9話 街中をあちこちと2
「おとうさんあけたよ」
「ありがとうユナ」
ジェイクはユナに冒険者ギルドの扉を開けてもらい、えっちらおっちら木箱を抱えて中に入る。
「なんだジェイク、運び屋に職業替えしたのか?」
そんなジェイクをからかうように声をかけ来たのは、以前、同じ傭兵団に所属していた熊人のモーゼスであった。
「あっ、くまさん!」
熊人は獣人の中でも獣の容姿に近い種族であり、特に頭部はかなり熊らしさを残している。
そしてその一員であるモーゼスは2m近い身長に、まるで鎧のような分厚い筋肉をまとっていて、なおかつその外見からは想像もつかないほどの敏捷さを誇る、まさに怪物であった。
そんな一般人なら見ただけで怖気づいてしまうようなモーゼスに、ユナは恐れる様子もなく子犬がじゃれつくようにまとわりつく。
「おうユナ。今日も元気そうだな」
「うん!」
ユナはモーゼスが差し出した腕にぶら下がって遊んでいる。
「魔法使いは怖がってたのに熊は平気なんだな」
そこに荷物をカウンターにいるマリエルに引き渡してきたジェイクが話に加わった。
「なんだ、ユナは魔術師が怖いのか?」
「こわがってない! おばあちゃんはいいまほうつかいだもん」
「さっきはびびって尻尾を丸めて俺の後ろに隠れてなかったか?」
「……ほんのちょっとだけだもん」
「なんかあったのか?」
「ああ、ついさっきな……」
ジェイクはモーゼスにセルマの店での顛末を聞かせてやった。
「なるほどな。確かにあの婆さんは空恐ろしいトコがあるな。なんていうか気が付いたら首だけにされて瓶の中に浮かべられてそうというか」
話を聞いたモーゼスが頷く。
「そういえば話は変わるが、モーゼスは傭兵の仕事は最近やってるのか?」
ジェイクがふと気になったことをモーゼスに尋ねた。
「そうだな、1年前にお前さんと一緒に受けた東国の仕事が最後だな」
「やっぱりそうか」
「うちの国はいまのところ戦の気配がないからねぇ。まぁ、人間同士が争わないのはいいことさ」
そこにジェイクから受け取った荷物の始末を終えたマリエルがやってきて会話に加わる。
「北の国境はずっと小競り合いをしてるみたいだが?」
「そうなんだがね、どっちも守りが硬くて攻め込めない状況でさ。っていうと膠着してっからあんま傭兵の出番はないんだわ」
「国の兵だけで事足りてるって訳か」
「そういうこった」
ジェイクが北の国境の話を持ち出すが、どうやらそちらでも傭兵の需要はないようであった。
「それじゃモーゼスは何やってるんだ?」
「いや、ここんとこはとある商会の隊商護衛をやってる。専属にならないかと言われてるが警戒ばかりの仕事をやり続けるのはあんまり気乗りしないな」
「モーゼスは根っからの戦場傭兵だしなぁ」
傭兵団でも一二を争う腕利きだったモーゼスからすれば、この辺りで行うような対象の護衛では物足りないのだろう。
「そんならドラゴンとは言わないが、手ごわい魔物狩りでもすればいいじゃないのか?」
「魔物はなぁ、人間や獣人と考えというか、呼吸が違いすぎてなんかワシにはしっくりこないんだ」
「あー、なんかわかる気がするな」
ならば魔物狩りをすれば良いというマリエルの言葉をモーゼスが否定し、ジェイクもそれに同意する。
「そんなもんかね? オレからしたら人間も魔物も同じ有象無象だがな」
しかしそれがマリエルには理解できない様子である。
「魔物って言えば、こないだアラン達の3人組がアラクネ狩りに行くって言ってたな」
「おいおい、あの坊主達だけでいってたのかよ、大丈夫か?」
「モーゼスは知らんだろうけど、ヤツラはジェイクがしばらく鍛えてたんだぜ」
「ほー、それなら上手くいくかもなぁ」
魔物の話題が出たところでジェイクが3人組を思い出して話題に乗せた。
「おーいマリエルよ。話し込んでるところわるいんだが俺は状況報告に城までいってくるんで後は頼むぜ」
「あいよぅ」
声をかけるダニエルに、マリエルは振り向きもせずに手をひらひらと振って答える。
「城か……」
「おしろっておひめさまがすんでるところだ!」
「……あそこに姫なんて居たか?」
「『鬼』姫なら居たはずだぜ」
ジェイクのつぶやきにユナが姫がいる場所だと言い出すが、モーゼスとマリエルの反応は微妙なものであった。
「親父さん。俺たちもついて行っちゃだめかね? ユナに城を近くで見せてやりたいんだが」
「城の中に入らんなら大丈夫だと思うが、内門で断られても文句言うなよ?」
「そんときゃ素直にあきらめるよ」
「ならついてきな」
「やったー」
そんな訳でジェイクとユナはダニエルについて行くことにした。
§§§
リエージュの街は大まかに『北西部』、『北東部』、『南西部』、『南東部』の4つに分けられ、以下のように分類される。
『北西部』は旧市街と呼ばれていて他の区域とは城壁で仕切られており、その中には領主の住む城と、騎士を含む貴族や役人の住居が立ち並んでいる。
『北東部』はジェイクの住むアパートや冒険者ギルドなどがあり、主に中下流層の住む地域。
『南西部』は平民の中でも比較的裕福な者が住んでいる地域。
そして『南東部』はほかの区域より格段に狭く貧民街とも呼ばれ、食うや食わずの人間が多い場所だが、守衛隊の努力により最低限の治安は保たれている。
そんな『北東部』と『北西部』を遮る城壁にある、通称『東内門』へジェイクら3人は来ていた。
「ようダニエル今日は報告日か? ところで後ろのふたりはどうしたんだ?」
東内門の警備にあたっていたのは守衛隊長のローランであった。
「嬢ちゃんに城を近くで見せてやりたいんだとさ」
「駄目かね、隊長さん?」
「だめー?」
ローランは腕を組んでしばらく考え込む、実は内門を通るのには別に許可証やそういった類のものはないのである。必要なのはその人物の信頼であり、何かあった場合は本人はもとより通した守衛の信用問題となる。
「お前さん方なら大丈夫だと思うが、中で騒ぎはご法度だぞ」
「わかってます」
「なら、通ってよし」
「ありがとー」
ダニエルの後に続いて、振り返りながらローランに手を振るユナと一緒に内門をくぐるとそこは旧市街であり、心なしかぴりっとした空気が流れているように感じられた。
「嬢ちゃん。ローランの野郎も言ってたがここで大きな声とか出しちゃいかんぞ。こっちが平民だと思うと変に絡んでくる奴も居るからな」
ユナは両手で口を塞ぎながらこくこくと頷く。
「そこまではしなくていいけどな」
「ま、騒ぐよりはいいだろ」
そんなことを話しているうちに城の正門の前に到着する。
リエージュの城はさほど大きいものではないが、四隅に円形の断面を持つ塔を配し、川から水を引き込んだ堀に見上げるほどの城壁で囲まれており、堅牢そのものであった。
「うわー……」
そんな城を間近で見たユナは感動の面持ちである。
「それじゃ俺は行くからよ。ほどほどで切り上げて帰れよ」
「親父さんありがとう」
「またね」
ダニエルは跳ね橋を渡ると門番と何やら一言二言言葉を交わし、正門の横にある通用門に入って行った。
そしてその通用門から入れ替わるようにして、白を基調とした上衣にズボンを穿き、濃紺のマントを羽織り腰には長剣を差している、いかにも『騎士』という身なりをした青年が出てきた。
「あっ! きしさまだ!」
「あ、こら」
そんな絵にかいたような騎士像の青年を見て、ユナが思わず大きな声を上げてしまう。するとその青年がふたりに気がついたのか歩き寄ってきた。
「こんにちは、オーウェン=ハルフォードと申します。ちいさなレディあなたのお名前は?」
「あ…… ユナです」
「素敵なお名前ですね」
颯爽とした青年が名乗り、名を問うとユナはもじもじとしながら答える。あのユナにこのような態度を取らせるとは流石に騎士というところだろうか。
「あの、あの。おひめさまはどうなりましたか?」
「……ええ、彼女は幸せに暮らしていますよ」
「よかったー」
「おっと、迎えが来たようですので私はこれで、ユナ嬢、またお会いいたしましょう」
「は、はい」
ユナの相変わらず物語と現実を混同した質問にオーウェンは一瞬考え込むが、にっこりを笑って恐らくはユナの望むであろう言葉を返す。そして迎えに来た従者と思しき初老の男性と去っていった。
「流石に貴族様は女性の扱いが上手いなぁ」
「きぞくじゃなくてきしさまだよ」
(……この国の騎士っていうのはそれすなわち貴族なんだが、その辺を理解させるにはちと早いか)
「まあ、お姫様には会えなかったけど騎士様には会えてよかったな」
「うん!」
「それじゃそろそろ帰ろうか、俺のお姫様」
「はーい」
こうして大満足のユナの一日が終わった。




