13話 犬人の生まれた理由
ユナとジェイクが訓練を始めてしばらくたったある日の事、訓練後にアパートで木剣のささくれなどをナイフで削り取っている時の事。
「そろそろユナも自分用のナイフが欲しいか?」
「ほしい!」
今まで作業にナイフが必要な時はジェイクが自分のを貸していたが、少なくともこの辺の地域ではある程度の年齢になったら自分用のナイフを持つようになる。
無論、ほとんどの人は戦闘に使う事なんて考えずに、普通の作業用として持ち歩いている。ただし、そんなナイフでも襲われた時などは当然護身用として抜くことになる。
ジェイクが考えているのは作業と戦闘の両方に使えるほどほどの大きさのものだ。中途半端に思えるかもしれないがユナはまだ成長期であり、最終的には作業用としての面が大きくなるだろうという予測の元にそのような考えにいきついた。
「それじゃこの作業を終わらせたら買いに行こう」
「やったー」
人形やらおもちゃでなく、ナイフを買うのを大喜びするのを見て、ジェイクは若干複雑な気分となるが、実際必要なものではあるし、本当に冒険者になるのなら尚更無駄にはならないだろう。
§§§
オリガの雑貨屋のすぐ近くに『刀剣類取扱い』という看板が釣り下がった店がある。『武器屋』ではなく文字通り刀剣の類しか扱っていないという一風変わった店だ。
しかしドワーフの店主の目利きは確かであり、ジェイクも刃物を買う際はこの店を贔屓にしている。
「ここだ」
「ドワーフのおじちゃんとおばちゃんのお店だね」
「入ったことがあるのか?」
「ううん。でも、前をとおった時に何回かあいさつしたことがあるよ」
「なるほど」
最近ユナは一人で街中をあちこちと走り回るようになっている。どうやらその時に顔見知りになったようだ。
扉を開けるとちりりと澄んだ鈴の音が鳴る。
「らっしゃい。今日は父ちゃんと一緒か?」
「うん。私のナイフを買いに来たの!」
「おおそうか、いいもんを選べよ」
「生活と戦闘、両方に使いやすいナイフが欲しいんだが」
「ウチは基本的には戦闘用しかないんだがな。……一応この辺がそうだな」
そう言って店主が案内した一角には主に刃渡りが20cm前後のナイフが並べられていた。
様々な形があるが、どれも無駄な装飾がない実用一点張りという趣の品ばかりである。
「ユナ、好きに選んでいいぞ」
ジェイクが見たところどれもよさそうな品なのでとりあえずは自由に選ばせてみることにした。
「持ってみてもいい?」
「嬢ちゃんよ。握って振ってみなきゃ使い勝手はわからんものよ」
「ありがとう」
ユナはそういうとナイフを手に取り、握りを確かめると人の居ない方へ向けて何度か振ったり突いたりする。
訓練の成果か、なかなか様になっている。
「……ほほう、子供のお遊びってわけじゃなさそうだ」
「ユナは真面目に取り組んでるよ。嬉しいやら悲しいやらだ」
未だにユナが冒険者になることに不安があるジェイクは、訓練をサボるようならそれを口実に辞めさせようと考えていた。
しかし、今のところユナは非常に真面目に取り組んでいてケチのつけようがない。
「おじちゃん、指ではじいてもいい?」
ふたりがそんなことを話していると、ユナが近づいてきて妙なことを聞いてくる。
「弾く? 別に構わんが怪我しないようにな」
「うん」
店主の言葉に頷いたユナはナイフの腹をぴいんという音を立てて指で弾く。そしてぴんと立った耳がぴくぴくと動いて、その音をしっかりと確かめている様子である。
「ユナ、なんでそんなことをするんだ?」
「うんとね、前に大家さんが良いものははじくと良い音がするよって教えてくれたの」
ユナはそういうと次々にナイフを持ち換えて指で弾いて音を確かめている。
そしてそのうちの1本で改めて素振りをすると、うんうんと頷きそのナイフをふたりの元に持ってきた。
「これがいい」
ユナが持ってきたのは見た目は何の変哲もない武骨なナイフであった。
「……お嬢ちゃん。ちょっとこっちに来な」
「これはだめなの?」
「そうじゃないが、ちいっと見てもらいたいものがあるんだ」
「わかった」
そのナイフをしばらくじっと見つめた後で店主はユナをカウンターの方に連れていく。
「母ちゃん! 青の3番の箱を持ってきてくれや!」
「あいよ、ちょっとお待ちよ」
店主が倉庫に向けて声をかけると、中からおかみさんの返事がした。
そしてしばらくするとそのおかみさんが何やら箱をかかえて倉庫から出てきた。
「おまっとうさん。よっと」
「うわぁ……」
「これは、青磁鋼のナイフか」
箱のふたを開けると、中には大小様々なナイフが並んでいるが、どれもわずかに青みがかった刀身を持っている。
これは青磁鋼と呼ばれる鋼であり、ドワーフしか精錬できないことからドワーフ鋼とも呼ばれている。
並みの鋼よりも硬く、それでいて粘りもあり、武器の素材として一級品だ。
そして店主はその中から刃渡りが20cmほどのナイフを取り出すとユナに手渡した。
「これの音も聞いてみな」
「う、うん」
ナイフを受け取ったユナがおそるおそる指で弾くと、りぃんという澄んだ音が響いた。
「すごおい! 水みたいな音!」
ジェイクにはなんとなく綺麗な音というくらいにしか感じないが、ユナは大絶賛である。
「これにするか嬢ちゃん?」
「するっ!」
どうやらジェイクは置いていかれたまま購入するナイフが決まったようだ。
§§§
「……小さくても流石に犬人という事か」
「ん? それはどういう?」
なかなか高額であったが、品が品だけに納得して支払いを終えたとき、店主がつぶやいた言葉がジェイクの耳にとまった。
一瞬しまったという顔をした店主がおかみさんに目配せする。
「お嬢ちゃん。あっちで一緒にお茶でも飲もうか?」
「えーと……」
「俺はこのおっさんとちょっと話があるから相手をしてもらえ」
「わかった」
「それじゃこっちよ」
おかみさんに案内されてユナがてててっと走り去っていく。
「別にあのお嬢ちゃん個人がどうこうって話じゃないんだがな。むかーし、人間の大帝国があった頃にウチと犬人の部隊でやりあったらしんだよ」
「古代魔法帝国は基本的に人間の兵士か魔法生物しか使ってないと聞いたことがあるが」
「ま、なんにせよ例外はあるさ」
「それもそうか」
「それで話を戻すとだな。確かに最初は人間の部隊だけが来てたんだが、武具の質や戦士としての技量ではこっちの方が上だし、鉱山都市ん中じゃ得意の大魔法をぶっぱなすと味方にも被害がでるってんで毎回こっちが優勢に戦ってたわけだ」
「鉱山じゃそうなるだろうな」
強力な魔術師を多数有した古代魔法帝国は野戦や攻城戦でこそ強みを発揮するが、深い森の中や洞窟、鉱山の中ではその力が生かしきれなかったのだろう。
「そのうち攻めて来なくなったんで諦めたんだろうって思ってたんだが。ある日犬人の部隊、……最初は狼人だと思ってたけどな、が攻めてきたって話だ」
「それがどうして犬人だってわかったんだ?」
「狼人は当時はそんなに大規模な集落を持ってなかったはずなのに何度撃退してもやってくるし、なにより奴らが人間の士官の命令に絶対服従してるのが明らかに妙だった」
「なるほど」
狼人は集団性の高い種族で上位者の命令には忠実に従うが、決して他部族を長に選ぶことはないのである。
「そんで、捕虜をとって尋問したり。斥候を帝国に忍び込ませたりして情報収集した結果、こいつらは帝国の魔術師どもが狼人を弄りまわして作り出した種族ってのが判明した。流石に『どうやって作りだした』ってとこまでは探れなかったようだが、5年ほどで成人するほどの急成長をし、狼人と同等の身体能力を持ち、集団行動を得意とし、種族を問わず上位者には絶対服従。まさに兵士にうってつけの存在だ」
「それは本当なのか?」
「またいつ攻めてくるかわからん敵の嘘の情報なんて残しておく利点はないからな。特に当時は記録に対する偏執狂が居たようでな、10年以上もの間、一回の戦闘ごとにどっちの戦力が何人で、そのうち死者、重傷者、軽傷者は何人みたいな情報が名前付きで全部残ってるくらいだわ」
「そりゃまたなんとも……」
「そんな訳でな、兵士として作られた種族だからあんなに刃物に見極めが優れてるのかと思って口走っちまったんだよ」
「なるほど」
そこまで聞いて、ジェイクはふと思った疑問を口にする。
「ドワーフは攻めてきた人間や犬人を今でも恨んでるのか?」
「馬鹿いうな、そんなの単なる昔の話だ。一応お前さんは仮にも父親だから教えておこうと思っただけだ。嬢ちゃんには言うなよ」
「わかってるって、しかしだけ犬人がなんであんなに早く成長するのかがやっと腑に落ちたな」
犬人以外の獣人は大抵――元となった狼人も――20歳前後で成人する。なお、犬人の次に成人が早いのは鼠人の12年程度だが、見た目めは精々15歳くらいまでしか成長しない。
「お前さんに娘にしとくにはもったいないいい子なんだから大事にしろよ」
「ああ、今の俺には何より大切なもんだ。 ……そういえばドワーフと犬人の戦いの結果はどうなったんだ?」
「戦争中に帝国が突然滅んじまってそれっきりさ」
§§§
「えへへー」
「随分と気に入ったようだな」
ユナは流石に街中でナイフを鞘から抜いたりはしないが、それでもいろんな角度から眺めたりしてご満悦の様子である。
ジェイクはそんなユナを見ていると、先ほど聞いた話なんかどうでもよいことのように思えてくるのだった。




