天体観測
暗い夜道の中を慎二は歩いていた。
辺りには草木が広がっているが、真っ暗な闇につつまれ何も見えない。ひゅうと風が慎二の顔を撫でた。耳には木々の間を風が通り抜ける音が聞こえてくる。
慎二は唯一の視界となる懐中電灯の灯りをたよりにして、砂利が敷かれた道を歩き続ける。時計を見てみると、時刻は8時30分を指していた。
途中で腰を下ろして休んだ。背中に背負っていた軽いリュックを地面に降ろし、重い天体望遠鏡をその上に降ろした。望遠鏡を入れているケースの取っ手がかちゃりとなるのが聞こえた。
ケースにぶら下がっているネームホルダーには“綾乃”という名前が書かれている。慎二の恋人だった人の名前だ。
綾乃は星が好きな人だった。特に自分の目で星を見るということにこだわりを持っていて、写真集などで見るのは好まない人だった。望遠鏡を自前で買うほど熱心だったので、付き合ってからもしょっちゅう星を見に行くことに付き合わされた。
リュックから水筒を取りだして、温かい紅茶を飲んでから、またリュックと望遠鏡を背負って歩きだした。時計を見ると8時49分を指していた。
しばらくして展望台についた。そこも他と変わらないぐらい真っ暗であった。電灯は付いているが、故障しているのか灯りはついていない。
慎二はリュックからシートを取り出すとそこに広げて、隣に天体望遠鏡を設置した。そして懐中電灯の灯りを消してシートに寝転がった。慎二の頭の上には満点の星が広がっている。
慎二は手を伸ばして天の川の上に手を置いき、そこから少し上を指さした。
こと座のベガ。
天の川を渡って反対側を指さした。
わし座のアルタイル。
最後に天の川の流れの真ん中を指さした。
はくちょう座のデネブ。
三つの星が天の川を背景にして三角形を作っている。
起き上がった慎二は天体望遠鏡に手を伸ばした。南の空のやや低いところを眺め、クリーム色の星を見つけたところで、ファインダーを覗き込み十字線のど真ん中で狙いを定めた。
少しずつ倍率を上げていき、視界いっぱいにぼんやりとしたクリーム色が視界いっぱいに広がったところでピントを合わせていく。やがてクリーム色の球体とそれを囲んでいる輪っかがくっきりと映る。
以前、綾乃と一緒に来た時に輪っかは見えなかった。土星の輪はとても薄いので真横から見るとまるで消えてしまったように見える。慎二は綾乃にそう教わった。
「時間が経つだけで、見えるようになればいいのにな……」
慎二は再び姿を見せた土星の輪を眺めながら呟いた。