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8話 街中をあちこちと1

「こうしてお姫様は騎士様と幸せに暮らしました、とさ」

「はーよかった…… きしさまがしんじゃうかとどきどきした」


 お姫様をさらった魔法使いから騎士が助けるという、よくある題材の子供向きの本を貸本屋から借りてきてアパートの自室でユナに読み聞かせてやると、ユナはジェイクにぴったりくっつき、字は読めないが時折はいっている挿絵を見て物語に夢中になる。

 そして読み終わると聞いている間に体に力を入れすぎたのか、緊張が解けてへなへなと崩れ落ちるようにしてジェイクに寄り掛かる。

 その全身で物語を楽しんだような姿を見て、読み書きができるようになれば色々と選択肢が増えるだろうとふと思った。

 ジェイク自分自身も傭兵団で文字を教わってからは世界が広がった気分になったものだった。


「ユナ、こういう本を自分で読めるようになりたくないか?」

「なりたい!」

「なら文字をおぼえないとな」

「おべんきょう?」

「そう、勉強だ」

「うー…… わかった」

「文字を覚えれば本が読めるだけじゃなくて、街の中の看板がなんだかわかるし、自分の名前が書けるようになったりもするぞ」


 勉強と聞いたとたんに耳がへにょっと倒れたユナに、ジェイクはそういって慰めてやるのだった。


「とりあえず文字を覚えるための道具を買いに行くか」

「はーい」


 出かけるのが好きなユナは今度は急に元気なる。


「その手の品がどこで売ってるか分からないけど、とりあえず雑貨屋へいってみるか」

「ざっかやさん?」

「ああ、ユナは行ったことなかったか」

「たぶん」

「ま、楽しみにしとけ」

「うん!」


 ジェイクが行きつけの雑貨屋はオリガというノームの中年女性が経営していて、身長はリビェナよりやや高い程度だが、体重はおそらく倍以上はあろうかという恰幅の良い人物だ。

 そのオリガをユナが見たときに驚く姿が目に浮かび、思わず笑みを浮かべてしまう。


「なんでわらってるのー?」

「ユナと出かけるのが楽しいからだよ」

「わたしもー。えへへ」


 出てきた言葉は嘘ではないのだが、なんだかだましているような気分になるジェイクだった。



§§§



「うわー! まるーい!」


 オリガの雑貨屋の中に入ったユナの第一声がそれであった。


「あっはっはっは」

「あー、すんません」


 子供のそんな反応にもなれっこなのか等のオリガは楽しそうに笑っている。

 そして驚くのはともかく、大声でそこまで言うとは思わなかったジェイクは平謝りする。


「いいからいいから。とこで今日は何の用だい?」

「ああ、この子。ユナっていうんだが、文字を教えようと思ってね。それで石板と石筆を買いに来た」

「なぁる。ならこの本も一緒にどうだい?」


 そういってオリガがカウンターの奥から取り出した一冊の本の表紙には『もえもじ!』という意味の分からない単語と、やたら目が大きい少女らしき絵が描かれていた。


「えっと…… これは一体?」

「こないだウチに変な男が来てね。この世界のしき、しき、なんだっけかな…… そうそう、『この世界の識字率しきじりつは目を覆うばかりだ、それを改革するためにこの本を書いた。これを読めばすぐに文字を覚えて読み書きが出来るようになる』みたいなことをほざいて置いていったのよ」

「……大丈夫なのかそれ?」

「それが、謎の表題と珍妙な絵に目をつむれば確かに覚えやすそうな内容だったのよ……」


 オリガとジェイクが顔を見合わせて沈黙する。


「わー、かわいいね!」


 思わず考え込んでしまったふたりの横でカウンターによじ登るようにしたユナがその本をめくっている。

 どうやら妙な絵は相当な割合で描かれており、しかも妙にユナの評価は高いようだ。


「ユナは気に入ってるようだし試しに買ってみるか。それで値段は?」

「銀貨1枚」

「えっ、安すぎるだろ」

「それもその男のなんだか理解できない考えによって決まっているみたいよ。ちなみにウチの取り分はそこから半分」

「……篤志家とくしかなのか狂人なのかわからんな」


 ジェイクは悩んだ末、ユナが気に入ってしまったため結局、石板、石筆ととものその『もえもじ!』なる学習用とおぼしき本も購入してオリガの店を後にした。



§§§



「おとうさん、わたしがもつ!」

「落としたら割れるものが入ってるから気を付けるんだぞ」

「はーい!」


 店を出るとユナは自分のものだから自分で持ちたいと言い出したので、さほど重いものでもないと思いジェイクは買ったものを入れた手提げを手渡した。

 

「さて、折角外に出たわけだしこれですぐ帰るのももったいないな…… そうそう、割引する代わりにセルマの店にユナを見せに行く約束がまだったな」

「ほかにどこかいくの?」

「その頭についてる髪飾りを買った店だ。そこの店主がユナに会いたいってさ」

「それじゃいこう!」


 片手に手提げ袋、そしてもう片手にジェイクの手を握り締めたユナが元気に歩き始める。



§§§



 ジェイクとユナが相変わらず『セルマの店』なる、商い不明の看板の店のなかに入るとその店主のセルマはカウンターで眠りこけているようだった。


「おーい婆さん。約束通りユナを連れてきたぜ」

「誰が婆さんじゃ、この小僧っ子が」


 ジェイクの言葉で目を覚ましたセルマがすかさず言い返す。


「あっ……」


 そのセルマの姿を見たユナが急にジェイクの後ろに隠れてしまった。


「ん、どうしたんだ?」


 人見知りしないユナにしては珍しい行動に驚いたジェイクが声をかける。


「おひめさまをさらったまほうつかい……」

「そりゃ婆さんは確かに魔法使いだが…… ってあの物語の魔法使いと同じだと思ってるのか?」

「そっくりだもん!」


 どうやらユナは先ほど読んだ本に出てきた悪い魔法使いとセルマが同じだと思っているようだ。


「ほう、どんな本なんだい?」

「ああ、ありがちと言えばありがちな内容だったな。確か魔法使いの老婆がどこぞの国の姫をさらって体を入れ替える魔法を使おうとするが、その準備中に騎士が助けに来て成敗されてめでたしめでたしってやつだ」

「かーっ! 心身入替なんていう高難度な魔術に挑戦する心意気は買うが、一国の姫なんて言う奪還の可能性が高い人間を被検体に選ぶのは愚かしいねぇ。身寄りのない娘を攫ってくるか、なんなら人造人間ホムンクルスでも作るべきだったろうに」

「いや、そういう話じゃないから……」


 なんだか的の外れたような事で嘆くセルマに呆れるジェイク。


「……おばあちゃんもわるいまほうつかいなの?」

「いーや、私は良い魔法使いだよ。昔は悪人どもをばったばったとなぎたおしたもんさ」

「すごいなー!」

「嘘くせぇ……」

「なんか言ったかい?」

「いや、なにも」


 セルマの言葉を簡単に信じたユナは先ほどまでのおびえた態度から一転して目を輝かせる。


「そんじゃ私の若いころの武勇伝でも披露してやろうかね……」


 そんなユナの様子に気を良くしたセルマがどう考えて嘘っぽい冒険譚を語りだした。



§§§



「……おっと、すっかり話し込んじまったね」


 チキキッっと店内でまるで金属で出来た鳥が鳴くような音がすると、延々と話していたセルマが我に返る。以前ジェイクが聞いた話によると一定時間ごとにその音で知らせる仕組みの品があるらしい。


「もうおしまい?」

「続きはまた今度な、いつでもおいで」

「うん!」


 すっかりなセルマになついてしまったユナが再訪の約束をする。


「あー、もう行くのが面倒だね…… おっと、ここに丁度いい坊主がいるじゃないか」


 セルマがいかにもわざとらしくジェイクに気が付いたふりをする。


「なんか押し付ける気?」

「そんな面倒な事じゃないよ、冒険者ギルドに頼まれてたあれこれを運んでほしいだけさ」

「そんくらいならまぁ、こないだの値引きしてもらった借りもあるしな」

「よしよし。それじゃあ、これと、これと、これを持って行っておくれ」


 そう言ってセルマはジェイクがなんとか抱えられるくらいの大きさの木箱を3つカウンターに並べた。


「3つもかよ…… ってしかもかなり重いな」

「落とすんじゃないよ? 中のもんを壊したりしたらお前さんの体の部品を全部もらってもおっつかないような品なんだからさ」

「怖いこというな」

「わたしがもとうか?」

「……気持ちだけ受け取っておくよ。そんじゃユナは扉を開けてくれ」

「うん。おばあちゃんさよなら!」

「ああ、さよなら」


 ユナに扉を開けてもらうとジェイクはよろけるように店を出た。

 ちょっとした外出のつもりだったが、あちこちとめぐる日になりそうである。

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