになったわねぇ……」

「そうだな…… って風に血の匂いが乗ってきてるな」


 マティアスがノヴェッラに同意しかけたとき鼻をひくつかせてそんなことを言い出した。

 その言葉に残るふたりの視線が自然と風上に向けられる。


「……あそこに何かいるわね」


 馬上からノヴェッラが指さした先になにやら人影のようなものがあった。まだ遠くで良くは判らないが何かを抱えているようにも見える。


「あれは…… ユナだ!」

「お、おい!」


 ジェイクは唐突にそういうと街道を外れて馬を人影めがけて走らせ始める。

 マティアスとノヴェッラはそんなジェイクの行動に顔を見合わせるが、仕方ないといった風に追いかけ始めた。




§§§




「ユナ大丈夫か? オイ? 何とか言ってくれよ……」


 抱きかかえて歩き始めたときはまだ声をかければ何か反応を示していたユナであるが、さっきからは何を言っても荒い息をつくばかりである。

 それでもリューリが必死に歩いているとドカラッドカラッと馬の走る音が近づいてきた。

 何事かと顔を上たときには馬からひとりの男が飛び降りてこちらに走り寄ってくる。


「ユナ!」


 リューリは突然現れた男に混乱して何も言うことが出来ない。


「貴様! ユナになにをした!」


 その間にもジェイクは湾曲刀サーベルの柄に手をかけて近づいていく。


「落ち着けジェイク。相手は子供だぞ! それに今は揉めてる場合じゃなさそうだ」


 追いついてきたマティアスの言葉にジェイクの頭がさっと冷える。


「っそうだ! すまんなお嬢ちゃん、ユナを渡してくれるか?」

「あ、ああ。早くユナを助けてやってくれよ。コボルトに刺されたんだよ……」


 ひとりで必死に運んできたが、頼れる人間が現れた安心感からかリューリの目から今まで我慢していた涙が溢れだす。


「ありがとうよ。……ユナ?」

「ぅぁ……」


 ユナを受け取ったジェイクが声をかけるがほとんど反応が無い。この状況では霊薬ポーションを飲ませることはできないし、そもそもジェイクが常備している程度の品質のものでは、これほど深い傷ではどれほど効果を発揮するか疑問だ。

 そしてここにいる4人、おそらく目の前の猫人の少女も含めて治癒術を使える人間は居ない。となると一刻も早く治療所へ運び込むしかないだろう。


「ここから街までなら下手に馬に乗せて揺らされるより、俺が抱えていった方が良さそうだ。すまんがあとは頼む!」


 ジェイクはそう言うと3人をその場に残して街に向けて走り出した。




§§§




「こんな傷、すぐに治してやるからな」


 瀕死のわが子を抱きしめ、ただひたすらに街へと走るジェイク。


(……おとう、さん?)


 ユナは夢うつつの状態ながら自分を抱いているのがジェイクなのを感じたのか、だらりと下げていた手をなんとか持ち上げると胸元に縋りつくようにする。

 その動きに気が付いたジェイクは歯を食いしばって更に走る速度を上げた。


(間に合ってくれよ)


 ジェイクはただそう念じ、走る。




§§§




「すまん。通してくれ! 怪我人を抱えてるんだ!」


 ようやく街の東門までたどり着いたジェイクはそう声を張り上げる。

 街に入る審査の順番待ちをしていた人たちはジェイクの必死の形相と、その手に抱えられた血だらけの少女を見て慌てて場所を開けてくれた。


「何騒いでるんだ! ってジェイク……とそいつはユナの嬢ちゃんじゃないか!」


 騒ぎに気が付いた門番をしていたローランがやってきた。

 ローランはジェイクが抱えているものを見て目をむく。


「すまんが説明してる余裕がない。通してくれ!」

「わかってる。だがあとできっちり話を聞くぞ。だが今は急いで行け!」

「恩に着る!」


 ジェイクはそう言い残すと門を後にした。

 治療所までもう少し、心臓はすでに限界を超えているほどに激しく鼓動しているが、それを無視するようにジェイクは街中を走り抜けていった。






§§§






 ふと気が付くと少し先によく知っているはずの男が背を向けて立っている。


「お父さん」


 そう呼びかけるが、男は気が付かない。


「お父さん!」


 不安な気持ちになって大きな声で呼ぶが男はそれでも気が付かない。それどころか立ち去ろうと遠ざかって行っている。


「待って、お父さん!」


 追いかけようとするがなぜか足が動かない。


「待って! 待ってよ!」


 泣きそうになりながら叫ぶと、ようやく気が付いたのか男が足を止めて振り返った。


「お父さ…… きゃあ!」


 一瞬喜んだが、振り返った男の顔はコボルトのそれであり悲鳴を上げる。

 そして男は今度は近づいてきながら、いつの間にか手に持っていた血だらけの短剣を振り上げる。


「助けて! お父さん!!」


 そう叫んでぎゅっと目をつぶると、なんだか大きくて暖かいものに抱きしめられた。

 もう大丈夫だ。そのことを本能的に悟ると体から力が抜け、意識が溶けていった。




§§§




「あれ、ここはどこ?」


 ぱちりとユナが目を覚ますとそこは見知らぬ部屋であった。

 白く塗りこめられた壁に清潔そうなベッド、そしてそのそばには椅子に座ったまま寝こけているジェイクがいる。

 ふとベッドの横に目をやると小さなテーブルの上に髪飾りと鞘に納められた愛用のナイフが並べておいてあった。


「目覚めたか!」

「うわっ」


 髪飾りとナイフに目を取られていると、耳元で大きな声がしたと思ったらぎゅうっと抱きしめられる。

 そしてその瞬間に、自分の状況を思い出した。


「あ、すまん。 まだ痛むか?」

「ううん、平気。だからもっとぎゅっとして」


 ユナの声を痛みの所為と勘違いしたジェイクが力を緩めようとするが、ユナはそういって自分からも抱き着く。

 そうしてしばらくの間、お互いの体温と鼓動を感じあっていた。


「ユナ、何があったか覚えているか?」

「うん……」


 いったん身を離した後にジェイクが尋ねる。

 近づくなと言われていたスラムに行き、門も通らず勝手に街の外に出て、そして大けがをした。ユナは自分の行動を思い返すと怒られる要素しか無い。

 耳を伏せて、尻尾を股の間にはさみ、ジェイクに怒られるのをびくびくしながら待ち構える。


「お前には言いたいことが沢山ある」

「はい……」

「だが、一番言いたいことは――お前が無事でよかった」


 しかし、ジェイクは笑顔でそう言ってくれた。


「お、おとうさーん」


 ユナは今度こそぼろぼろと泣き出し、ジェイクに再び抱き着いた。


「よしよし」

「あのね、あのね」

「なんだ?」

「刺されたときにね、髪飾りが助けてくれたの」

「そうなのか」


 それほどの力がある魔法具では無いはずだが、そういわれると確かに短剣はギリギリのところで急所を外れていたのをジェイクは思い出した。


「それでね……」


 まぁ、今はそんなことはいい。

 あれこれと堰を切ったようにしゃべりだしたユナの背をなでながらジェイクは命のある事の幸せさを噛みしめていた。




§§§




「よっしゃ仕留めたー」


 草原にリューリの声が響き渡った。


 ジェイクはその声を聴きながらここ数日の事を思いかえす。


§


 ユナの傷自体は治癒術で治ったものの、大分血を失っていたことから数日治療所のお世話になっていた。

 その間にリューリが各所への説明を終えたのち、病室へ来て這いつくばるようにして謝ろうとした。

 しかしジェイクは壁を越えて街の外に出たことは叱ったが、ユナが怪我をしたこと自体は本人の行動の結果であり気にする必要はないと答えた。


「それじゃオレの気がすまねぇ」

「まだ若いのに義理堅いな」


 苦笑したジェイクは少し考えると


「ならそうだな、ユナの友達になってもらおうか」

「えっ」

「こいつは大人の知り合いは多いんだが、友達って呼べる相手がいなくてな。リューリは犬人いぬびとの事を知ってるか?」

「いや、何回か見たことはあるけど……」

「そうか、それじゃユナを見て何歳だと思う?」

「10歳とか11歳くらいじゃないのか?」

「ユナはまだ生まれて2年半くらいなんだ」

「え……」


 犬人の事をよく知らなかったリューリは驚いた様子である。


「えへへ」

「犬人の子供は成長がすごく早いんだ、だからなかなか同年代の遊び仲間ってのが作れなくてな」


 照れたように笑うユナの頭をなでながらジェイクがそう話す。


「いつまでも遊び相手が大人ばっかりじゃ可哀そうだと思ってな」

「……お友だちになってくれる?」

「もうとっくにダチだろう、オレたちは?」


 上目遣いで尋ねるユナにリューリがそう答える。


「ありがとー」

「うわっぷ」


 するとユナは喜びのあまりリューリに抱き着いた。


「ところでだなリューリ。お前さんは勝手に街を出たこと以外にもやっちゃいけないことがあったんだが分かるか?」

「いや、全然」


 リューリは考えたこともないことを言われて、ユナに抱き着かれながらきょとんとした表情になる。


「街の外で狩りをするには許可がいるんだよ」

「……マジか?」

「マジだ。今までの事は守衛に話して大目に見てもらったが、これからはそうはいかなくなる」

「どうやって生きていきゃいいんだよ……」


 それを聞いたリューリが頭を抱える。

 実際には無許可で上手くやってる奴もいるんだろうが、一度目をつけられたらもう厳しいだろう。


「そこでだ、俺は狩猟許可を持っている。無制限に狩り放題というもんじゃないが、ひとりが食っていく分くらいはまあ大丈夫だろう」


 別に狩りにこだわらなくてもいいだがなとジェイクは続ける。


「どういうことだ?」

「つまりだな、俺を護衛としてでも雇えば許可の範囲内なら狩りができるって寸法だ。料金は『友達価格』にしといてやるぞ」


 リューリはイマイチわかっていない様子なのでジェイクは半分インチキっぽい方法を教えてやった。

 ジェイクがみたところリューリは14歳かそこらくらいなので、そんなに時間をかけずに自分で許可が取れるだろう。


「お願いします!」


 それを聞いたリューリがぴょこんと頭を下げる。


§


 そして話は冒頭に戻る。


「それで3羽目だから今日はこれまでだな」

「こんどは私がかいたいする!」


 狩猟制限とジェイクは冒険者としては小銭と言ってもいいくらい安く請け負っているので、狩りはだいたい5日に1回程度の割合で行われている。

 そしてなぜかユナも毎回ついてきて、更にユナの訓練にはリューリも参加するようになっていた。

 リューリは今のところ冒険者になりたいというわけではないようだが、ユナとお互い影響しあっているのでこれからどうなるかはわからない。


 なんにせよユナに同世代、――と言っていいのかは少々微妙だが、少なくとも子供の友達ができたのはなによりだとジェイクはじゃれあうふたりを眺めつつ思った。



 そして幼子はやがて少女そして娘となる。

ここまでで一章が終了となります。

次回からまたすこし成長したユナの姿となりますのでお楽しみください。

次章は来週から投稿の予定です。

それと一章まででかなりキャラを出してしまいましたが、誰かお気に入りがいますかね?

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