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14話 黒狼退治1

 すでに朝の日課となっている走り込み、素振り、そして湯屋へ行ってからの朝食を終えると、ユナは訓練後にも関わらず元気にどこぞへか遊びに出かけてしまった。

 手持無沙汰になったジェイクは朝食後の散歩がてら、ここ数日出向いてなかったギルドの様子を見に行くことにした。



§§§



「お、良いところに来たな」

「あらほんと」


 ジェイクがギルドの扉を開けるなり、男女ふたりに出迎えられた。

 ふたりはジェイクと同年代のコンビで活動している冒険者で、男の方が狼人おおかみびとで戦士のマティアス、女の方が猫人ねこびとで魔術師兼斥候のノヴィ(ノヴェッラ)。どちらも熟練の冒険者である。


「会ってそうそうどうしたんだ? ついに結婚でもする気になったって報告か?」

「俺はいつそうしてもいいんだが、コイツが……」

「ちょっと、そんな話をしたいわけじゃないでしょ!」

「ああ、スマンスマン」


 脇道にそれかけた話をノヴィが戻す。

 そしてマティアスは真面目な顔になるとジェイクに声をかけた訳を語りだす。


「今しがた受けた依頼なんだがな、ここから徒歩で数日って距離の村が黒狼こくろうの群れに襲われて、その討伐だ」

「そいつは、対処を間違えると危ないな……」


 黒狼は普段は家族単位で暮らしており、個体の能力は普通の狼よりやや上程度である。

 しかし、まれに家族以上の群れを指導するリーダーが生まれることがあり、このリーダーに統率された群れは非常に組織立って行動することができるようになる。

 更にはリーダーが経験を積むと賢さが増し、群れも大きくなり、そして視界外の配下の把握や、最終的には吠え声をたてずに指示が可能という魔法的な能力を身に着ける。

 以前、100頭ほどまでに膨れ上がった群れを率い、更に全ての能力を身に着けたリーダーがいて、300人もの部隊を返り討ちにしたことがあるという。

 そのため、群れが成長する前に迅速に駆除するため黒狼はこの国では『指定危険種』となっており、討伐すると国から相応の報酬が得られるようになっている。


「依頼者によると今のところ群れは10頭くらいらしいわ」

「ま、最低そのくらいは居るって事だろうな」

「俺を入れて3人だけだとすると、20頭を超えてたら厳しいな……」


 想定よりも群れの規模が大きい場合は村で防戦態勢に入って応援を呼ぶしかないだろう。


「最初の被害が発生したのが8日前、依頼人が村を出た4日前の時点での被害合計が6人に家畜が多数よ。私たちが到着するころにはもっと増えているでしょうね」

「100人に満たない程度の村らしいからな。この調子でやられたら半月もたたずに村が立ち行かなくなるぞ」


 小さな村というのは微妙なバランスの上で成り立っていることが多く、いきなり1割もの村民、しかも家畜まで失ったら村の経営が破綻する恐れすらある。

 本来冒険者は依頼を忠実に達成すればよいのであって、そこまで相手の事を気にする必要はないのだが、マティアスとノヴェッラは人が良くそんなことまで考えてしまう。


「それでなるだけ早く行きたいのだけれども、流石にふたりでは手不足なのよ」

「朝の依頼がはけた後で手すきな奴がちょうどいないってところにお前さんが来たってわけだ」

「なるほど」

「それで一緒に行ってもらえるのかしら? かせて申し訳ないけど遅くとも今日中に返事が欲しいわ」


 そういってノヴェッラはその豊かな胸を押し上げるようにして腕を組みながら聞いてくる。


「……いや、悩んでる時間はなさそうだ、俺で良ければ行こう」

「助かる。無理に頼んだんだ報酬の取り分は大目にするぞ」

「いや、等分でいいさ。それじゃあ一旦部屋に戻って準備してくるがここに集合でいいのか?」

「ええ。ところであのおチビちゃんは平気なの?」

「アパートにいなかったら他の住人か大家に伝言を頼むから大丈夫だ」

「それじゃあ俺たちも準備があるんでまたとでな」

「ああ」



§§§



 ジェイクがアパートに戻った時にはまだユナは帰ってきていなかった。出かけるまでに帰ってこないようなら伝言を頼むしかないと思いながら倉庫として使っている部屋に入る。


(狼が相手だとでかい盾は下が見えなくなってかえって危ないな)


 結局ジェイクは小さめの盾か武器かで悩んだ末に左手には短剣ダガーを持ち、そして右手は足元を切り払うことが多くなりそうなので湾曲刀サーベルを装備することとした。

 防具は鎖帷子チェインメイルを基本として、かみつかれる可能性の高い足の脛やふくらはぎ、腿などを重点的に守るようにする。


「ふむ、こんなものか……」

「ただいまー」


 ジェイクが一通り装備を終えたとき、ユナ階段をととと、という音を立てて駆け上がってきた。


「ユナ、こっちだ」

「あ、お父さん。 ……お仕事?」


 ジェイクが扉を開けて声をかけるとユナは急停止して顔を向ける。そして武装した姿を見て仕事かと尋ねた。


「ああ、今回は数日か、長ければもうちょいかかると思う」

「そんなに……」


 普段受けているのは日帰りか精々一泊程度の仕事ばかりなので、数日かかるというのはユナにとって長く感じるのだろう

 ただ、冒険の依頼全体から見れば数日というのは特に長い方ではなく、10日、20日かかるようなものもざらにある。


「メシはアマンダの店で後払いするから気にせず食べるようにな。それと走り込みと素振りは一人でもちゃんとやるんだぞ?」

「わかった」

「それとな……」

「もう、わかってるよ! ……それよりもお父さん、気を付けてね」

「おう、可愛い娘が待ってるんだからな」


 心配な面持ちのユナをジェイクはぎゅっと抱きしめるとアパートを後にした。



§§§



 ジェイクが集合場所であるギルド前に行くとすでにふたりは準備を終えて待っており、そのそばには馬が3頭繋がれていた。


「またせたな」

「いや、こっちもちょうど来たところだ」

「馬で行くのか?」

「ええ、時間が惜しいのよ。ジェイクは乗れるんでしょ?」

「馬上戦闘は無理だが、移動に使う分には問題ない」

「それで十分だ。というかこいつらは戦馬じゃないから、そもそも戦闘は無理だしな」

「そうだ、馬の借り賃を払わないとな、幾らだ?」

「無理言ったんだから、そのくらいは出させてちょうだい」

「……それじゃありがたく使わせてもらうよ」


 こうして3人は依頼を果たすべく馬上の人となり街を出た。



§§§



「多分あれがそうだな」


 街を出て2日後の、まだ朝早い内に到着することができた。

 村の周囲にはありあわせの木材などで柵が巡らせており、弓や棒の先にナイフをくくり付けた即席の槍を持った見張りと思しき村民の姿も見える。

 しかし、そんな物々しさとは裏腹に村全体に沈んだ空気が流れている気がする。


「だ、だれだ!」

「依頼を受けてきた冒険者ギルドの者だ」

「おお、来てくれたのか! すぐに村長の家に案内する」


 3人に気が付いた見張りが槍を構えて誰何すいかするが、マティアスの返事を聞くと急いで門を開ける。


「馬はどうしたいいのかしら?」

「こちらで面倒を見ておきます。ブレット、お三方の馬を厩に連れて行ってくれ」

「……わかった。それではオイに手綱を渡しちょう」


 三人はブレットと呼ばれた弓を担いだ男に馬の引き渡すと、槍をもった男に案内されて村長の家へと向かう。

 その時ジェイクはブレットの暗く沈んだ目が気になった。



§§§



「よう来て下すった」

「さっそくだが状況を教えてほしい」


 村長宅であいさつもそこそこにマティアスが状況を問う。


「……事の起こりは10日ほど前ですじゃ。森に放っておいた豚の様子を見に行ったら食い殺されとったんじゃ」

「その時点ではまだ黒狼だとはわからなかったのよね?」

「黒狼は遠吠えをしないからな。実際その姿を見るまではわからんか」

「……わしらも狼にしちゃ遠吠えもしてないし、野犬の群れでも森に入り込んだと思いましたじゃ。そんで村から5人ほど腕自慢を出したんですわ」


 ただの野犬の群れであったら、おそらく武装した村民が5人もいれば十分だったはずだ。


「しかし、戻ってきたのはそん内ひとりだけすじゃ。4人も食い殺されて初めて黒い狼だってことが分かりましたじゃ……」

「領主に報告は?」

「すぐにしましたじゃ、しかし狼ごときに兵士は出せないので自分たちで対処するようにと言われておしまいですじゃ」


 どうやらこの辺りの領主は黒狼の恐ろしさを知らぬ無能らしい。


「そのあとも森や畑でぽつぽつ殺されて、昨日9人目の犠牲者が出てしまいましたじゃ。まだ若いおなごじゃったのに…… このままじゃ森に入ることも畑で作業することもできませんのじゃ、なにとぞ黒い狼を退治してくだされ」


 深々と頭を下げた村長が静かに嗚咽を漏らす。


「できれば最後に犠牲者が出た場所まで案内欲しいのだけれども……」


 この状況で村の外に出る勇気のある人間はそうはいないだろうし、それは決して非難されることではない。


「ま、それだけ派手にやってれば俺たちだけでも探せるだろう」


 そうマティアスが自分に言い聞かせるように言ったとき。


「オイが案内する」


 扉を開けて入るなりそう言い出したのは先ほど馬を預けたブレットという名の男であった。

 よくよく見るとまだ若く、20歳を超えていないかもしれない。


「ブレット、気持ちはわからんでもないが……」

「こん人たちに無駄な時間使わせてまた誰か殺されたらどうしちょう?」

「本当にいいんか? あそこは……」

「いいんや! それじゃ村の入り口でまってるき」


 ブレットはそういい捨てるように言うと走り去っていった。


「彼は?」

「最後の犠牲者っちうのは奴の恋人だったんですじゃ」

「そうなのね……」

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