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17話 犬と猫の狩り

 人目に付かない外壁の傍までくるとリューリは辺りを見回して人気のないことを確認すると、担いでいた袋からかぎ爪の付いたロープを取り出した。

 それを手慣れた様子で外壁の上部にひっかけるとロープを掴み、壁に足をつけて器用に上っていく。ご丁寧な事にロープには滑り止めになるようところどころ結び目が作ってある。


「よしいいぞ。ユナも上がってこい」


 上まで登ったリューリが囁く。

 ユナはこんな形で街を出ていいのか悩んだが、ここまできてしまったんだからと自分を納得させてロープを手に取った。


「んしょ、っと。うわぁ……」


 壁の上に登るとたった3mほどの高さなのになんだか街が凄く変わって見える。


「他の奴の目につく前に降りるぞ」

「あ、うん」


 リューリはロープを回収して、今度は外側にたらすとそれを伝って降りていく。

 そして続いてユナも同様にして降り、ついに街の外に出た。


「んじゃ準備すっからまってろ」


 リューリはそう言うと今度は袋から小型の弓を取り出して弦を張っていく。

 そして何度か引いてみて張り具合を確かめると納得したようでうんうんと頷いた。


「リューリは狩人なの?」

「オヤジがそうだったらしいけどオレは別にそうじゃない。っていうか狩人がどんなもんか良く知らんし」


 どうやらリューリは見よう見真似と猫人の本能だけで狩りをしているようだった。しかしユナも狩りについてはジェイクから何も教わっていないのでとりあえず邪魔をせずに見ていることにする。


「なにを狩るの?」

「羽ウサギっていう耳がでかいウサギだ。皮も肉も良い値段で売れるんだぜ」

「へぇー」


 羽ウサギは別に羽が生えているという訳では無く耳が羽のように大きいというウサギで、保温性の良い毛皮と臭みのない肉を持ち、1羽売れば一般的な職人の日当くらいの稼ぎになる。

 これはスラムでひとりものなら4、5日は暮らせるくらいの金額だ。


「まぁ、ここ3回くらいは1羽も狩れてないけどな……」

「それはざんねんだね」

「んでも今日こそ見つけてやるさ!」


 そう意気込むリューリを先頭に草原を見回しながら歩く。

 ユナは街道から遠く離れた場所を歩くのは初めてだったので草原自体は珍しくもないのに妙に新鮮な気持ちになる。




§§§




(あ……)


 狩りを初めて1時間ほど経ったころ、あたりをきょろきょろと見まわしていたユナの視界にちらりと白いものが映った。草の合間なので良くわからないがウサギの耳のように見える。


「リューリ、あれ」

「あ? おぉ……あれが羽ウサギだ。でかした」


 ユナがリューリの袖を引いて小声で伝えるとどうやら当たりらしくリューリが喜ぶ。


「こっからはひとりで行くぜ」

「がんばってね」


 リューリはそう言うと弓に矢をつがえ、草原を這うようにして風下から羽ウサギににじり寄っていく。

 ユナは同じく体制を低くしているのでどうなっているのかわからないが無事に狩りが成功することを祈る。


 じっと待っているとやがて『シュッ』っという矢の飛ぶ音と『キー……』という動物の悲痛な声が聞こえた。


「やったぜ!」


 そしてその直後にリューリの喜ぶ声が重なる。


「倒したの?」

「ああ、一発だぜ!」

「おめでとー」

「ありがとよ」


 喜びに沸くふたりだったが、その時ふとユナはなんとく訳もなく不安を覚えた。


「……それじゃもう帰ろうよ」

「いや、殺しちまったからなるべく早く解体しないと肉がまずくなるからもうちょいまってろ」

「わかった」


 羽ウサギの解体を始めたリューリの傍にユナが立っていると草原の遠くの方で何かが揺れた気がした。

 そちらに目を凝らすと草をかき分けるようにして何かが近づいてくるのが見える。


「リューリ! なんかくる!」

「またウサギか?」

「ちがう、もっと大きい!」


 そんな言い合いをしている間にもその何かは近づいてくる。そしてある程度の距離になった時にそれが何だかわかった。


「コボルトだ!」

「なんだって!」


 リューリが慌てて羽ウサギを投げ捨てたとき、ふたりの目の前にはコボルト《犬頭の小鬼》が立っていた。

 コボルトは身長140cmくらいで今のユナと同程度の大きさで犬そっくりの頭部を持つ魔物で、本来臆病であるが格下と感じた相手には容赦なく襲ってくる。

 そして目の前のそいつはどこかの死体から剥いできたのか大きさの全然あってないボロボロの服を着て、手には錆びだらけの短剣の抜き身を握り締めている。


「ウァウッ」


 ユナとコボルトは一瞬目が合ったが、それを見てびくりとおびえたユナとは対照的にコボルトが切りかかった来た。


「わあぁ」


 ユナはその一撃を飛び退いて躱そうとするがしきれずに左手の二の腕を軽く切り裂かれる。

 先ほど街で少年たちの攻撃を難なくさばいていたのと同一人物とは思えない無様な避け方である。


「か、からだが思うようにうごかないよ」

「うわわわゎ」


 お互い素手でちょっと痛い目に合わせてやるかという程度の気持ちの喧嘩と、刃物をつきつけての殺し合いでは全然心もちが違う。

 ユナはなんとか立ち上がるが、これからどう動いていいのか全然思いつかず、ただひたすらに痛いくらい早まっているの心臓の鼓動を感じるだけだ。

 そしてその背後にいるリューリもただ慌てるだけで弓で援護することなど思いつきもしない様子である。


(どうしよう、どうしよう…… あ、ナイフ!)


 そうしてようやくナイフを抜いてすらいないことを思い出して慌てて抜きはらい構える。

 相手が武器を取り出したのを見てコボルトは一瞬警戒するが、ぶるぶると震えながら無様な構えを取るだけのユナを見て馬鹿にしたように笑うと再び切りかかって来た。


「ウワゥ。ウォウ!」


 連続で繰り出される攻撃を完全には防ぎきれずに傷がどんどんと増えていく。


「わっ!」


 そしてコボルトの短剣をナイフで受けたときに勢いを止めきれずにそのまま尻もちをついてしまった。

 元々力負けしているうえに体制も悪く、徐々に受けた短剣がナイフで止めきれずに近づいてくる。

 そしてコボルトの吐き出す生臭い息が頬を撫でたとき、ユナは訳が分からなくなり左手の先にあった棒きれをとっさに掴むとコボルトの口に突き入れた。


「ギャワン!」


 コボルトが悲鳴を上げて飛び退き、ユナはその隙に立ち上がるとナイフともに先端がコボルトの血で赤く染まった棒を構える。


「はっはっ」

「ウオォ!」


 ユナが荒くなった息を整えようとしていると、その隙を与えまいと再びコボルトが切りかかってくる。


 キンキンと刃の撃ち合う音が響く。今度は左手の棒を牽制に使いつつなんとかコボルトの攻撃を防ぎきる事に成功した。


「こいつめっ!」


 そして一旦仕切り直しとなりそうになったその時、やっと混乱から立ち直ったリューリがコボルトめがけて矢を放った。


「ギャン! ウオオオン」


 矢は見事コボルトの左肩に突き刺さったが、そのせいでコボルトは今度はリューリに向けて走り出す。

 矢を放ったままの状態で呆然としているリューリが襲われたらひとたまりもない。慌ててユナがコボルトに追いすがろうとすると、リューリを狙おうとしていたのは見せかけだったようでくるりと振り返りユナめがけて短剣を突き込んできた。


(あ、だめだ……)


 その切っ先を見たときユナは躱せないことを本能的に悟ってしまう。


 そして次の瞬間にずぶり、という音と共に真っ赤に焼けた鉄の棒を腹の中に押し込まれたような感触が走り抜けた。

 その時なぜかジェイクが誕生日に買ってくれた髪飾りがちりりと音を立てたような気がする。


(お父さん!)


 なんだかジェイクに勇気をもらったような気分になり、最後の力を振り絞って自らコボルトに抱きつくようにすると逆手にナイフを持ち替え、背中から心臓めがけて突き刺した。


「ギャワァン……」

「えへへ、ざまあみろ……」


 ユナはそういうとコボルトと抱き合ったような恰好のまま地面に倒れる。


「おい、大丈夫か!」

「リューリは無事?」

「オレのことより今はオマエのことだろ!」


 駆け寄ってきたリューリが泣きそうな顔でコボルトを引きはがすが、ユナの腹に埋まったままの短剣を見て顔色が真っ青になる。


「こ、これどうしたらいいんだよ……」

「だ、だいじょう、ぶ、だからリューリはウサギを持って帰らないと……」

「バカヤロー、そんな場合じゃねーだろ!」

「ふふふ、それじゃあ、ね、短剣は抜かない、で。抜いたら多分、血がふき出しちゃう」

「わ、わかった…… それじゃどうすればいいんだ? 街に連れて行けばいいのか?」

「門まで、たどりつければ、なんとか、なる、かも……」

「わかった! 運ぶぞ!」


 短剣をそのままに運ぶとなると背負う事は出来ない。リューリはユナの背中と膝裏に手を回すと渾身の力を込めて抱き上げる。

 リューリの方が一回り体格が大きいとはいえ、脱力した人間を抱きかかえるのは子供には辛い作業だ。


「くそっ! 死ぬんじゃねーぞ!」


 リューリは崩れそうになる膝に耐えながら必死の思いでユナを抱きかかえながら歩きだした。

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