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16話 スラム街

 3つの騎影がゆるゆると街道を進んでいる。

 一仕事終えた後、街に帰る途中のジェイク、マティアス、ノヴェッラの3人である。

 切迫した様子の行きとは違い、明るい雰囲気で3騎は肩を並べるように並足で馬を進めている。


「少し数が多かったけどなんとかなったな」

「あの村はこれからが大変でしょうけどね」

「……ああ」

「どうしたジェイク、上の空だな?」

「すまんな。思ったより早く片付いたとはいえ、ユナを残して5日も家を空けたことが無かったんでどうしてるかなと」

「ふふ、すっかりお父さんになっちゃったわね」


 街道に笑い声が響く。

 共に笑いながらもジェイクはユナは今どうしているだろうと再び考えていた。




§§§




「んー。つまんないなぁ……」


 ジェイクたちが帰途のただなかという頃、ユナはアパートの自室で計算の勉強をしていた。

 最近は文字の読み書きだけでなく、計算も勉強し始めている。

 しかし、ひとりきりだとどうにも調子が上がらず、お世辞にも集中できているという状況ではなかった。


「おさんぽにでもいこ」


 ユナは手に持っていた石筆をぺいっと机の上に放り出すと、少し考えてからこの間買ってもらったナイフを腰に差して部屋を出る。


「あらユナちゃんおでかけ?」

「あ、おばあちゃん。ちょっとおさんぽに行ってきます」

「危ない所に行っちゃダメよ?」

「はーい」


 そして廊下でリビェナに挨拶をすると街へと繰り出した。

 リエージュの街はいつも通りの喧騒の包まれていたが、なぜか今日のユナには少し色あせているように見える。

 特に目的もない散歩なので、ふらふらと東へ歩いていると外壁の内側にぶつかった。


(このかべの向こうにお父さんがいるんだろうなぁ)


「えいっ! あいた」


 そう考えるとユナはなんとなくその壁が小憎らしくなり蹴りつけるが、ただ自分の足が痛くなっただけであった。


「はー…… なにやってるだろ」


 そしてため息をつくと今度は壁沿いに南へと歩き出す。




§§§




 大きな篭を背負った人や荷馬車ががたがたと石畳に揺らされるようにしてひっきりなしに通り過ぎていく。

 東門まで来たユナが見たのは、朝市に野菜や家畜の乳、肉などの食料品、そして農作業の合間に作った日用品の類を売り来ていた街の付近の農民たちが村に帰っていく姿であった。

 ある人は満面の笑みで、またある人は落ち込んだような風であり、その顔を見れば今日の商売がうまくいったのかよくわかる。

 今日の門番はあまりよく知らない人だったので話しかけることもなく、ただ何となく街を出入りする人たちを眺めていた。

 そして武装した人が通るたびにじっと見てはため息をつくという事を繰り返す。


(……ほかのとこにいこ)


 そんな不毛な行為に飽きたのか、ユナは再び外周沿いに南へと歩きだした。




§§§



(……あれ、ここって?)


 ユナがふと我に返ると何となく薄汚れ、そしてすえたようなにおいのする街並みに変わっていた。


(あ、南東区《スラム街》か……)


 どうやらぼんやりとしていたせいで知らず知らずに内に、あまり入るなと言われていた地区に入り込んでいたようだ。

 ユナはしばらく引き返そうかと悩んだが、見たことのない場所を見たいという好奇心には勝てずそのまま進むこととした。


(アパートのまわりと全然ちがうな)


 周囲に立つ建物の高さこそユナの知る街並みとそう変わらないが、建物自体は薄汚れており、道もやけに狭かった。

 そんな風にきょときょとと物珍しそうに歩いていると前方から何やら言い争う声がが聞こえてくる。


「おい、リューリ。お前今月の上納金をまだ収めてないだろ」

「……すぐに払うよ」

「てめぇこないだも同じこと言ってただろ」


 ユナが近づいてみると猫人うさぎびとの少女から人間と虎人とらびとの少年ふたりが金をせびっているところであった。

 3人とも見た目は自分よりすこし上くらいだろうか、それなりの背丈はあるもののまだまだ幼さを残している。


「そこのガキなに見てんだ!」


 特に隠れもせずにその様子を眺めていたユナに気が付いた人間の少年がつかつかと歩き寄って来た。


「君だってこどもじゃん」


 心の中にもやもやとしたものを抱えていたユナはついそんな風に言い返す。


「んだとぉ!」


 すると激高した人間の少年が掴みかかろうとするが、ジェイクとの訓練が体に染みついているユナはするりと避けてしまう。


「さわらないで」

「ざけんなっ!」


 ユナとしては当たり前のことを言っただけのつもりであるが、冷静さを失った少年は今度は拳を固めて殴りかかってきた。

 しかしそれもジェイクの攻撃に比べればまさに子供のお遊びのようなものだ。ジェイクはユナを大切にしているが、それゆえ訓練では鬼教官となり容赦のない攻撃をしかけてくる。

 もちろん手加減はしてるし、なるべく防具のあるところを打ってくるが、それでも体中あざだらけになるくらいだ。


(人型の相手をなるべくケガさせずにたおすには、たしか……)


 ユナは相手の右拳みぎこぶしをかわしざま、そのアゴを横から打ち抜く。

 すると、少年は2歩ほどよろけたあとでがくんと倒れこんだ。


「あれ、くそ! なんで立てねぇんだよ!」


 少年は必死に起き上がろうとするが頭を揺らされ、まるで泥酔したかのように立つことができない。

 ユナはその姿を見て、防御も回避もしない相手はなんて攻撃が当てやすいのだろうと思う。


「危ないっ!」


 背後からの警告でユナはとっさに地面に身を投げる。

 すると今までユナがいた場所を虎人の少年が駆け抜けて行った。


「ちっ、余計なマネしやがって」


 虎人の少年が吐き捨てるように言う。

 どうやら警告をしてくれたのは猫人の少女のようだ。

 地面で一回転してから跳ね起きたユナに向けて再度少年が掴みかかってくる。


「チビが! ちょろちょろすんじゃねぇ!!」


 虎人らしく少年にしてはたくましい体つきだ。もし掴まれたらユナの体格では一方的にやられてしまうだろう。

 しかしそれも、上手くいけばの話である。

 掴まれる直前で体を沈め、少年の腕をかいくぐるとその足を払う。


「うわっ! ぎゃ……」


 すると少年は自らの勢いで宙を飛びそのまま壁にぶち当たると動かなくなった。

 それを確認したユナが人間の少年の方を向くと、なんとか立ち上がってよろよろと逃げていこうとしているところだった。


「きぜつした彼も連れて行ってあげなよ」


 その背中にユナが声をかけると一瞬びくりとした後、よろけながらも走り去ってしまった。


「冷たいね」

「こいつらの仲間意識なんてそんなもんさ」

「さっきは声をかけてくれてありがとね」

「こっちこそ助かったよ」


 ユナは改めて猫人の少女を見る。

 背は自分よりこぶしひとつ高いくらいだろうか、多分13、4歳くらいかなと思うがその割に立派な胸を持っていて思わず自分の胸に手を当てて比べてしまう。


(私はまだこれからだし……)


「ところでお嬢ちゃんはここの住人じゃなさそうだけど?」

「さんぽしにきた」

「……スラムに散歩かい。そのナリで強いだけあって考えることが違うねぇ」

「おねえさんはだいじょうぶ?」

「何がだい?」

「その、あの人たちにあとでひどいめにあわされないかな……」


 猫人の少女はなんだそんなことかと笑う。


「別にいつもの事さ。奴らはここらのガキから金を巻き上げて悪党ぶってるだけだよ。まぁ、そんな連中にオレも言いなりになってるんだからカッコ悪いけどな」

「ふーん。ところでおねえさ……」

「待った。オレことはリューリって呼んでくれ。お姉さんなんてこそばゆいぜ」

「……わかったリューリ。私はユナ」

「ユナか、名前はあんまり強そうじゃないな」


 リューリはそう言って再び笑った。


「おっと、いけねー。狩りにいくとこだったんだ」

「狩りってどこにいくの?」

「そりゃお前、街の外にきまってんじゃねーか」

「あぶないよ」

「大丈夫だって、今まで何回も行ってるけど危ない事なんてなかったぜ」


 胸を張って自信ありげに言うリューリにユナの心が動いた。


「……それなら私も行っていい?」

「オマエもか? うーん…… ま、助けてもらったし良いぜ」

「ありがと」


 ジェイクと一緒にしか街の外に出たことが無いユナは、悪いことをしていると思いつつも胸が躍る。


「それじゃ行くか」

「門はこっちだよ?」


 ユナは見当違いの方向に歩き出したリューリを不思議に思って声をかける。


「門からなんて出してもらえる訳ねーじゃん。こっちでいいんだよ」

「……わかった」


 ユナはいきなり不安になりつつもリューリの後をついていくことにした。

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