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12話 初訓練

「やっぱりぼうけん者になりたい」


 アマンダたちの店や職人街を見学した数日後、ユナが出した結論は冒険者になるというものであった。

 それを聞いたジェイクの心中にはやっぱりという気持ち、がっかりとした気分、やるなら早く鍛えたほうが良いという考え、まだ子供には早いという現実逃避的な思いなどが渦巻いていたが、一旦それはさて置くことにする。


「とりあえず一度訓練してみるか。……それから考え直したって全然問題ないぞ」


 いや、完全には置けなかったようだ。


「ぜったいやめない!」


 そんなジェイクの言葉に反発するように力いっぱい答えるユナであった。


「その前に今日は準備しないとな」

「じゅんび?」

「ああ、ユナの訓練にギルドの備品は使えんし、かといっていきなり俺の持ってる真剣でやるわけにもいかんからな」

「……お金かかるの?」


 最近になって経済観念というものを覚えつつあるユナが申し訳なさそうにそんなことを聞いてくる。


「子供がそんなこと気にするんじゃない。ただそれを使って真剣に訓練すればいいのさ」

「……わかった」

「ほら、行くぞ!」


 ジェイクはこちらの懐具合まで気にするようになったユナの成長がなんだか嬉しくなって、久しぶりにユナを抱き上げる。


「わわ、お父さん。恥ずかしいよ」

「父親が娘を抱き上げて何が恥ずかしいものか」


 結局アパートを出るまで抱き上げ続けてジェイクはユナに怒られるのであった。



§§§



 まず向かったのは主に中古の防具を扱う店であった。

 まだまだ成長期なので頻繁に買い替える必要があるだろうが、防具を付けた状態で訓練した方がより実践的となるし何より安全なのでその点をジェイクは妥協するつもりは無かった。


「ちょっと大きいけど鎧の下に詰め物をすれば大丈夫だろう。ふむ、意外と様になってるな」

「えへへ」


 選んだのは中古の革の兜に同じく革の鎧(レザーアーマー一式)、それに円形の小盾(バックラー)である。別に子供用という訳では無く、世の中には大人になっても小柄なノームや鼠人といった種族がいるため、種類豊富とまでは言わないがそれなりに子供が着れる大きさの防具も揃っている。

 中古防具屋に姿見《全身鏡》などといいう気の利いたものは置いていないので、ユナは自分の体をきょろきょろと見まわしている。


「重くないか?」

「大丈夫!」


 革鎧は金属鎧に比べれば格段に軽いが、それでも着慣れない子供にはそれなりの重量であろう。ユナはとりあえずは平気のようだが長時間歩いたり、走ったり、武器を振り回したりすれば結果は変わってくるかと思われるが今は喜ばせておくかとジェイクは考え、黙っていることにした。


「それじゃ後は練習用の武器を作るか」

「買うんじゃないの?」

「材料は買うがな、最初は木の棒を多少加工したもんで十分だ」

「お父さんが作るの?」

「作るっていうほど大したものでもないが、俺がやるな」

「すごい!」


 子供が街中で革鎧とはいえ着こんでいるのは目立つので一旦脱がせると袋に入れて持っていくことにした。


「それじゃ次は雑貨屋だ」

「はーい」



§§§



 その後、オリガの雑貨屋で3mほどの握りやすい木の棒を数本と幅広の革紐を購入してアパートに帰って来た。

 そして一旦木の棒はアパートの外に立てかけてから、自室に戻りからノコギリを持ってくると短剣ダガーショートソード長剣ロングソード程度の長さに切り出した。ジェイク用とユナ用でそれぞれ2本づつの計6本である。


「あとは握りやすくするために端を楕円になるように削って……」

「私もやりたい!」

「んー、それじゃ親指と人差し指は添えるだけの感じで握って、手首は動かさずにナイフの刃全体を滑らすように使う。あとは頭の中で完成後の形を考えながらやると上手くいくぞ」

「んしょ、んしょ…… こんなかんじ?」

「お、なかなか上手だな」


 いつの間にかナイフの使い方の練習のような感じになってしまった。しかし、これはこれで良い経験と思いジェイクはユナに注意点などを教えてやらせてみると、初めてにしてはなかなかに器用に削っていくのに感心する。

 とはいえ、ジェイクとは年季が違うため最終的にはジェイクが4本、ユナが2本を削り終えた。


「あとはこの削ったところに滑り止めとして革紐をまきつければ完成だ」

「なんかそれっぽくなった!」


 棒切れよりはマシという程度の木剣だが、ユナは自分で作ったという事もあり大いに気に入った様子だ。


「それじゃ鎧と今作ったものを持って街の外に行くぞ」

「はーい!」


 ユナはこれから訓練をするというのに野掛け(ピクニック)と勘違いしているのではと疑いたくなるくら楽しそうである。



§§§



「これからぼうけん者のくんれんをするんだよ!」

「そうですか、無理だけはしないでくださいね」

「うん!」


 街の東門ですでにいっぱしの守衛という雰囲気を醸し出しているカレンは、ユナに親しげに声をかけた後でジェイクに顔を向ける。

 その目は『まだ早すぎるんじゃないですか?』と雄弁に語っているようであった。


「……そんな目で見るなよ。俺も早いとは思うんだが、ユナの種族を思い出してみな」

「あっ、そうでしたね。それにしてもなぜ冒険者を?」

「本人の強い希望だ。いろんな店とか職人の工房を見せて回ったんだが決意は変わらないようだったんでな」

「そうですか…… もしなにか手伝えることがあれば仰ってくださいね」

「ありがとさん。そのうち練習相手でも頼むかもな。俺だけが相手してると色々と偏っちまうから」

「わかりました」


 カレンとそんな約束をするとジェイクはユナを連れて普段自分が訓練している場所へと向かった。



§§§



「準備運動はこれでいいから、次に素振りの前に防具を身に着けるんだ。早いこと防具の重さや着た感じに慣れたほうがいいからな」

「わかったー」


 準備運動を終えたユナが防具を入れた袋から鎧と兜を取り出してかぶりだす。


「んしょ、んしょ」

「兜もわすれるなよ」

「はーい」


 今回購入した革鎧は単純にすっぽりとかぶるだけのものだ。それをユナがよたよたとしながら着込んでいくのを眺める。


「それじゃあ素振りを始めるか、素振りってわかるか?」

「お父さんが毎日やってるやつだよね?」

「そうだ」


 ジェイクはそう言って長剣ロングソードの長さの――柄の部分を長くして両手でも持てるようにしているため片手半剣(バスタードソード)と言った方が良いかもしれない――木剣をユナに手渡した。


「まずは、両手でこうやって握る」

「ふんふん」

「右手はあまり力を入れちゃだめだ。左手も親指と人差し指には力を入れすぎないようにな」

「ふったら飛んで行っちゃいそう」

「その辺は慣れと、あとは握る力を鍛えないとだめだな。それじゃあ俺がやるのを真似して動いてみろ」


 ジェイクは上段に構えると、振り上げ、そして振り下ろすという一連の動作をユナに見せてやった。


「そんなにゆっくりでいいの?」


 ユナはジェイクがいつもと違ってゆっくりと動くので聞いてみた。


「最初は正しい振り方を覚える必要があるから、素早く振るのはそのあとだな。それとこんな速さでも目の前でぴたりと止めるのは結構難しいんだぞ、ほらやってみろ」

「うん! えいっ! とうっ!」


 見よう見まねでユナが木剣を振るがやはり最後に止めるところがうまくいかない様子だ。

 しかしジェイクの予想に反してあまりふらついたりよろけたりすることがないのは驚きであった。


(……あの毎日やってた穴掘りで下半身が自然と鍛えられたのかもな)



§§§



「はあっ、はあっ……」

「やっぱりへばったな。よし、一旦休憩だ」


 最初は元気よく素振りをしていたユナだが100回も超えたころになると肩で息をしだす。

 ジェイクは頃合いとみて一度休憩を入れることにした。それを聞いたユナはしゃがみ込む。


「なんかすごいつかれる……」

「最初はしょうがないが、いろんな場所に力が入りすぎだな。あとはまぁ、根本的に体力不足だ」

「お父さんはもっとやってるのに…… 私はどれくらいやるの?」

「最初は300回くらいかな、今やった回数の倍くらいだ。最終的には別の振り方や他の武器の素振りも併せて1000回以上はやってもらうことになるな」

「そんなにー」

「嫌になったか?」

「ううん、やる!」

「それに俺がやってるみたいな走り込みだな。これも毎日やるぞ」

「走るのは好き!」

「何かを好きだというのは才能だぞ、大切にしろよ」


 ジェイクは好きという理由でやれるのをなによりの才能だと考えており、だからきちんと身に着けるのにはまず好きになってもらえるような指導を心掛けていた。

 生まれついての足の遅い速いというような事はどうしようもないが、好き嫌いは変えることができるのだから。


「よし、それじゃ続きをやるが、そうだな。まだ何もないところで止めるのは難しいだろうから俺が差し出した棒を目安にしてみろ。直前で止まるのが理想だけど、別に当たったからって気にしないで良いぞ」

「わかった!」



§§§



「よし、最後の1回だ。思いっきり振り切ってみろ!」

「は、はい。 ……えいっ!」


 木剣同士が激しくぶつかり、ガツンといい音を立てる。


「よーし、いい攻撃だ。お疲れさん」

「あ、ありがとうございました……」

「ほら、疲れたのはわかるが地面に直接座っちゃだめだぞ。体が冷えちゃうからな」


 ジェイクはそう言って座り込んだユナを抱え上げると、用意していた古毛布の上に座らせる。

 そして同じく用意していた水の入った革袋を手渡した。


「お父さんありがとう」


 革袋受け取ったユナはのどをこくこく鳴らしながら美味しそうに水を飲む。


「あんまり一気に飲むなよ」

「はーい」


 ジェイクはしばらくユナの息が整うのをしばし待つ。


「それじゃあ打ち込み稽古もやってみるか?」

「どんなの?」

「ユナがどんどん俺に攻撃する訓練だ。俺は基本的に攻撃しないけど、あんまり隙だらけにするとつい手が出るかもしれんから気をつけろよ」

「やりたい!」


 人によっては当分の間ひたすら素振りだけをさせるという訓練方法もあるようだが、ジェイクとしては人と対戦する楽しさを知ってほしいため打ち込み稽古と併用することにしている。


「よし、いつでもいいぞ」

「いくよー!」


 お互い木剣一本だけを持って対峙すると、すぐさまユナがジェイクに向かって切り込んでいく。

 きちんと先ほど教えた通りの上段からの打ち込みに思わずほおが緩む。

 そしてまずは受け止めてみると体勢を崩したりせずに下半身に粘りを感じる。


「いいぞ、どんどんこい」

「えいっ! せやっ!」


 今度は一転して上段切りとは違う攻撃を連続して繰り出してくる。おそらくジェイクの訓練を見ていたときになんとなく覚えたのだろう。ジェイクはそれを受け、払い、時には躱す。


「えやっ! あれ?」


 疲れてきたのだろう、大振りになってしまった横なぎの攻撃にジェイクは自分の木剣をからめるようにして受け流す。するとユナの体がくるりと半回転して背中をジェイクに向けてしまう。

 そして、ぽかりとほどほどの力で頭を叩く。


「あいたっ!」

「隙だらけだったな」

「……はぁ、はぁ……」

「攻撃を避けられたり躱されても視線は常に相手に向けるようにしろ」

「……はぁ……い」

「しかし初日にしては良い動きだったぞ、これからが楽しみだ」


 ジェイクがそうユナを褒めるが息が上がって喜ぶ余裕も無いようであった。



§§§



「それじゃ行きも落ち着いたところで片付けして帰るか」

「あっ! お父さんあっちになんかいるよ」


 今日はもう引き上げようという時になって何かを見つけたユナがある方向を指さす。

 ジェイクがその先に目を凝らすと小柄な頭部が犬の人影が見えた。


「コボルトか、こんな街の近くに居るのは珍しいな」

「コボルト?」

「子供くらいの身長に犬の頭、といってもユナとは違って完全に犬の見た目の頭をもってる魔物だ。人間には敵対的ではあるが、臆病でもあるんでこんな街の近くに、それも1匹だけで来ることはあんまりないはずなんだがな」

「じゃあなんで来たんだろ…… あっ! いっちゃった」


 コボルトはジェイクとユナが注目しているのに気が付いたのか、逃げるように走り去っていってしまった。

 しばらくその場で待ってみたが戻ってくる様子はなかったのでふたりは待ちに戻ることにした。


(単なるはぐれコボルトだろうけど、一応ギルドに報告しておくか)


 その時のジェイクの関心はその程度であった。

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