15話 黒狼退治2
「それじゃ、案内を頼む」
村長から一通りの状況説明を受けたジェイクたちが村の入り口に向かいブレットと合流する。
ブレットは何も言わずにこくりと頷くと先頭に立って歩き始めた。
「村からどのくらい離れた場所なのかしら?」
「……そん遠くない場所や、30分もかからん」
そう言葉を交わしたのちは一行は無言で、だが周囲を警戒しながら進む。
10分ほどで森の端に着き、そこからは森の中を進んでいく。
そしてブレットの話通り30分ほどで現場に到着する。そこはわずかに開けており、周囲にはキイチゴの実がなる低木が多く生えている場所であった。
「……オイがキイチゴが食べたいなんちゅうたからリリーの奴はここに来ただよ。リリーはオイが殺したようなもんや……」
歯を食いしばってそう言うブレットに3人はかける言葉がなかった。
「あなたが発見したの?」
「そうや」
「辛いことを聞くようだが、どんな状況だった?」
ブレットは一瞬何かをこらえるようにした後でゆっくりと語りだす。
それによるとここに残されていたのは血の跡に服の残骸、そしてキイチゴが入った篭だけだったという。
(となると、体の一部または全部を持ち帰ったという事か)
(……そうなるわね)
マティアスとノヴェッラはブレットに聞こえないようにささやきあう。
「それじゃあこれから追跡に入るがお前さんはどうする?」
「オイもいく」
「……わかった、ただしこっちの指示には従ってくれ」
恐らく無理に帰そうとしても隠れて付いてくるとマティアスは考え、同行を許可する。
「匂いはこっちに続いてるな」
「わずかに何かを引きずった跡もあるわね。……後には血も混じってるわ」
マティアスが狼人のもつ嗅覚、そしてそれにノヴェッラの追跡術を組み合わせる事によってこのふたりは今までなんども獲物を追い詰めてきた。
ジェイクはそんなふたりの邪魔にならぬよう周囲の警戒と、ブレットが妙な事をしないよう監視する役となっている。
「ふたりともこっちよ」
そんなジェイクとブレットにノヴェッラが声をかけ、痕跡を追いかけはじめる。
§§§
「群れの匂いだ」
追跡開始から数時間、マティアスの鼻がついに黒狼の群れを捉えたようだ。
(俺には全然わからんが、ユナもこのくらい鼻が利くのかな?)
ジェイクは試しに自分も嗅いでみるが、ただ単に森の中の匂いという以上のものを感じることはできなかった。
マティアスとノヴェッラがお互い身振りで合図しあいながら慎重に進んでいく、そしてある場所で足を止めると後方のジェイクとブレットを手招きした。
「この先の岩がちの広場に屯っているようだ」
「周囲を巡回してる様子もないところをみるとまだ経験の浅いリーダーが率いているみたいね」
黒狼のリーダーは経験を積むと恐ろしく狡猾になっていく。
群れの周囲に巡回する個体を配置したり、囮、待ち伏せ、撤退する振りなど様々な戦術を覚えていくが、このリーダーはまだ単純に統率しているだけのようだ。
「それは朗報だな」
「数は18頭、想定より若干多いがギリギリ許容範囲ね」
「それでみんな、ここで襲撃をかけるか、それとも戦力は把握できたので村で待ち受けるかのどっちにするかだ」
マティアスが今後の選択肢を提供する。
「オイはここでやりたい」
「罠を張って数を減らすという手もあるが」
ブレットとジェイクがそれぞれ意見を述べる。
「ノヴィは?」
「……数がちょっと多いけど、今なら固まってるから魔法がかけやすいわね。全部吹っ飛ばせるような強力な攻撃魔法は流石にないけど」
確かに村で待ち構える場合は相手はひと塊では来ないだろうから今ここでやる方が効果的だろう。
「よし、ここでやるか」
「それじゃあ作戦を練らないとな。4人で18頭の真ん中につっこんでも勝ち目はない」
「……ジェイクは『閃光』の魔術が使えるのよね?」
「『指輪』を使うだけだがな」
魔術には大きく分けて3つの種類がある。
一つが巻物や霊薬などの『魔術の効果』が封入された型で使用自体に魔力は不要で基本的に使い切りが多い
一つが指輪や杖などに『魔術式』が記録されている型で発動には起動単語と術者の魔力が必要となるが何度でも使用できる。
一つが詠唱その他を全て自前で行う型でこれができる者を魔術師と呼ぶ。
「それならこうしましょう……」
ノヴェッラの考えた作戦はこうだ。
まず最初に『暗闇』の魔術を群れにかけて相手の目を潰す。その状態でマティアスが大きな『音』を立てて注目を集め、ジェイクが『閃光』を使って目を潰す。
暗闇は任意の場所に発動できるが、閃光はジェイク本人からしか発せられないのでなるだけ接近してから使用する必要がある。
あとはマティアスとジェイクが切り込み、ノヴェッラとブレットが遠距離攻撃という手はずだ。
「ブレットはどこか木の上から矢を射てくれ。後衛狙いで分散されても助ける余裕はない」
「わかっただ」
「それじゃあ始めましょう」
全員でうなずき作戦を開始する。
§§§
「闇をもってその目を閉ざせ!」
ノヴェッラの朗々とした声が響き渡ると黒狼の群れの上に黒い霧のようなものが覆いかぶさる。
それと同時にマティアスとジェイクが走り出し群れに近づく。
『ウヴォオン!』
ある程度近づいたところで、突然の闇に戸惑っている群れの上空めがけてマティアスが音弾を投げつけた。音玉とは封を解くと一定時間後にちょっとした音を立てるというだけの魔法具で主に子供の悪戯に使われているが、マティアスはそれを相手の注意をそらすという目的に使用している。
すると狙い通り音玉は群れの真上で発動して、人を馬鹿にするような笑い声を発した。
それを見たジェイクは極細の鋼線を結び付けた指輪を音玉の発動した場所めがけて投げつける。
一般的に魔法具は『身に着けて』使用する必要があるが、この『身に着ける』という部分の解釈が魔法具によって違うようで、ジェイクが持っている指輪は鋼線などに結び付けた先でもある程度の距離までは発動させることができる。ただしその分余分に魔力を消耗するようであるが。
「見るなよ……『閃光よ』」
仲間に小声で注意したあとジェイクが魔術を発動させる。
まるで小さな太陽が現れたかと思うような光が指輪からあふれ出し、そして消えた。
黒狼たちは音玉の方向に注意を向けていたため、その光をもろに見てしまい目がくらむ。
「炎よ我が敵を打ち払え!」
そしてその直後にノヴェッラの火炎魔法が最も黒狼が密集している地点に炸裂し、5頭の黒狼を吹き飛ばした。
「今のうちにやれるだけやれ!」
「おう!」
ふたりは群れに飛び込むとその手に握った獲物を振るい、そして、木に上ったブレットも矢を射かけてくる。
「ウオォオォ」
残り8頭までその数を減らされたときにやっと黒狼のリーダーが視力を取り戻したのか配下に指示を出した。
それを受けた配下は7頭すべてでマティアスとジェイクを包囲しようと動き出す。
(後衛を全く狙わずにすべて目の前の前衛に戦力を振り分けるとは、やはり経験不足だな)
ジェイクは黒狼の群れの動きを見てそんな考えに至るが、それでも7頭の包囲を切り破るのはなかなかに難しそうだ。
「ノヴィ、俺がリーダーに突っ込む、包囲に穴をあけてくれ。ジェイクは雑魚を頼む!」
「いいわよ」
「了解」
マティアスは一気に勝負をつけることを決断して指示を出した。
「でかい魔術はこれで打ち止めよ! ……氷のトゲの雨よ、降りそそげ!」
先ほどのような爆発をともなう魔術では味方に被害が出ると考えたノヴェッラは、大人の人差し指ほどの氷のトゲの雨を一定範囲に上空から降らせる魔術を選択する。
氷のトゲは金属鎧や硬い外皮を持つような敵には効果が薄いが、黒狼の毛皮を突き破るくらいは訳もない。
「キャイン」
「ギャオィ」
「キュイイ」
氷の雨はマティアスとリーダーの間にいた3頭に降りそそぎ、包囲を崩す。
「いいぞ!」
そして、その穴にマティアスが突入していく。と、その時、配下のうち1頭がマティアスの背後から襲おうとする。
「させるかっ!」
それを見たジェイクがとっさに左手の短剣を投げつけると見事その黒狼の背中に突き刺さった。
しかし、それと同時に残る配下3頭がジェイクに襲い掛かってきた。
「くそっ!」
右手の湾曲刀で1頭の横っ面を切り払うが、左から来た奴に腕を噛みつかれる。更にそいつをジェイクがサーベルで突き殺そうとしたとき左足のふくらはぎに激痛が走った。
「うをぅ」
そしてそのまま倒されそうになる。
ジェイクが一瞬どうすればよいか悩んだ時、突然ふくらはぎが噛みつかれている感触が消えた。
「後ろのはやったわ、残りを片付けて!」
いつの間にかジェイクの背後まで駆け寄って来ていたノヴェッラが細剣で黒狼を突き刺していた。
残るはしぶとく左腕に噛みついて居る奴だけとなり、今度こそ一撃を食らわせようとした時、振りを悟ったのか黒狼はさっとアゴを腕から離して飛び退いた。
しかし
「キャイン……」
体勢を立て直そうとした黒狼の頭部に矢が突き立った。
「リリーの仇や……」
ブレットの恨みの籠った一矢で最後の配下が倒されたころ、マティアスとリーダーの戦いも終わっていた。
「そっちも片付いたようだな」
そう言いながら戻って来たマティアスも無事という訳では無く、頬は爪でざっくりと切られており、他にも複数か所噛みつかれたようだ。
「そっちも終わったか。お互い無傷とは言わないが無事で何よりだ」
「討伐の証拠集めは私がしとくから、ふたりは治療してなさい」
「頼むよノヴィ」
討伐の証拠としての耳集めをノヴェッラに任せてジェイクは自分の傷を確かめる。
左手は鋼の薄板を仕込んだ籠手をしていたため多少あざが出来ている程度であった。
しかし左足のふくらはぎは牙が食い込んだ跡があり血が染み出している。しかしふくらはぎにも革製とはいえ防具をつけていなかったのなら噛み千切られていたかもしれない。
(霊薬を使うほどの傷でもないな)
そう判断したジェイクは強い酒で傷を洗い流すと血止めの軟膏を塗ってから包帯を巻いて治療を終えた。当然、霊薬を使った方が早く治るのだがこの程度の傷に使うには高価な品なのである。
§§§
「これで全部倒しただか?」
一段落した頃、どこかまだ呆然とした様子のブレットがつぶやくように言う。
「黒狼は基本的に群れを見捨てて逃げることが無いから恐らくこれで全部のはずよ」
「それに仮に残っていたとしても1頭か2頭くらいだろうし、リーダーの居ない黒狼なんて普通の狼とかわらんから油断さえしなければ問題ないだろう」
「わかっただ」
ノヴェッラとマティアスの説明に納得したようにブレットが頷く。
「マティアス、こいつらはどうするんだ?」
「んー、ジェイクには悪いけどちと考えがある」
ジェイクは転がっている黒狼の死体についてマティアスに尋ねたが、それを聞いてなんとなく察し、好きにしろと仕草で伝える。
それを見たマティアスがノヴェッラに合図すると、死体をひとまとめにした後で獣避けの結界を張った。
「それじゃあ村に引き上げましょう。早く安心させてあげたいわ」
その言葉に皆肯くと、村へと歩き始めた。
§§§
4人が村に戻ると見張りが連絡でもしたのだろう、村長が入り口まで来ていた。
そして結果が気になっている村人もあちらこちらに見受けられる。
「どうでしたかな?」
「黒狼の群れを無事退治してきました」
おおっと村人たちの歓声のあがる。
「よくぞ、よくぞやってくださいましたじゃ……」
次々に村人を失って失意のどん底にいた村長が感極まって涙を流しながら礼を述べる。
「それで黒狼の死体ですが討伐の証拠品としての耳以外は獣除けをしただけでそのまま放置してあります」
「狩りに行ったわけじゃないから綺麗な状態の死体なんてほとんどないけど、それでよければ村で自由にしていいわ」
黒狼の毛皮は最高級品とまではいかないが、実用性、希少性の両面からそれなりに珍重されている。
ノヴェッラの言う通り状態の良くないものが多いが、それでも3人に支払う報酬の半分くらいは取り戻せるだろう。
「助かりますじゃ……」
「回収しに行くならなるべく痛まないうちに行った方が良いぞ」
「そ、それもそうですじゃ、ブレット、案内してくれるか?」
「わかっただ」
そしてブレットを先頭に数人の男たちが急いで村から出ていった。
多くの村民や家畜を失った貧しい村が立ち直るには時間がかかるだろうが、これがその一歩となれば良いなとその時ジェイクは考えていた。




