6話 誕生日2
「せっかく人が店番の代わりをしてたってのに。それなら最初から言ってくれよ……」
あれから宣言通り2時間ほどで戻ってきたセルマはジェイクを見るなり「まさかずっとここで待っていたのかい? 暇人だねぇ」とバカにしたような、あきれたような口調で言ったのだった。
そんなひと悶着もあったが、無事にきれいに梱包された髪飾りを受け取ったジェイクはユナを迎えにアマンダの店へと向かっていた。
まだ昼をちょうどくらいであり、このまま店で誕生祝というには早すぎるのでいったんアパートへ帰るつもりであった。
「ジェイクさん!」
「よう、ニコラスとゆかいな仲間たちじゃないか」
「ゆかいな仲間たちじゃねーよ」
「わはは」
その途中でジェイクは、以前訓練を担当していたアラン、ニコラス、ジェシカのルーキー3人組に出会った。
あれからおよそ半年間、5日に一度程度の頻度で訓練を続けて、ついこの間に及第点だろうという事で訓練は終了になっていた。
「ところで、これから出かけてきますって格好だがちょっと遅くないか?」
「ジェシカの奴が朝になって急に『自分も弓を持っていく』って言いだしやがったんだよ」
「それで店が開くのを待ってたら少々遅くなってしまいました」
「なによ、なるだけ遠距離のうちに敵を弱めていくって言ったのあんたたちでしょ?」
「それはそうだが、せめて前の日に言い出せよな」
「今日思いついたんだから仕方ないじゃない!」
冒険者は大抵朝早くに出かけるものだ。だからこそ冒険者ギルドは夜が明けるころにはすでに開いている。
なので街を出るにはちょっと遅いと感じたジェイクが理由を尋ねると、慎重ともわがままとも、準備不足とも言える答えが返ってきた。このあたりがまだまだルーキーな部分なのだろう。
「準備不足で後悔するよりは良いと思うぞ」
「ほらみなさい!」
「だからといって出発当日もどうかとおもうがな」
「……はあい」
「それでどこに行くんだ? 無論秘密なら言う必要ないぞ」
ジェイクは胸を張ったり、へこんだりと目まぐるしく表情の変わるジェシカになんとなくユナの面影を感じながら3人の行き先を尋ねる。
「アラクネ狩りだぜ!」
「以前、ジェイクさんの訓練を受ける前ですが、一度アラクネの巣があるという遺跡後に行ったことがあったのですが、全くかなわずに這う這うの体で逃げ出したんですよ」
「今回はその雪辱戦ってわけ」
「なるほどな」
今の3人の実力なら冷静に対処さえできれば、ギリギリなんとかなる相手であろうとジェイクは判断した。無論危険が大きい相手ではあるが、上の目指すならいつも安全圏で戦っているわけにもいかない。
「知ってるだろうが奴の爪には毒がある。解毒魔法はまだ使えんだろうから解毒剤は用意したか?」
「もちろんだぜ」
「あとは、敵は常に1体とは限らん。同じ縄張りにアラクネが2体いるという可能性はほぼないが、戦闘中に別の魔物が寄ってくるかもしれんから注意しろよ」
「その辺の警戒は僕がするつもりです」
「んじゃ、あんまりぐちぐち言っても仕方ないな。頑張って来いよ」
「ええ、まかせて!」
元気いっぱい夢いっぱいといった感じの少年少女たちと別れ、再びジェイクはアマンダの店へと向かう。
§§§
「おとうさんどこいってたの!」
店についたジェイクを迎えたのは、ほっぺたを膨らまして腰に手を当ていかにも『私は怒っています』という格好をしたユナであった。
その様子が微笑ましく、つい笑ってしまったジェイクだったがそれがさらにユナを怒らせてしまう。
「もー! なんでわらうの!」
「ごめんごめん。ちょっと用事があったんだが、お前が良く寝ていたもんでな」
そう言いながら頭を撫でて機嫌を取ると、ユナの顔はまだぷりぷりとした様子だが、尻尾はご機嫌なように左右に振られるようになる。
「ユナの面倒をありがとうなふたりとも、それじゃまた後で」
「ええ、またねユナちゃん」
「さよなら!」
挨拶をして店を出る、するととたんに
「おとうさん、かたぐるま!」
「はいはい、っと」
と、ユナがジェイクに肩車をせがむ。
肩に乗せるためユナを抱き上げると、そのずっしりとした重さに成長を実感するとともに、すぐにこんな風に抱き上げられなくなるのだろうといった寂寥感に襲われる。
そして以前は成長が早いのは良いことだと思っていたのに、最近はもっとゆっくり大きくなれば良いなどと虫のいいことを考えている自分がいる。
「どうしたの?」
「いや、ユナも大きくなったなぁと思ってたんだよ」
「すぐにおとうさんくらいになるよ!」
「それは楽しみだな」
急に動かなくなったジェイクを不審に思って尋ねたユナにそう答える。
§
「あ、カレンおねえちゃん!」
ルーキーの訓練のためにちょくちょく街の門を通っていた関係で顔見知りとなっていた守衛のカレンをユナが見つけて、手を振って呼びかける。
「こんにちはユナちゃん。ジェイクさん」
「よう、元気そうで何よりだ。最近街の様子はどうなんだ?」
「街中は比較的平穏なんですが、警邏隊によると街の外では魔物の目撃件数が増えてきているそうです」
カレンは相変わらず生真面目な様子でそのような情報を伝える。
警邏隊とはカレンの所属する守衛隊と対になるような存在で、主に近隣の町村や畑などの街の外を巡回して異常の発見、対処を行う部隊である。リエージュの街においては守衛隊とほぼ同等の50人程度であり、街の戦力としては合わせて100人ほどになる。
そんな話を聞いて、ジェイクは魔物を狩るのを生業としている冒険者には良いかもしれないが、世間一般からすると良くない傾向だなと考える。
「となると冒険者ギルドにも依頼が増えてくるかもしれんか……」
「そうですね。それでは私はこれで」
「おねえちゃん。さよならっ!」
「さようならユナちゃん」
カレンは最後に少しだけユナに微笑むときっちりとした足取りで去っていった。
(……そろそろギルドに復帰することも考えた方が良いか)
ジェイクは頭の上で手を振るユナと一緒にカレンを見送りながらそんなことを考えていた。
§§§
「おとうさん。おしっこいってくる!」
アパートに帰るなりユナが我慢していたのかトイレに駆け込んでいく。
「あら、ジェイクさんお帰りなさい」
「ただいま、リビェナさん」
ジェイクがそんなユナを見送ると、ちょうど階段を下りてきたリビェナと鉢合わせする。
「そういえばユナちゃんがここにきて今日で1年だったかしら?」
「ええ、よく覚えていますね」
「印象深い子だからねぇ」
「いつも騒がしくして申し訳ないです」
「そんなことは無いわ、私も元気をもらって若返った気持ちよ」
「それで正確な誕生日がわからないので、もののついでという事で今日をユナの誕生日としたんですよ」
「あらそうなの、おめでたいことね」
リビェナが微笑んで言う。
「そうそう。恐縮ですがご都合が良ければまた夕方まで預かっていただけないでしょうか?」
「かまわないけど、どこかにおでかけになるの?」
「いえ、一度武器の手入れをしておこうかと思いまして」
「わかったわ、それでユナちゃんは?」
「今、トイレ行っています」
と、ジェイクが答えたときにトイレの扉が開いて中からダダダッっとユナが走り出てきた。
「ちゃんと手を洗ったか?」
「あらったよ!」
「ならよし」
ジェイクはそう言ってユナの頭をなでてやる。
「こんにちはユナちゃん」
「あ、おばあちゃん。こんにちは!」
「これから私の部屋で本を読まない?」
「いいの?」
ユナがジェイクをちらっと見る。ジェイクがうなずいてやると顔がぱっと明るくなる。
「おねがいします!」
「はい、こちらこそ」
「すいません」
「いいのよ、さっきも言ったように私も楽しいの」
リビェナとユナが手をつないで階段を登っていくのを見ながら、ジェイクは一度きちんとお礼をしないといかんなぁと考えを巡らしていた。
§§§
「今日もありがとうございました」
「ありがとう!」
「いいえ、こちらこそ」
夕方になり武具の手入れを一通り終えたジェイクはリビェナに部屋にユナを迎えに行った。
「それじゃあ今日はこれで」
「あ、ちょっとまって」
ユナを引き取り、挨拶をして立ち去ろうとしたジェイクをリビェナが呼び止めると、相変わらず羽のように軽い足音で部屋の奥に戻っていた。
そしてすぐに手に何かを持って帰って来た。
「今日はユナちゃんのお誕生日と聞いたから、これを受け取ってちょうだいな」
そういってリビェナが差し出したのは細やかな刺繍が施された鮮やかな青い色のスカーフだった。
「いいんですか?」
「ええ、実は前からユナちゃんにって思って作っていたの。だからちょうどいい機会だったわ。はい、ユナちゃん」
「ありがとー!」
さっそくリビェナがユナの首にスカーフを巻いてやると、嬉しそうにくるくると回りながらお礼を言う。
その後、ジェイクとユナは改めてリビェナに礼を言うとアマンダの店へと向かった。
§§§
「いらっしゃいませー」
「こんばんは!」
「今日はこちらにどうぞ」
アマンダの店の入り口でロレッタに迎えられたふたりは、普段は一度も利用したことのない奥の小部屋に案内される。
「ここはじめて!」
「長い事この店使ってるけど俺もはじめてだ」
小部屋はさほど広いものではなく、数人程人が入ればいっぱいになってしまう程度のものだ。その部屋の真ん中に丸テーブルが一脚と椅子が二脚あり、テーブルの上は銀の燭台と季節の花が差された花瓶で飾られている。そこにアマンダがやってきて
「おふたりともいらっしゃい。ご注文はなにかしら?」
「おにく!」
いつものように答えるユナに代わってジェイクが適当に注文をするとアマンダは承りましたと言って去っていった。
「きょうはなんでここなの?」
「多分、ユナが誕生日だからじゃないかな」
「おばあちゃんもきれいなぬのをくれたし、たんじょうびってすごいね!」
恐らく誕生日をよくわかっていなさそうなユナの言葉に思わず苦笑するジェイク。
そんなことを話していると料理が運び込まれ、あとはいつも通りの食事の時間となった。
ジェイクはユナの相変わらずの大人並、いや大人以上の食べっぷりを見ていると孤児院に入れなくて良かったとつくづくと感じる。
犬人がどんなものか知っている大人なら理解してくれるだろうが、同じ身寄りの子供は自分の何倍も食べるユナを疎ましく思ったかもしれない。
「んー」
「どうしたユナ?」
ジェイクがそんなことを考えていると、一通り食べ終えたユナが若干物足りなさそうな顔をしている。
「……ちょっとたりない」
「そうだったか? それなら何か他に……」
「おまたせしましたー」
確かにいつもより盛られた量が少なかったような気もしたジェイクが、追加しようかと言おうとしたときに扉開けられ、手にケーキの乗った皿を持ったロレッタが入って来た。
「これはお母さんと私からのユナちゃんのお誕生日お祝いです。味わって食べてね」
ロレッタはそう言って片目をつぶると去っていった。
「たべていいの?」
「ああ、折角だから頂こう」
唐突だったためちょっと呆然としてしまったが、気をとりなしたジェイクはユナに声をかけてケーキに手を伸ばす。
「おいしいね!」
「そうだなぁ」
ジェイクは味もさることながら、多くの人がユナの誕生日を祝ってくれていることが嬉しかった。
§
そんなケーキを食べ終えるとジェイクは懐から小箱を取り出してユナの前のテーブルに置いた。
「これはなあに?」
「俺からの誕生日の贈り物だ」
「しかくいの?」
「ちがうちがう。ほら、この中のだよ」
箱を贈り物と勘違いしたユナに苦笑するとジェイクは箱を開けて中のものを見せてやる。
「ちょうちょ!」
「これは髪に着けるものだ、それじゃあ付けてやるからじっとしてなさい」
「はぁい」
ジェイクは髪飾りを付けて、部屋にあった鏡でその姿を見せてやる。
「ありがと! きれいだねー」
「ああ、本当にな。ユナ」
「なあに?」
「俺のところに来てくれてありがとうな」
「うわっ。えへへ……」
ジェイクがユナを抱きしめると、ユナは一瞬驚いた後に満面の笑みを浮かべて抱きかえす。
恐らくユナにはジェイクの言葉の意味はあまり分かってないかもしれないが、きっと気持ちは伝わっているだろう。