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 いつものように学食でひとり弁当を食べていると上から、

「ここ空いてる?」

と降ってきた。

 ジンかと思い顔を上げると、そこには、トレイの上に大盛りのカツカレーを乗せた見知らぬ学生が立っていた。蒼依の顔が少し曇った。 

「柊 蒼依さんだよね?俺、彰典。草加 彰典。同じ英語の授業取っている。覚えてない?」

 そういえば、どこかで見かけたような気もする。開衿シャツをだらしなく開け、ブルーのスラックスを腰で履いている。蒼依が最も苦手とするタイプだった。

 他に席が空いていないわけではなかったが、相手から知っていると言われてしまったし、授業で今後顔を合わせることになるので仕方なく、

「どうぞ」

と言った。

「女の子ってほんと少食だよね」

カツカレーをほおばりながらスプーンで蒼依の弁当箱をさした。

「そんなことないと思いますけど」

「だってこんなちっちゃいじゃん」

草加は、目の前で両手の人差し指で手のひらサイズの四角を作った。

「そんな小さいのに食べるの遅いしさ」

蒼依が自分の弁当箱と草加の皿を見比べると草加は、半分食べ終えているのに対して自分はまだ、半分残っている。

「柊さんって明るくなったよね」

「え?」

草加は、スプーンをくわえ腕組をして考える。

「うーん。前は授業が終わるとすぐに教室から出ていったり、教授が来るまで本を読んだりしてた。まぁ。それは、今もあんまり変わんないんだけど。最近は、時間ぎりぎりに来たり、どことなく笑顔だったりしてる。ズバリ、彼氏でもできた?」

スプーンで蒼依のことをさす。

「か、彼氏!?」

思わず声が裏返ってしまいお茶を飲んだ。

「彼氏なんていないです」

「ふーん。いつも一緒にいるやつは?よく図書館とか図書館横のベンチに座って話してるじゃん」

草加にいつも一緒にいるやつと言われて真っ先にジンのことが思い浮かんだ。ジンは、しばらく会えないと言っていた。なら、いつになったら会えるのだろう。蒼依は、目を細めた。

「……ジンは。あの人は、彼氏じゃなくて、読書仲間です。草加くんこそ彼女いないんですか?」

「……俺のことは、名前で呼ばないんだな」

その言葉は、あまりにも小さく蒼依は聞き返した。

「ううん。なんでもない。今はいないよ。気になる子いるし」

笑顔で蒼依のことを見ている。

「そういえば、その本って柊さんの?」

その本と言われ、蒼依は視線を落とす。書店のカバーがかけられたハードカバーの書籍。

「うん。この間、借りて読んだけどあまりにもよくて自分で買った……んです」

「あはは。別に同い年なんだから敬語じゃなくていいよ。どんな内容?」

「人間とアンドロイドは恋に落ちるかという話です。アンドロイド自身に感情はないけど、言葉を話すときに表情やリアクションを決めておけば私たちと同じように喜んだり悲しんだりしているように見える」

「ということは、あらかじめその人の喜ぶことが分かっていれば、その人はアンドロイドに惹かれていくってこと?」

蒼依は頷いた。

「なら、その想いは残酷だね」

「え?」

「だってそうじゃん。そいつに気持ちがないのに人の心を弄ぶような行為。俺は好きじゃない」

草加は空になったトレイのを持って立ち上がった。

「じゃあ。また授業で」

蒼依は、草加を見送ったがなにも言えなかった。カバーにそっと触れる。ジンは、この本のことをなんて言っていただろうか。この作者が前に書いた本のことなら話したが、この本のことについてはまだ話していないことを思いだした。

 ジンに会いたい。

 水族館に行く約束はしてあるが、詳しい日付まではしていなかった。

 ジンに会いたい。

 シロツメクサの指輪がジンにとって意味のない行為であっても。目の前が段々とぼやけていきそこで蒼依は、涙が溢れていることに気がついた。そっと涙を拭い残った弁当の中身を食べずに片付けた。

 ジンに会いたい。


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