どうせ何も起きない世界。
ある日突然空に穴が空いた。
その時は大パニックなったが何も起きず、何も来なかった。
今では普通にその空の下で生活してる。
何も起きない、至って普通の、特筆することもない。
いや、書くとすれば1つだけある。
数ヶ月経ったある日、穴から呼ばれる人が出てきた。
よく小説とかにある異世界に転移してハーレム作ったり、世界を救ったりするその引っ掛け、体験した人曰く誰かに呼ばれている気がしてならないようだ。
それを五年の時を経てようやく認知した政府は穴への道を作って呼ばれた人を穴の中に入れるようにした。
それからまた数年経ったが、まだ俺は呼ばれない。
「…か………い…か……イツカ!」
うっすらと目を開く。
「やっと終わったのか、一時間目の授業。」
「一時間目どころか今の三時間目が終わったところだよ。ったく、何時も遅くまで起きてるからだよ。」
「起きたいから起きてんだよ、で?次は体育だっけ?」
「そうだよ早く着替えな。」
眠たさを引きずりながら着替え校庭に向かう。
「あーあ、サッカーとかだるい。昼寝でいいんじゃねぇか?この時間。」
「それじゃ授業にならないだろ?ま、イツカからしてみれば学校の体育なんてお遊びみたいなもんだよなー。」
「上手く出来るのはサッカーだけだよ、他はお前らと変わらない。」
「よくいいますよ、体育だけは最優秀生徒さん。」
「それだけじゃ卒業もできないし、自慢にもならないよ。」
「ま、そうだよな〜。」
半袖の体育で外に出るのは少しキツくなってきた季節、いつも通りの俺たちがいた。
「おいーっす、パスパス!」
いつもと同じように日々は過ぎ去っていく。何かが起こることもなく、心に何か残すこともなく、ただ少し足早に陽が沈み、夜が来て、また、陽が昇る。
「集合!」
教師の元に集合がかけられ皆まだやりたそうにしつつもいつもと同じように集合し、挨拶をする。
「また、お前の一人勝ちかよ、つまんねー。」
「お前にも少しはパスをやったろ、何も俺の一人勝ちってわけじゃないだろ。」
着替えながら小泉は愚痴をこぼし、それにフォローを入れる。
「あーあー、女子がいればまだマシなのになー。」
「どっちだって変わらないだろ。そんなことよりよ、今日ゲーセン行かね?」
「あったりまえだろお前。」
「じゃあ帰り道に寄ってくか。」
「帰りな、忘れんなよ。」
「持ちかけた方が忘れるかよ普通。」
着替えが終わると二人で一緒に弁当を片手に屋上に向かう。
ポツンと1つだけ置かれた三人がけの不格好なベンチにはやっぱりあいつがいた。
「遅かったから先に食べてたよ。」
「いつもそうだろ、安藤。」
肩まで伸びるポニーテールを揺らしこちらを向いた。
「安藤さんさ、今日二人でゲーセン行くんだけど、一緒に行かない?」
「あーっと今日は…うん、何にもないからいいよ。」
「やったー!今日は張り切って、安藤さんのために色々取っちゃうぞー!」
「下手くそがよく言うよ、それより安藤、大丈夫なのか?」
「ん?何が?」
「今日火曜日だから塾だろ?行かなくていいのか?」
「安藤さんが大丈夫って言うんだから大丈夫だって。それにしても安藤さんと遊ぶの初めてだからなんだかワクワクしちゃうなー俺。」
「私も楽しみ。それより、二人とも早く食べないと時間なくなっちゃうよ。」
「それだな、さっさと食うか。」
座ったベンチ少し軋むがいつものことだ。
のり弁の海苔を切って口に運び、飲み込む。これをただ繰り返す。
「あの穴どこに繋がってるんだろうね。」
珍しく安藤が穴についての話題を持ち出した。
「異世界っていう説が一番強力だが、正確にはわかってないな。」
「ま、誰も帰って来てないんだからわかんなくて当然だけど、すっごい憧れるわ。」
「どうせハーレム作りたいって思ってんだろ。」
「えー?いいじゃんハーレム。両手で数え切れない、いや、両手じゃ抱え切れないぐらいの女が『小泉様ー小泉様ー』って寄ってくるんだぜ?一生女に困らない生活が送れるとか考えただけでも楽しそうじゃん。」
「お前そんなこと考えてたのかよ気持ち悪りぃな。ま、異世界に憧れるのはわかるけどな。」
「なに?お前もハーレム作りたいの?」
「誰がお前みたいなこと考えるか。俺はただこのくだらない日常を終わらせたいだけだよ。」
「ま、それもあるわ。安藤さんはどう?」
「え?私?私は…今のままでいいかな。今が一番楽しいし、何より異世界って怖いモンスターとかいっぱいいるわけでしょ?そんな危ないところより今のままが一番かなって…」
「さすが学年一位の安藤様は俺たちバカと考えることが違いますねぇ。」
「お前、俺も一緒にすんなよ。」
「たいして変わらんだろ、お前だって。」
「なにをー!最下位のお前に言われたくないわ!」
「小泉だって下から数えた方が早いだろ、お互い様だよ。」
「ぐぬぬぬぬ〜!ちくしょう!今回は頑張ってクラス20位以内に入ってやる!」
「頑張れよ。」
小泉が決意を決めるといつものチャイムが昼休みの終わりを告げる。
「じゃ、放課後いつもの公園で落ち合った後、な。」
「おう。」
「うん。二人ともこの後の授業も頑張ってね。」
「はい!頑張ります!」
「俺は寝るだけだけどな。」
ベンチの境にして三人は別れる。
「ん?」
「どうかしたか?」
「いや、なんでも。」
気のせいだろうか、安藤の後ろ姿が少し悲しげに見えた。
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放課後いつもの公園に行く。
「安藤さんは…まだか。」
「待つしかないだろ、なににする?買って来てやるよ。」
「お、じゃあコーラで。」
「ん、じゃあ110円。」
「ひでーな、お前のおごりじゃねえのかよ。」
そう言いつつ110円を手渡した。
公園の自販機でコーラ一本とエナジードリンクを買い、戻る。
「ほいよ、頼まれたやつ。」
「さんきゅ。」
缶の栓を開けると小泉目掛けて中の炭酸が勢いよく飛び出した。
それを見て腹を抱えて笑う。
「ぶっわっ!イツカお前振ったな!?」
「コーラ買えって言われたら振って渡すのは当たり前だよなぁ?」
「てめぇー!俺の金返せ!そんでもってお前の分も振ってやる!」
「追いつけるもんならついてこいよ!」
高校生二人が年にもなく公園を追いかけ回す。
「ごめん二人とも。待った?」
「安藤さん!待ってないですこれっぽっちも待ってないです。」
「濡れた状態で言われても説得力ないんだけど…」
「嘘が下手だなお前は。」
「うるせぇ!お前がコーラ振らなきゃこんなにはならなかったんだよ!」
「くっくっくっ、思い出しただけでも超ウケるわ。」
「大丈夫?小泉くん、ハンカチ貸すよ。」
「いえいえ、お気になさらず。わたくし小泉は風邪をひいたことなど一度もございませんので。」
「そう言ってもふかないと、はいこれ。」
安藤はポケットから出した自分のハンカチを小泉に手渡した。
「本当にいいんですか?ありがとうございます!この御恩は忘れません!」
「恩は忘れてもいいが、ハンカチ返すの忘れるなよ?」
「忘れるわけないだろ!」
顔を拭きながらゲームセンターへと向かった。
「よっしゃー!さっきの恩今返しますから!」
そう息巻いて小泉はお菓子のクレーンゲームに向かう。
「あいつの下手くそぶりを見てやりますか。」
「頑張ってるのにあんまり下手とかって言うのは…」
「優しいな安藤は。でも自分の欲求ぐらい相手に言おうな。」
「え?」
「お前が欲しいのってあれだろ?いつも見てるから知ってる。」
小泉より少し離れた、大きめの猫のストラップがぎっしりと詰まった筐体を指差す。
「えっと、うん。」
「取って来てやるから、ちょいと待ってな。あ、小泉には内緒な。」
「うん。」
少し恥ずかしそうだったが嬉しそうに首を振った。
(やっぱり昼のやつは気のせいだったか…)
100円を入れてクレーンを動かす。すると一体だけのはずが三体同時に取れると言うミラクルが発生した。
(こんなことあんのか…何かが起こる前触れじゃなきゃいいけど。)
一体は自分の鞄に忍ばせ、残りを手に持って二人の元に戻る。
「どうだ?小泉の様子は。」
「えっと、今やってるのが10回目ぐらい。」
「で?なんか取れたの?」
「一個も取れてない…」
「ちょっと!安藤さん言わないで!」
「相変わらずヘッタクソだなお前はよ。そんなかわいそうな君にプレゼント。」
猫の人形を投げ渡す。
「ほい、安藤の分。」
「あ、ありがとう。」
「それ俺が最初に聞こうと思ってたのに!」
「じゃあさっさと取れよ下手くそ。」
「うわーん!意地でも取ってやるー!」
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あたりが暗くなる頃に俺たちはゲームセンターを出た。
「くそ…結局一個も取れなかった…」
「あんなに気合い入れてたのに残念だったなー。ま、俺は紙袋いっぱいに景品を取ったけどね。」
「なんでだ!なんで同じバカなのにこんなに差がついた!なんでだよー神様ー!」
「ま、才能の違いってことよ。」
「次こそはいっぱい取るから覚悟しろ!」
「取れたらいいな。安藤は楽しかったか?」
「はい、楽しかったです。何個か景品も取れましたし、イツカにも、取ってもらいましたし。」
「楽しめたようで良かったよ。じゃあ、また明日。」
「はい、また明日。」
「バイバーイ!安藤さん!」
いつも通りの帰り道を行く、はずだった。
「キキーーッッ」
ゲーセンの前の信号を渡ろうとした時、甲高いブレーキの音が響いた。
「!!あぶねぇ!」
その音が聞こえたと思うと、小泉に突き飛ばされていた。
「小泉!!」
突き飛ばされてから地面につくまでのほんの一瞬、一瞬だけだが、世界がゆっくりと進む。
急ハンドルを切った車が小泉の、死を覚悟した顔をしっかりと照らす。
そして、世界は元のスピードで動き出した。
車はそのまま電柱にぶち当たりボンネットを凹ませる。
「小泉!小泉!!」
しかし轢かれたはずの小泉はおろか血の一滴すら垂れていなかった。
「小泉くんなら、大丈夫です。」
安藤が右手を差し出してこちらに歩いてくる。
その差し出した右手を見てぎょっとする。
緑色に光っていたのだ。
「私が浮かせました。今おろします。」
上を見ると緑色の光に包まれた小泉がゆっくりと降りて来た。
「大丈夫か!小泉!」
ショックで気絶しているようで返事はなかったが特にかすり傷などはない。
「安藤…お前…」
「人が集まって来てます。こっちで話しましょう。」
先ほど待ち合わせた公園で小泉を休ませ、少し離れたところに二人で行く。
「ごめんなさい!今まで黙っていて…本当にごめんなさい!」
いきなり頭を下げられる。
「私…本当はずっと前から声が聞こえてて…でも…でもこの世界と、二人と離れたくなかった!ずっと一緒に、大人になっても一緒に遊んでいたかった…今日みたいにまた遊びたかった!」
「じゃあ、そうすりゃいいじゃねぇか、何も無理に行く必要はない。」
「ダメなの…今日の夜、政府の人が私を連れて行くっていう手紙が来てて…私…私…」
街灯の光が空中で反射し、地面に染みる。
「安藤…」
何か声を掛けるべきだろうが、出てこない。
「イツカ…」
黙っていると安藤は俺を抱きしめる。
「私をどこか遠くに連れて行ってよ…三人でいつまでも笑い合えるそんなところに…」
抱きしめたほうがいいのだろう、でも、俺にはできない、いや、できなかった。
「ごめん…安藤、俺にはそんな力もないし、度胸もない。」
そう言って引き離した。
「嫌…嫌だよ…二人と離れるの…」
「でも、これだけは言わせてくれ。俺たち三人が笑い会える場所があるならば、それはきっと俺たちの心の中だ、俺たちが生きている限り、どこにいても胸の中で笑いあえる。そう、信じたい。」
それを聞いて安藤は少し無理やりに、笑顔を作って涙を拭った。
「うん、そうだね、私もそう、信じたい。」
そう聞いて今度はこっちが抱きしめる。
「1つ聞いて欲しいことがある。」
「どうしたの?」
「好き…だった。」
「もう、だったってなに。それになんでそういうこと最後に言うのかな…」
「ごめん。」
「いいよ、お互い様だから。」
しばらくそのままでいる。
「キス…する?」
安藤がそう聞いて来た。
「いい。」
「なんで?」
「体に染み付いて、離れなくなる。」
「ん。わかった。」
何も聞かずに離れる。
「これ、返す。」
「いいのかよ、欲しかったやつなのに。」
「うん。そうじゃないと、この世界から離れられなくなる。」
「そっか。」
黙って受け取る。
「じゃあね、これで本当のさようなら。」
「あぁ、元気でな。」
「お互いにね。」
「「バイバイ」」
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それから何年の日が経っただろう。俺達は大人になって働いて、何事もなく、普通にこの世界にいる。
空の穴はまだ空きっぱなしだけど、俺に声が聞こえることはなかった。
正直な話、こんな世界とはおさらばしたいと思っているけど、それでもこの世界で生きている。
あいつが残り続けたかった世界で、あいつが生きられなかった今日を、明日を、未来を、俺は今、生きている。
それを思いながら今日を生きてみると案外、こんな世界も悪くないって思える。
「イツカさん、おはようございます。」
「うい、おはよう。」
新入社員も入って来たし、俄然異世界に来たいなんて考えてられないな。