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名前を知ってから二人の距離は縮まったと蒼依は思う。といってもまだどの学部なのか、ゼミに入っているのか、……恋人はいるのか。わからないことばかりで、わかっていることと言えば名前と本が好きなことくらい。
聞けば教えてくれるかもしれない。前に一度、どんな講義をとっているのか聞いてみたことがあった。蒼依が、次の講義でペアを組み英語でディベートをすることになりその練習相手をジンに頼んだことがあった。流暢に英語を話すジンに質問することを忘れ蒼依は、聞き入っていた。どうして、そんなに英語が上手なのか聞いてみた。英語だけじゃない。ジンは、読んだ本の内容や一度、見聞きしたことを忘れたことがない。そんなことを聞くたびにジンは、少し困ったように笑った。それから蒼依は、ジンのことをあまり聞かないようにした。お互い本の感想を言い合い、言葉のふしぶしにジンのことを知れるだけでいい。それは、きっとジンが何者かよりも大切なことだった。
「大学の蔵書って堅苦しい専門書とか学術書がほとんどで作家の小説とか少ないでしょ?だから、今日は市立図書館に行ってみない?」
そう言って蒼依は連れ出した。この日の午後、蒼依は、講義がなかった。ジンに聞いてみるととくに予定がなかったからそれを了承した。
市立図書館は年配から子供がいて、普段大学内の図書館に慣れているジンにとっては騒がしく感じてしまうほどだった。
手を引いたままだった蒼依は書架の間を通りなにやら探している。
「たーとーえーば、この本」
掴んでいた手を離し両手で持ち掲げた。
ジンが見ると植物図鑑のようだった。
「こんなの全部頭の中に入っている」
そんな言い方のジンに拗ねた態度をとるかと思っていたが蒼依は、貸し出し手続きを済ませ、外に連れ出した。
ペラペラと捲っている。目当てのページを見つけると足元に咲いていた花を取りジンの鼻先につけた。
「じゃあ、この花の匂いは知ってる?名前やどこに咲いているか本に載って知ってるかもしれないけど匂いまでは載ってないでしょ?それに、大学の図書館は、いちいち端末で調べてから探さないと見つけられないけど市立図書館は、分類ごとに分けられているから宝探しみたいで楽しくない?」
「確かに知らなし、そうかもしれない」
鼻先に触れた花を蒼依の手ごと握った。ふふんと勝ち誇ったように蒼依は笑った。その頬はかすかにピンクに染まっている。
蒼依は、その場に座りまわりに咲いているシロツメクサを器用に編み輪にし、完成するとジンの頭に乗せた。
「こういうのって普通、女の人に乗せるものだと思うけど?」
「似合うんだからいいじゃない」
そう言う蒼依にジンは複雑な顔をしている。ジンはその場にしゃがみこみ花を摘みなにかを作っていた。
「蒼依。手出して」
分けもわからず左手をジンの方に出す。
そっと触れられて薬指に付けられた。
いつ作り方を覚えたのだろうか、それは花でできた指輪だった。
深い意味なんてきっとない。ないのに何でこんなに胸が締め付けられるんだろう。
ジンからもらったシロツメクサの指輪は、半日も持たずに萎れてしまった。