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柊 蒼依観察記録

 朝から雨が降っていて、この日の図書館は騒がしかった。先ほどから司書が注意しているにもかかわらず話を止める気配がない。あの女性(ひと)が向川に向かい側に座ったがこちらに気がついている様子はない。その女性(ひと)が咳払いをすると先ほどまでの声が嘘のよう止みこちらに視線が集まった。僕は、少し顔を上げて人差し指を立ててそれを口元に持っていった。すると、なぜだかわからないが先ほどまで騒いでいた集団は、図書館から出ていった。いつものような静かな図書館の時間が流れていく。

 目の前に座った女性(ひと)か、僕に尋ねてきた。どうやら僕が、読んでいた本はその女性(ひと)が過去に読んでいた書籍ばかりたとそう指摘した。聞かれたら答えるしかない。

 人間(ひと)のことが知りたい。

 人間と僕は何が違うのだろうか。この女性(ひと)と僕はどこが違うのだろうか。

 その女性(ひと)は、柊 蒼依と名乗っていたが、僕は、学生のデーターを把握しているので顔と名前は知っていた。僕は、先生に与えられたジンという名前を蒼依に伝えた。僕の伝え方が変だったのか蒼依は、僕のことを只野 ジンと勘違いしたようだったがどうやって訂正したらいいのかわからずそのままにした。


 ジンが研究室でパソコンに向かっていると先生が話しかけてきた。

「最近、あの友だちとはどうだい?」

友達とはいったい誰のことだろうと思考したが、記録をつけているのは蒼依のことしかない。よって蒼依のことだと合致させた。

「付き合い方が掴みきれていません」

「付き合い方?お前は、その友だちに好意を持っているのかい?」

「わかりません」

そう答えたジンに先生は考える仕草をし、

「お前がその子ともっと親しくなりたいのならいい方法があるよ。知りたいかい?」

ジンは無言で頷いた。

「たとえば、お茶をするとしよう。相手がカップに指をかけ、口元に持っていくとする」

先生は、カップを持つふりをして飲む仕草をした。

「動作や会話のスピードを真似る。あからさまにならないようにね。いわゆるミラーリングだね。人間(ひと)は、自分に似た相手に魅力を感じる。性格や興味、価値観や趣味などが似ている人間。自分と態度が似ていると行動が読みやすい。相手に合わせる必要がない。そういう意味でお前は適していると思うよ」

先生は、机にあったコーヒーを飲んだ。

「ですが、先生。僕には飲食ができません。排泄機能がついていませんので」

「排泄機能って……。なんなら次のメンテナンスでつけてあげようか?飲むふりでいいんだよ」

ジンは首を横に振った。

「ははは。そうかい?まぁ、必要に」

そう言いかけたが、

「興味ができたら言いなさい」

「はい」

興味ができたらとは、どういうことだろうか。ジンは先生に聞こうかと思ったが、、すでにパソコンに向かってデーターを入力していた。

 類似性の法則……。相手の行動を真似ることで好意を持っていると思わせる。ジンもパソコンに向かい文字を入力し始めた。その様子を見ていた先生は、

『私にしてどうするんだ』

そう思いつつ顔がゆるんだが小さく咳払いをして作業に戻った。



 その日、蒼依に市立図書館のに連れていかれた。大学内にある書籍の内容はほぼ頭の中に入っている。今さら、学ぶこともないかと思ったが言われるがまま手を引かれた。

 市立図書館は、大学の図書館と違い少し騒がしかった。

 蒼依は、目当ての本を見つけ掲げると僕に見せてきた。それは、植物図鑑だった。植物図鑑なら全部頭の中に入ってある僕がそう言うと今度は、僕を外に連れ出した。

 中庭に生えている花を摘み僕の鼻先に付け匂いをかがせた。蒼依の言う通り図鑑には花の匂いまでは載っていない。たしかに外でも学べることは多そうだ。そんなことを思考していると蒼依はその場に座り込み器用にシロツメクサで何かを作っていた。あっという間に完成した花の輪を僕の頭にかぶせた。それは、シロツメクサでできた冠だった。こういうものは、女の人の頭にかぶせるものだと言うと似合うのだからいいと返された。僕は、冠のお礼に見よう見まねでシロツメクサで指輪を作りそれを蒼依に付けてあげた。

 あげた時に蒼依の体温がかすかに上がったような気がした。



「これはなんだい?ずいぶん可愛いもの作れたんだね」

先生は、くすくす笑いながら机の上にあったシロツメクサの冠をジンの頭の上に乗せた。

「今日、蒼依と市立図書館に行きそこの中庭で作ってもらいました」

「市立図書館?なんでまたそんなところに。ここでも資料は十分だろう?」

「はい。ですがここにはないものも数多くありました。ここは書籍のひとつひとつに番号が割り振られているので、資料の場所をいちいち調べてから探さないと見つけられませんが、市立図書館は、おおざっぱに分かれているだけなので探すのも興味深いです」

「……おおざっぱって。分類ごとではあるけれど大学みたいに細かく整理されているわけではないね。不特定多数の人が利用するけだし。楽しかったかい?」

「宝探しをしているようで楽しかったです」

「それならよかった」

ジンの頭の上に乗せていた冠を取った。

「それをどうするのですか?」

「……おまえはどうしたい?」

「そのまま捨てたくはないです」

「そうだね。乾燥させてドライフラワーにしようか」

先生は、小型の乾燥機にシロツメクサの冠を入れた。数分後、シロツメクサの冠はドライフラワーになりジンの使うパソコンの横に置かれた。


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