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10話 1年ぶりの仕事

「うーん。今日も売れ残っちまったか……」


 とある日の午後、ジェイクとユナが冒険者ギルドを訪ねると何やら困った様子のマリエルが目に入った。


「おねえちゃんどうしたの? あたまいたいの?」

「いや、頭が痛いから抱えてたわけじゃねーよ」

「難易度の高い依頼でも来たんですか?」

「そういうのとはちっと違うな」


 綺麗に整った金髪をガシガシとかいて乱しながらマリエルは手元の書類をジェイクに放ってよこした。

 それは他所から受けた依頼ではなく街の役人が発行した依頼書で、そこには数日前街の近くの森の中で狩人が片手のオーガ(人食鬼)を見たという報告があり、それに対して森の『見回り』を要求するものであった。しかし、『見回り』の条件達成として付近の安全の確保が要求されている。

 一見普通の依頼書のようであるが、『見回り』という依頼は報酬が安い。だというのにこの内容は暗にオーガの『討伐』を要求している。つまりは報酬と仕事の内容が見合っていないという事である。


「……これは『契約』してる奴らに任せるしかないんじゃないんですかね?」


 ギルドに持ち込まれる依頼は取り合いになるような割のいいものから、こんな風に何日も放置されるようなものまで千差万別である。

 しかしよほど特殊な――竜を退治しろというな――ものを除いて未解決のまま放置しておくのはギルドの沽券にかかわる問題であり、そのような場合はギルドと『契約』を結んだ冒険者が依頼を解決するという仕組みにしているギルドが多い。

 無論そんな割の合わない仕事をたださせるだけの『契約』なんかでは見向きもされないので、割の良い依頼を優先して受けることが出来たり、有益な情報を流してもらったりの特典が付く。


「今は契約者は丁度出払ってるんだよ。正直いつ戻るかわからん」

「なら報酬を上乗せするしかないのでは?」

「役人には親父が何回もかけあったけどな『現状で被害が出ていないものにこれ以上の報酬は出せない』の一点張りだ」

「お役人様らしいですなぁ」


 そう言いながらジェイクは仕事の難易度について考える。発見者の狩人の情報が確かならオーガは単独でしかも片腕を失っているという。オーガは身長が2mから2m半ほどの狂暴な魔物で知能は低く動きは鈍いが膂力りょりょくに秀でており、下手に攻撃をくらったら重装備のベテランでも一撃死する恐れがある。ただし冷静に対処すれば攻撃自体は単純なため回避はさほど難しくない。特に片腕となれば危険範囲も狭いだろう。


「俺が行きましょうか?」


 ジェイクは総合的に判断して自分一人でも問題ないだろうと結論付ける。そしてこのところギルドには世話になっていることもあるし、ここらで一つ借りを返しておくのも良いだろうと考えた。


「いいのかよ?」

「麗しのマリエル嬢がお困りの様ですしね」

「1年間実戦から遠ざかってるのを忘れるなよ? ……それと恩に着る」

「お互い様じゃないですか」


 おどけるようなジェイクにマリエルが真剣な目をして言う。長い間実戦から離れると自分で考えている以上に衰えている場合が多いのだ。


「おとうさんおしごと?」

「ああ、森に居る悪い奴を退治してくるんだ。明日の朝から出かけるけど良い子でまってるんだぞ?」

「……うん」

「大丈夫だよ。心配するな」


 心配なのかジェイクの袖をぎゅっとつかんでユナ。そんなユナの頭をジェイクは優しくなでてやる。


「すまんなユナ、明日はオレんとこで遊んでろよな」

「いいんですか?」

「そんくらいさせろって」

「助かります」


 まだユナを丸一日の間ひとりで過ごさせるには不安があったのでそのマリエルの申し出はとてもありがたいものであった。



§§§



 翌日、森の中に入っておよそ3時間ほどが過ぎた、そろそろ例の狩人の報告にあった場所になる。

 今日のジェイクは槍に弓、そして考えた末に隠密性を重視して皮鎧を装備してきている。


(派手に食い散らかしてあるな)


 周囲をしばらく探索したジェイクは乱雑に食べ散らかされた鹿の残骸を発見した。

 しかし未だにオーガの姿は見かけていない。


(……やはり罠をしかけるのが一番か)


 森の中で何かを探すに一番必要な物は人手だが、ここには自分ひとりしかいないジェイクは罠に頼ることにした。といっても巨大なオーガを殺せるような罠をそう簡単には用意できない、どちらかというとおびき寄せることが目的となるだろう。

 そしてジェイクは荷物を下ろすと身軽になり、弓だけを背負って罠の撒き餌探しに向かった。



§§§



 やがて仕留めた2羽のウサギを腰につるしたジェイクが荷物の場所に帰って来た。

 そして近くの木の枝に血や臓物の臭いがなるべく周囲に漂うに腹を裂き、睾丸を潰してぶら下げる。その時にウサギを引くと刺激剤があたりにまき散らされるよう細工をしておく。

 準備が終わると罠が監視できる物陰でジェイクは待ちの体勢に入った。



§§§



 待機に入ってから数時間後、堅パンと干し肉をかじっていると罠に近づく気配がある。どうやら野犬のようだがウサギは2mを超える高さの場所に木の幹からも離して吊るしているため飛び付いても取られることは無いだろう。

 ジェイクがそんなことを考えているとその野犬が突然走り去っていった。どうやら目当ての相手がやってきたようだ。

 近づいてくるオーガは身長2m半近くの大型の個体のようで情報通り左手を失っており、右手にはそこらで拾ったと思われる太い枝を即席のこん棒としているようだ。

 ジェイクは食べかけを袋の中に押し込むと、自分も刺激剤を吸い込まぬよう口と鼻を覆い隠すように顔に布を巻き、そしてあの大きさでは弓は効果が薄いと考え槍を手に取る。


「ググゥ……」


 どうやらオーガはその乏しい知能ながらも吊るされたウサギに不信を抱いている様子である。

 しかし、やがて食欲に負けたのかこん棒を投げ捨てるとウサギに手を伸ばし引きちぎろうとした。

 その時、罠が動作して仕掛けられていた刺激剤がオーガの頭に振りかかる。


「グガアアァア!」


 目と鼻の感覚をつぶされたオーガが飛び散る粉を散らそうとしているのか、はたまた暴れているだけなのか右手を振り回す。

 ジェイクはその背後から近づくと重要な臓器のある位置に槍を突き刺した。

 人間ならばその一撃で即死のはずだが、異常ともいえる生命力を持つオーガは倒れる様子が無い。しかも槍がその分厚い筋肉によって締め付けられて抜けなくなってしまう。

 ジェイクは槍から手を離すと、オーガ相手に片手剣は心許ないと感じたために代わりに用意した戦斧バトルアックスを構える。


「ガアアアアアァ!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたオーガはある程度視力が回復したのか、右手で下手な武器よりも強力な拳を振り下ろしてきた。

 確かに当たれば恐ろしい一撃ではあるが、右手だけ、しかも武器が無い状態では体の左側には攻撃が届かないためジェイクはさほど脅威には感じなかった。

 それでも油断だけはすることは無く、オーガの左側に回り込むようにしつつ幾度も戦斧を叩き込んでいく。


「ググッガァ……」

「流石にしぶといな……」


 両手の指に余るほどの回数の斧を浴び、相当な血を流してもまだオーガは倒れない。

 しかしそれでも動きは徐々に緩慢になってきている。

 そして左の膝に斧が命中したときについにオーガは倒れこむようにして膝をついた。


(あれはっ!)


 とどめを刺そうと踏み込んだジェイクの目に一瞬オーガが何かをつかんだのが映る。とっさに後ろに飛び下がるとその目の前をこん棒が恐ろしい勢いで通過していった。

 偶然か狙ってかわからないが、丁度オーガが右手をついた場所に先ほど投げ捨てたこん棒があったようだ。

 しかし両膝をつき、右手しかない状態で無理に腕を振るったため完全に倒れこんだとなってしまう。


「悪いが止めだ!」


 固く嫌な感触と共に戦斧がオーガの頭部に深々とめり込んでいく。さしものオーガも数回痙攣した後に動かなくなった。


「……ふぅ。 終わったか」


 しばらく余韻を味わった後に斧と槍をオーガの体から引き抜き、血をふき取ってから装備しなおす。

 そして討伐の証明として短剣で耳を切り落とし革袋にしまい込んだ。


「持っていたものはこの棒きれのみで他に装備品はなし、しかも素材となるような部位もなしときてる」


 これであの報酬では確かに引き受けてはいないだろうなと考えつつ、ジェイクは戦いの場を後にした。



§§§



「おとうさんっ!」

「汚れてるから離れとけ」

「そんなのいいもん!」


 ジェイクが街に戻ってきてギルドの扉を開けると、座っていた椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がったユナが飛び付いてきた。

 なだめすかしても、血や泥で薄汚れた鎧の上からもう話さないとばかりにしがみついたままだ。


「無事帰ったようだな」

「片手のオーガ1匹くらいならなんとでもなりますよ」

「オレもユナに何度もそうは言ったんだがな、心配なもんは心配なんだろ」


 マリエルが優しい目をしてユナを見つめながら言う。

 ジェイクはこうして待っている人が居る喜びをった。そして今までは別にいつ死んでもかまわないという気持ちが心のどこかにあったのを改めないといけないなとも感じていた。


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